エルト・キラ・グラウス

里月

序章

昔話

「これで、皆が助かるといいのですが…」


右手に持った刀をキラリと輝かせ岩の近くまで歩んでいく。紅く光る瞳はただ真っ直ぐ前だけを見つめているが、握りしめた白い小さな手は微かに震えていた。

泉子の体はそこら中傷だらけで綺麗にあしらわれていた袴もボロボロになり、所々に赤々とした血が滲み出ている。

いつ倒れてもおかしくない状態だった。


泉子いずみこ様、本当にいいのかい?」


隣で斬次郎ざんじろうがなんとも言えない顔で訊ねる。少し心配そうに眉を動かしたのは気のせいだろうか。


「大丈夫よ斬爺。私はこれでも運はいい方だから。きっと、また戻ってこれる…」


泉子はそう言うと銀色に輝く刀を思いっきり岩に突き刺した。

ガラスが割れる音よりも重く鈍い音が洞窟の中で響き渡る。刀を突き刺したところから亀裂が入り込み、ついには視界が大きく揺れるほどに激しくなった。


この村を襲った海の怪物“エルト・キラ・グラウス”は何とか皆の力で討伐できた。しかし犠牲者も多く、生き延びた人は両手で数えられる程しかいない。

また、村の風景も変わってしまった。

前は緑が多く山から流れる川はあんなにも輝いていたというのに、今となっては瓦礫の山と化していて微かに血の匂いや焦げ付いた匂いが鼻をかすめるだけだった。


その風景を見て私は絶望したんだ。


「私は守ることが出来なかった…。この村も皆も大切な人も」


「泉子様…」


涙を堪えながら言った。大きく広い洞窟に静かに染み渡る。


「斬爺、ここはあと数分で跡形もなく消えるわ。早くここから…」


泉子はそう言おうとした。しかし、斬次郎は折れそうな細い足で逃げるどころか泉子の方に近づいて行く。


「斬爺…。」


「わしは泉子様を置いて逃げるようなことはせん。それにわしはこんな所で死ぬような程野暮なやつじゃないからの。」


目を閉じる斬次郎を見て泉子は少し考えてから前を向いた。


「わかった。私もまだ死ねない。あの人との約束があるから。」


そう言うと泉子も目を伏せた。


「運が良ければまた会おうじゃないか。」


斬爺が一瞬ふっ、と微笑んだような気がしたが、白い光に包まれて視界が見えなくなった。


この先の未来で人々が絶望の縁にたった時、行く道を照らしてくれることを私は願います。

そのために私は生きているのですから…

だから敦、あなたに力を…そして人々を守───

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