3-8

 今まさに私達が立っている土地こと資源惑星ラインは、やはり数千は下らない帝国の採掘場の一つにしか過ぎなかった。ただ、それを構成する物質を吸い尽くされて捨て去られる鉱山のようなもの。太陽のような恒星が発する光や熱を浴びることもないために、その表面は暗く、そして寒い。人間の移住なんて端から期待されないような寂寥感だけが、私達を囲う壁の外には広がっているのだった。 


 二つの相反する体制を備えた国家が遭遇し、剣を交えた歴史的な転換地点になってしまった資源惑星。そこに設置された、採掘の指示を担当する中央施設に集められたひとびとは、具体的なこれからの作業についての段取りを兼ねた交流を行っていた。


 主にそれらの内容を二つに纏めると、人類統一連合諸国軍が短期間の間に増設した施設の完全撤去と、この因縁の場において両国人が共同調査行うという政治的な演出について。二つの国は、取り敢えずは手を取り合える間柄になりましたよ、というアピールのために招待されたらしいマスメディア関係のひとびとがちらほら見かけられた。パーティ、なんて呼称するにはあまりにも乾燥し尽くしたような空間。


 とは言え、会議とか会談と呼べるほど形式張ったものでもなく、政治と外交の両面からの見栄えを意識した場だった。そのため、最低限の料理がテーブルには備え付けられていて、部屋を照らす光源を追加するべく、ライトを取り付けた小型機器が天井で這い回っている。そんな、正直に言えばあくびが出そうな世界に私は、適当に船内の衣装棚から乳白色のドレスを引っ張り出して参加していた。


「お時間よろしいでしょうか。ジークフリーデ前皇女殿下」


 有り触れた文言で話しかけられた私は、群青色の制服に身を包んだ人物を認識するのに一秒ほどを要した。視界の端に私にも知らされてはいない帝国人数名――おそらく私を影から護衛するように言われているのだろう――が万一に備えてその男性を中心に離れてはいるが、包囲するように立ち位置を変えていた。その様子を明け透けな護衛だな、と思うと同時、目の前に立って話しかけてきた男性を、確かメルクーアが表示した顔写真の一人だ、なんて子供らしい思い出し方をした。デジタルデータのそれとどう違うかと言われると答えに窮するけれど、直に合うとその役職の割にはやはり若いイメージの容貌。私は社交的な表情を形作った。


「はい、構いませんよ。ご覧の通り、話しかけて頂ける方がいないものですから。貴方は、オリヴィエール・フォッシュ少将、でしたね」


 語調に疑問符を匂わせてみる。人類統一連合軍所属の一軍人の名前をピンポイントで即答出来ると不自然かな、と思われたから。それでも、相手は話しかけた帝国の元皇女の口からあっさり自分の名前が引き出されたのに、幾分か驚いた表情を浮かべた。


「自分のことをご存じでしたか」

「えぇ。随分と前に、その、ご気分を悪くされたら申し訳ありませんが帝国軍が捕虜とした人名のリストを拝見したので……」


 貴女のことは、友人との話題として先日ちょうど上げられましたから。というのは決まりが悪いから咄嗟に嘘をついた。けれど、捕虜だなんて、相手の地雷を踏むような内容ではないか、と口にしてから不安になった。どうも皇女に元とか前という言葉が付くようになってから、自分でもこういう対人スキルが加速度的に錆び付いたよう。そんな私の心配は他所に、機嫌を悪くするようなことは一切無く、フォッシュ少将は合点がいった、という表情を見せた。


「あぁ、そうか。あの出来事は帝国の最高責任者でもあった貴女には大事だったことでしょう。だから、自分のような人間の名に聞き覚えがあっても不思議ではない」


 私は追従した方が楽そうだから、適当に返事をすることで同調した。


「それで、何のお話でしょうか。生憎ですが、現在の私は実権を握る立場にはありませんから、あまり気の利いた話題を提供出来るとは思いませんよ?」

「政治色が強い話をするつもりはありません。ただ、何と言うべきか、個人的な用、と言うべきか……」


 歯切れが悪い割には素直な物言いをするひとだな、と感じた。彼は、やはり人前で言うべきことではないという思いがあるのか、周囲が聞き耳を立てていないかを盗み見し、


「この資源惑星における一件で貴方方帝国に働いた狼藉を、連合道目諸国の一個人として一言謝罪をしたかった。それに、その後の我が国内での事件で貴方は重傷を負ったことも聞いています」


 まるで自分のことのように悲痛な声音だった。誠実だな、と思う一方で、何でこの人はそんなことにまで気を揉んでいるのかしら、とも。


 メルクーアが作成した要人リストにオリヴィエール・フォッシュも含まれていた。何時撮られたのか、ビショップ・フォン・ルーデルと彼との会話の記録。そして、人類統一連合諸国に帰投した後、彼がゴット・ヘイグほどではないものの、帝国側の利になるような有形無形の手段に奔走していたらしいことを事前に調査していた。良くも悪くも、その人間として誠実な在り方が私達にとっては有益だ、とメルクーアは結論していた。そういう背景を知っていて、私は勝手に彼に親近感のようなものを胸の内に作っていた。だから、


