用心深い転生魔王は石橋を七回叩く ~ダンジョンが鉄壁の守りすぎて勇者が無理ゲーと叫ぶ~

藤谷ある

1・初級ダンジョン編

第1話 新魔王誕生

 朝、起きたら転生してた。




 それだけじゃ何を言ってるか分からないと思うので、少しばかり説明させてもらおう。



 俺、片井友紀かたい ともきは就職を控えた大学四年生である。



 堅実を地で行く俺は、明日、とある公務員試験を控えていた。

 絶対に寝坊などあってはならない大事な試験だ。


 だから――、




 前日に生ものを食することを避け、



 明日の持ち物を三度確認し、



 交通機関が遅延した場合の迂回ルートを四つほど想定し、



 目覚ましを五重に掛け、




 そして眠りに就いた。



 で、起きたらこれだ。



「魔王様、お誕生おめでとうございます」



 俺の目の前にしっとりとした雰囲気の美しい女性が跪いていて、唐突に祝われたのだ。



「俺、誕生日、十二月だけど。今はまだ五月だったと思うけどな」

「いえいえ、魔王様は今、この時、誕生なされたのです」



「ん? 魔王? 俺が?」

「はい」



 女は深く頷いた。



 落ち着いた雰囲気だが年齢は十七、八に見える。

 長く艶やかな髪が印象的で、ぴったりとしたボンテージっぽい服装は、胸元が大きく開いていたりして目の毒だ。

 思わず目を逸らしてしまう。



 それにしても、ここはどこだろうか?

 少なくとも俺の家ではない。



 薄暗くて全てがハッキリとは窺えないが周囲は石造りの壁で、そこには燭台が掛かり、床には赤い絨毯が敷かれている。

 道のように長い絨毯は俺の足元にまで伸びていた。



 その絨毯の上にある、まるで王様が座るような豪奢な椅子。

 俺は目を覚ましたその瞬間から、そいつの上に腰掛けていた。



 あー……こんな風景、見たことあるぞ。

 RPGなんかに出てくる魔王城の雰囲気だ。



 続けて視線を自分の手や体に移す。



 しっかり自分の手だが、筋肉の付き方とか肌の感じが少し違う。

 服装に至っては黒革を主体としたヘビメタみたいな雰囲気の服で、俺の趣味じゃない。



 そんな俺の行動を察してか、彼女が鏡を持ってきてくれた。

 気が利くなー。



 で、鏡に映ったのはやっぱり俺だった。

 だけど、三割増しくらい美形になっていて、全体的にダークな雰囲気が漂っている。

 一番目立ったのは頭の上にある仰々しいまでの角だった。



 それでさすがに理解した。

 俺のことを魔王と呼んだ理由も。



「なるほど、転生というやつか」

「はい、さすが魔王様、お察しが早くて助かります」



 まあ、そういった状況を受け入れ易いのも漫画やアニメの影響だと思う。



「それで俺は何の為にこの世界へ?」

「よくぞ聞いて下さいました!」



 そこで彼女は急に立ち上がると、熱を込めて語り始める。



「魔王様は我ら四大魔団を率い、この世を暗黒で支配する為に新しい魔王として誕生なさったのです! さあ、生きとし生ける全ての者を闇で蹂躙し、世界を恐怖と陵轢に染め上げましょう!」



「断る」



「は?」



 彼女は目が点になっていた。



「断ると言った」

「ど……どどどど、どうしてですかっ!?」



 今までクールなイメージだった彼女は、ここに来て急に動揺を露わにした。

 ちょっとギャップがあって可愛い。



「どうしても何も、俺はそんなことに興味は無い。それより、今日は大事な公務員試験の日なんだ。早いとこ前の世界に戻してくれないかな」



「こ、こここ……こう……むいん?? それは魔王様をそこまで突き動かすほどのものなのですか?」



「ああ、そうだ。魔王よりもずっと大事なことだ」



「!? そ、そのようなものが……」



 あまりのショックに放心していた彼女だったが、すぐに我に返る。



「申し訳ありませんが、既に魔王様の魂は今のお体に定着しております。故に元の世界に戻ることは出来ません」



「何か方法は?」

「ありません」



「……」



 即答された。



「そうか……そいつは困ったな」



 方法が無いってんなら仕方が無いか……。

 なら、この世界で堅実に生きるまで。



「じゃあ魔王やる」



「おおっ!? やって頂けますか! わっ……っとと」



 彼女は余りの嬉しさに両手を挙げて喜ぶと、そこが御前だと思い出して慌てて跪く。



「申し遅れましたが私、魔団参謀のアイルと申します。御用がありましたら何でも私にお申し付け下さい」



「そう? 本当に何でもいいの?」

「ええ、なんなりと」



 そう言うのなら、その言葉に甘えようかな。



「じゃあまず、この魔王城を放棄する」



「ふぁっ!?」



 アイルは瞠目した。

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