第9話 バスタブの恐怖
「その悩み、解消出来るかもしれない」
「ほ、本当ですか……にゃん!?」
キャスパーは真実ノミに悩まされていたのか、身を乗り出すような勢いだった。
「ちょっと待ってて、それに役に立つかもしれない物を今ここで出して見せるから」
「こ……ここで、ですか?」
簡単に出したり、しまったり出来るので、説明の為に合成しても、さほど苦ではない。
俺は合成レシピからバスタブを選ぶ。
作成の為の素材は、ダンジョンを掘り進めていた中で大理石がいくつか集まっていた。
なので、すぐに作れる。
俺が手をかざすと、
ドスンッ
キャスパーの目の前に真っ白なバスタブが現れた。
「な……なんと!? これが魔王様のお力……素晴らしい!」
彼は初めてこの
そして彼はツヤツヤと光るバスタブを舐め回すように見た後、こう言った。
「それで、これは一体どのようにして使う物なのですか?」
「えっ……」
予想外の反応に俺は一瞬、思考が停止してしまった。
まさか風呂を知らない!?
でも、知ってるならノミにも悩まされていないか……。
「これは中にお湯を張って、体を浸け、寛ぐ為の物だ」
「……!?」
ガタガタタッ
俺の説明を聞いた途端、何を思ったのかキャスパーは目を見開き、物凄い勢いで壁際まで飛び退いた。
今までの落ち着き払った態度が嘘のようだ。
すげえ身体能力だな……。
猫らしいといえば、そうだが……。
で、キャスパーは何でそんなに慌ててるんだ?
「おーい、急にどうしたんだ?」
遠くの方にいる彼に呼びかける。
「も、申し訳ありません……私……水が苦手なもので……」
猫か!
いや、猫か……。
そういや猫って元来、風呂が苦手な動物だもんな。
聞いた所によると、猫の祖先ってのが砂漠で生活していた生き物で、日中と夜の寒暖差が激しい環境で水に濡れるのは命取りになるっていうのがDNAレベルで刻まれているらしいのだ。
それはこの世界でも一緒ってことか?
でも、寒い冬なんかに風呂に入れてやると、猫は風呂は温かくて気持ちが良いものって覚えてゆくらしく、次第に慣れる個体もいるのだとか。
なのでキャスパーもその方法で慣れる可能性があるんじゃないか?
「おーい、水じゃなくてお湯だから気持ちいいと思うぞー。それにノミも取れると思うし」
「い……いえ、お気遣い無く……」
壁に張り付いたまま本気で遠慮してた。
困ったな。
せっかくノミを取り除いてやろうと思ったのに。
そう思っていると、シャルがすぐに飛び付いた。
「お風呂とか言うの気になるー。魔王様ぁー、シャル、入ってみたい!」
というような甘えた口調で言ってくる。
その様子を真横で見ていたプゥルゥも同じ気持ちのようで、バスタブの中に入って自らが水のようになって見せる。
「こんなカンジになるんだよね? そんなにキモチイイものなら、ボクもはいってみたいよ」
そんな二人の様子を遠巻きに見ていたイリスは、気後れしながらも、
「み……皆が入るなら……」
と呟いた。
風呂に興味を示し、色々言い始めた三人。
それがアイルには我慢ならなかったのだろう。
彼女は苛立った面持ちで声を上げる。
「ちょっと貴方達! 魔王様に対して少し図々しくありませんか? これは魔王様のご慈悲なのですよ? そんなに一度に言われたら魔王様も困ってしまいます。ここは私が代表して、そのお風呂とやらに入らせて頂こうと思います」
何を言い出したんだ、この人は……。
俺がそんな事を思うより、皆の方が反応が早かった。
「アイルだけ、ずるーい」
「そんなこというと、ボク、おこっちゃうかも」
「うう……」
まさかこんなに風呂に人気が集まるとは……。
だったら、こんな小さなバスタブじゃなくて、皆の為に大浴場でも作ってあげた方が良さそうだ。
それに皆が気持ち良さそうに風呂に入っていれば、キャスパーも苦手意識が無くなるかもしれないし。
うん、そうしよう。
「まあまあ、争いはそれくらいにして」
「はっ……すみません、魔王様」
俺が言うとアイルはハッとなって跪く。
他の皆も同様に頭を下げた。
「皆そんなに風呂に入ってみたいのなら、大浴場を作ろうと思う」
「だい……よくじょう……?」
聞いたことの無い単語なのか、皆ピンと来ていない様子。
「ここにいる全員が入れるくらいの大きな風呂のことだ。それでいいかな?」
やや間が空いたが、真っ先に声を上げたのはアイルだった。
「滅相も御座いません。ありがとうございます!」
それに呼応するように他の皆も喜びの声を上げる。
「わーい、お風呂っ、お風呂っ、げふっ!?」
シャルは喜びの余り吐血した。
「よかった、ボク、たのしみだよ」
プゥルゥは体を弾ませて嬉しさを表現していた。
「う、うん……」
イリスは顔を赤くしながら頷くだけだった。
恐らくOKってことだろう。
そんな訳で、まずはダンジョン内に大浴場を作る方向で事を進めることになりそうだ。
大浴場とかいうレシピは得ていないけど、採掘した大理石を敷き詰めればそれっぽいのが出来そうな気がする。だから大丈夫だろう。
プランを色々考えながら歓喜する皆の姿に目を向ける。
すると、キャスパーだけが壁際で青ざめた顔をしていた。
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