太陽を取り戻せ!
@Rosendai
第1話
それは突然のことであった。大地は闇に染まり、突風が大地に存在する全てを攫った。そして溶ける事の無い氷土と化した。全てはあまりにも早く起こりすぎ、対応できない多くの人々が死んでいった。生き残ったわずかな人類は薄々勘付いていた。太陽が消えたのだと。公転が止まった影響で突風が起き、海水が大地を呑み込んで凍ったのだ。
「何故太陽は消えたのだ。原因はなんだ。」
「これからどうする。生き残る術はあるのか。」
人々の混乱の有り様は想像に易い。何故ならこの様な事は前代未聞であるからだ。
ある者はこう言う。
「神の裁きだ、今こそ信仰心を取り戻せ。」
ある者はこう言う。
「宇宙人による攻撃だ、人類は終わりだ。」
大衆は右往左往扇動されるしかなかった。全てが闇に包まれた今、それが偽物であろうと、光であるならそこに向かうことしかできないのである。これが更なる混乱を招いた。絶望という暗闇の中で人々は希望という光を探し求めた。何が希望なのかすら分からぬまま。人々は段々と疲れていった。希望など探せど探せど見当たらない。何を探しているのか分からなくなり放棄する者もいた。
しかし諦めない人々は、有志を募って地上調査団を派遣した。それは人類最後の希望とも言えるものであった。調査は難航した。地上の荒れ具合は想像を絶するものであった。まさに大地は死んでいたのだ。だがある日、遂に希望を見つけ出した。それはとある科学技術試験場であった。氷土に埋れていたのだ。
「おい、これは完成されたLHC[大型ハドロン衝突型加速器]じゃないか。」
「これは有人ロケットの残骸だぞ。まだ使える。」
「というかこの施設まだ全部生きているじゃないか。人類はこれでやり直せるかもしれない。」
生き残った人類はその叡智の結晶を用いて空前絶後の一大作戦を画策した。まずLHCをロケットに積んでかつて太陽のあった位置へ行く。そしてそこでLHCを作動させ小型のブラックホールを生成し、太陽ど同等の引力を発生させる。これにより太陽系を復活させるというものである。無謀というよりは最早馬鹿げていた。しかし成功の見込みなどを考えている暇はなかった。例えどんなに荒唐無稽な事でもやらなければ、人類どころか地球の生きとし生けるもの全て、ひいては太陽系の滅亡を止める手立ては他にないのである。
準備の全てにおいて多大な時間がかかった。だが誰一人として諦めることなど考えてはいなかった。暗闇に挿した一筋の朧げな光は人類に対して命をかけるのには充分であった。その人々の熱意は結実することになる。ついに準備が完了したのであった。そして遂にその日は来た。犠牲の上に犠牲が増えるまさに苦行と言える計画であった。しかし人々はおの絶望的な状況になって初めて種としての存続の危機に立ち向かうようになったのである。
最早、後に引くなど考える人は一人もいなかった。この計画を遂行するにあたって、十人の老若男女が志願した。全員が命を捨てる覚悟と準備ができていた。まさに英雄、勇者、そう讃えられるに相応しい。残された人々はここに来て初めて神の存在を求めて彼らのために祈りを捧げた。勇者達は箱舟である修復されたロケットに乗り込んだ。発射へのカウントダウンが始まる。噴射口は魔王の雄叫びの如く轟音を鳴らし、万物を焼き尽くす炎を吹いた。五、四、三、二、一。爆音とともに筒状の巨体は、それに見合わぬスピードで発射台から飛び出し、人類の全てをかけた戦いの火蓋が切って落とされたのだった。
「こういう話を書きたいんですが、どうでしょう。」
私は今とある出版社の編集部にて担当の編集者と話をしている。次回作についての打ち合わせである。私は割と担当編集にアドヴァイスを求めてしまう派なのだ。
「はあ。なんか余りにも普通すぎやしませんか。先生にしては珍しいですね。いつもはあんな奇抜でアイロニックな話を考えなさるのに。」
「まあまあ、まだ続きはありますよ。それでですね、彼らは一応更なる犠牲を出しながらも作戦を成功させるんですよ。太陽系の崩壊は一応ある程度のところで止まるんですね。しかしまだ熱を、太陽光を失ったままなんですね。そこで人類はかつてその存在で数々の危機に曝された核を用いるんです。地球の衛星軌道上に核反応を用いた人工太陽を設置するのです。」
「あれ先生もしかして、それ歴史小説ですか。」
「やっとお気付きになられましたか。そうですそうです、旧人類史を書こうかと。」
「方向転換ですかな。まあ、いつも書きたいことを書いて売れている先生なら問題ないでしょう。どうぞそのお話お書きになってください。」
こうして私は今回も好きなように書かせていただけることになった。しかし、いくら歴史小説とは言えども、面白くなるようにある程度の脚色が必要になる。その辺は乗組員に適当にドラマをやらせておこうか。
私が学校で習った歴史はこうである。ある日突然太陽を失った旧人類は最善を尽くし、先に述べたような太陽と同等のシステムの構築に成功、かつての暖かく活気にあふれた世界を徐々に取り戻していったのだが、喉元過ぎれば熱さ忘れるというように、ついに一致団結したはずであった人類は再び人類同士の衝突が起き、人工太陽の燃料として使われていた核を、人類結託、平和の象徴になった核を兵器として用いてただでさえ減っていた人口はあっという間に滅び去ってしまったのだという。そこで太陽を奪取していた今地上で繁栄している新人類の先祖が、脅威となる存在が消えてしまった地球に植民した。
平和はもたらされたその瞬間でしか享受できない、そんな刹那的な存在である。平和になった瞬間そんなものは忘れられてしまうのだろう。我々は本当に平和を望んでいるのだろうか。何度も、平和というものが無価値なものにしか感じられなくなる時がある。しかしそれでも私はその平和を、かつて多くの人々が夢見た全人類の団結を、一瞬でも叶えることができたという事実は否定してはならない、ひと時の幻ではないと感じざるを得ない。一時的であっても可能であることが証明された平和という存在。何故か彼らの物語、彼らの悲しみ、彼らの一切に親近感に似た何かをまるで思い出すかのような感覚で思うことができる。だから記さねばならない使命感を一人で勝手に背負っているのである。
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