第12話 治らない癖
アイリーンのひと言に、精神が死にかけていたアルバートがぴくりと反応する。
「私の友人の中には、アルバートを素敵だとベタ褒めする子もいてね。『あの優しい笑顔がいいの。いくら見ていても飽きないわ』って」
褒められて嬉しかったのか、アルバートが少しだけ回復した。が。
「あとこうも言ってたかしら。『あの素敵な微笑みの下には、きっと強引で俺様な一面が隠れていて、
続いた言葉に、アルバートだけでなく、ハンナと夫人までもが目を点にした。
アイリーンは続ける。
「そういえば、もう一人別の友人も『わかるわ! 普段穏やかな人がたまに見せる強引なところがいいのよね! だからもちろん、グレイ様が〝攻め〟の一択よ! 異論は認めない』なんてことも言ってたかしら。〝攻め〟の意味はわからなかったけど、ほら、アルバートもまだまだ捨てたものじゃないでしょう?」
混じり気のない紫の瞳が、アイリーンの本気度を窺わせる。
彼女は本気で、なんのからかいもなく、そう思っているのだ。
しかし、アイリーンの友人たちの真意に気づいたアルバートは、たまらず椅子から飛び上がった。
「ア、アイリーン! ちょっと待って、本当に待って」
「?」
「それ、絶対違うと思う。君の友人が言っていたのは、俺を好いているとか、そういう話じゃないと思う!」
「そうね。縁談を持ち込むつもりはなさそうだったけど、でも、少なくともアルバートに好感を持っているのは確かよ?」
「いや、確かにそうなんだろうけどね? でもそれは別の意味でっていうか、俺個人ではないっていうか……」
「つまり?」
要領を得なくて首を傾げると、アルバートが言葉を詰まらせた。
「つ、つまりね……その、君の友人は、男同士の……」
と、言いかけたとき。
続けて「うっ」と彼が呻き声を上げるものだから、アイリーンは余計に当惑する。
「どうしたの、アルバート。何かあった?」
「いや、違うんだ。余計なことを言いそうになったから、ちょっとお叱りを受けただけで」
そう言った彼は、自身の母へと恨めしそうな視線を流していたが、当の夫人は素知らぬ顔で笑顔を浮かべていた。
やっぱり意味がわからない。
「と、とにかく。えーと……。そ、そうだね! アイリーンが言うなら間違いない気がする! 俺もまだまだ捨てたもんじゃないってことだよね」
それには大きく頷いた。
「そうね。アルバートは十分魅力的だもの。私はアルバートの強引なところなんて見たことないけれど、強引なアルバートよりも、今のアルバートのほうが絶対素敵だと断言できるわ。誠実で、家族思いで、友人思いでもあるもの。アルバート以上に素敵な人なんて、私は知らないわ」
「アイリーン……」
「ね、あなたもそう思うでしょ? ユーイン」
後ろを振り返って、己の騎士に同意を求める。
こうやってアルバートをフォローすることは、もう日常と化している。
油断すると空気と同化しそうになるユーインを――騎士としてはそれが当然ではあるのだが――アイリーンはいつも無理やり会話に参加させていた。
それはアルバートがいるときに限ってではあるものの、アイリーンとしては、少しでもユーインの中のアルバートの印象を良いものにしようと思ってのことだった。
すると、視界の端に、なぜか苦笑するアルバートが見えた。
(……あからさまにやり過ぎたかしら?)
加減が難しい。
これが単なるお節介だとわかっているから、出しゃばり過ぎないよう気をつけてはいるのだが。
ただ、同意を求められたユーインには、幸いなことに気づかれた様子はない。
彼はそこらへんの雑草でも食べさせられたような顔をしながら、渋々口を開いた。
「そう、ですね。少しは、同意できます」
「え」
ユーインのいつもと違う反応に、苦笑から一転、アルバートが目を丸くする。
それも当然だろう。今までなら脊髄反射並みに「同意できかねます」と返ってきていた答えだ。
それが、今回は。
「といっても、本当に少しです。塵ほどにも満たないくらいの同意で――」
「エミリー……!」
たとえ塵以下でも、アルバートは感動したのだろう。自分を認めてもらえたことに。
気持ちはわかる。散々拒絶されてきた野良猫に、ようやく懐いてもらえる兆しが見えたのだ。喜ぶなというほうが無理な話である。
でも、呼んだ名前と、抱きしめようとしたのはいけなかった。
アイリーンが止める前に、ユーインは容赦なくアルバートの手を叩き落とした。
「何度言えばわかる。私はユーイン・ロックウェルです」
絶対零度の視線が彼を突き刺す。
「あ、はは……だよね」
はぁ、とアイリーンが無言で頭を振ったのは言うまでもない。
夫人もハンナも、まるで阿呆の子を見るような目でアルバートを見つめている。
彼自身も自分の失敗を理解しているのか、しょんぼりと項垂れた姿に、アイリーンの心がちくりと痛んだ。
彼のそんな姿に、アイリーンは弱い。
気づけば、口が勝手に動いていた。
「でも、ユーインがアルバートの気取らない優しさに救われたのは、本当だと思うわよ」
「え?」
「ね、ユーイン」
ユーインは何とも言えない苦い顔をしている。
アイリーンの言葉を否定するわけでもなく、たとえそう思っていても「言いたくない」と顔に書いてあるような。
本当に、素直じゃない人だ。前世の孤児院にも似たようなチビっ子がいたような気がする。
まるで手のかかる弟を見るような眼差しで、アイリーンは笑った。
「だって、不器用なあなたにああやって我慢強く最後まで何かを教えてくれた人なんて、アルバートしかいないものね?」
「……そんなことは……」
「あら、本当に? あなたを見捨てることなくちゃんとぶつかってきてくれた人が、アルバートの他にいたの?」
「それは……」
「いなかったでしょ?」
「そうなの?」
背後でユーインが戸惑っている気配がするが、アイリーンは構わず続けた。
「そうなのよ、実はね。たとえば、士官学校時代は交代制で食事を作っていたそうなんだけど、壊滅的な料理の腕に全員から厨房立入禁止令を言い渡されたことがあるんですって。誰もやり方なんて教えてくれなかったそうよ。他にも、掃除を命じられても余計に汚すせいで、何もするなと厳命されたり。わざとじゃないのにね。人付き合いだって不器用なものだから、思ったことを率直に言ってしまって、上司から目をつけられたりもしてたわね。そうして残った彼に許された仕事は、王女を守るという、つまらない仕事だけってわけよ」
肩をすくめたアイリーンに、ユーインがすかさず反論した。
「それは違います! 確かに私は不器用で、同僚からも馬鹿にされていることは知っています。ですが、殿下をお守りできる今の仕事を、つまらないなどと思ったことは一度も――」
そこで、ユーインが我に返ったように口を閉じた。
つい頭に血が上って声を荒げてしまったことに、ここで気づいたらしい。
真面目な彼は、一介の騎士が許しもないのに発言していい場面ではなかったと、内心で反省でもしているのだろう。
その証拠に、ユーインが唇を強く噛んでいる。
それが彼の、何かに耐えているときの癖だと知っているアイリーンは、馬鹿ね、と優しく微笑む。
初めて会ったときからもう何度も注意したはずなのに、彼はまだその癖を克服できていないらしい。
そう、今世で彼と初めて会ったときも、彼は今と同じように、耐えるように唇を噛んでいた。
それは、彼が上司に逆らったせいで、酷い扱いを受けていたときのことである――
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