「別に貴方が謝るようなことは何もありません。それに、資源惑星ラインの一件についても貴方は自分の職務を果たされただけではありませんか」


 そうフォローするように私が言うと、彼は力強くそれを、


「ですが、個人の行いの責任を、そういった職業やイデオロギーに明け渡す行為は、罪の意識を放棄する方便にしか過ぎませんから」と否定した。


私はその切り返しに感心しつつ、


「左様ですか。しかし、どちらにしても、です。フォッシュ少将、貴方個人が頭を下げるような事柄ではないように私は思います。何故なら、貴国が帝国と事を構えた責任を追及されるべきは、その判断を下した権力者ではあり、それを例え間接的にでも選出した国民です。事実、一度目の戦争責任の所在も、前線の指揮官などではなく、当時の人類統一連合政府にあるという結論に両国落ち着いた筈。さらに穿った見方をするにしても、選挙という民主主義的な方式を採用している以上、その国家における偉業も悪行も、その人民皆に還元されるものではないのでしょうか」


 思ったままをそのまま口にした。自分のような年下の女に頭を下げる相手へ、そうする必要も無いしこちらは気にすらしていない、といった意味合いを入れたつもりだったけれど、良くなかったらしい。自分の罪の意識を余計にくすぶらせる結果になったのか、むしろフォッシュの顔色は曇ったように見えた。私は、このまま会話を終わらせるのは後味が互いに悪くなるな、と思ったので、


「あの、貴方が何らかの形で私達に誠意でお応えしたい、という気持ちは伝わりました。ですので、良い機会でもあります。胸の内にあるものを吐露して頂けませんか。私も帝国に生きる一人の人間として、貴方方のことを理解したいのです」


 私が遠回しに、会話を吹っ掛けたのはそちらだから、この際洗いざらい話せ、という言葉と視線をぶつけるとフォッシュは恥じ入るように語った。


「自分は、資源惑星での接触を発端として、自分が所属する国家が貴女達に行ってきたことに対して恥と、そしてその一員としての責任を感じていました。あくまで個人的な観点に依るものですが、この場に出席した人間は、自分と同様の思いをしている者が多いと思います。帝国という未知の集団と直に接触した者は国内では少数派です、ですが、だからこそ、関わった者達は思うところが、やるべきだと感じることがあるのでしょうね。そうして、自分も護衛として参加したのですが、まさかそこに貴女が、ジークフリーデ前皇女殿下が出席するなんて。正直、直前になって我々は聞かされたので、表面上は兎も角、案外気兼ねしている人間はこの場に多いんです」


 彼の言葉に従ってさり気なく周囲を見回すと、そうらしい、と感じた。人類統一連合諸国に所属するらしいひとびとは、私に対して興味関心を嫌と言うほど抱いているようだけれど、話しかけるのは躊躇われる。それは、敵意的な感情に由来するものではないらしいことを、ちょっとした出席者の挙措から読み取ることが出来た。


「しかし、こうして一言謝罪のまねごとをするなんていうのは、自分でも自惚れている、とは思いますが。ただ、こうして話していて分かりました。結局、自分はそういう罪悪感を少しでもそぎ落とそうとしているだけなのだと。自分のような一個人が背負えるほど、これまでの出来事は軽くはない。だからせめて、行動や結果によって示すべきでしょうね。言葉は便利ですが、それに頼りきるのは我ながら情けない」


 そんな彼の言葉を耳にして、改めてオリヴィエール・フォッシュという人物を好意的に受け止めた。一方で、青臭くて難儀なひとだな、とも。彼の経歴については事前に聞きかじった程度には調べていた。無人化が進んだが故に狭き門となっている人類統一連合諸国軍の指揮官。作戦の概要の立案からその前線にまで無人化が進んだ中で、それでも柔軟な提案や対応によって身を立ててきた人物。もはや、人間が肉体的にも精神的にも痛みにあえぐ必要の無い人類統一連合諸国の軍事行動。そこにあるはずの痛み。彼自身の言葉を借りるなら、責任感とか罪悪感という概念を、引き受けることが今の自分達軍人の役割だと課しているらしい。それはあくまで私の勝手な解釈にしか過ぎないけれど、そういう匂いをフォッシュから私は嗅ぎ取った。


 そうして、互いに話すべきことが尽きかけ、かといって他に話すべき相手も会話に参加してくる相手も居なかったので、私達は困ってしまった。周囲を助けに求めようにも、見知った顔は裏方、あるいはそもそも私の自室に籠もっているといった具合で途方に暮れる。すると、


「元皇女殿下がどうされましたか。こんなところで黙りこくって」


 背後からやけに馴れ馴れしい声とともに、さらに馴れ馴れしく肩を叩かれた。


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