第三部

3-1

「久しいな、皇女殿下」

「前皇女、という名詞を私はあと何回使えばいいのでしょうね、ゴット外務長官」


 私と帝国軍の数少ない生き残り。それに亡命者を加えた愉快な面子が、ローゼンガルテンの各地で各々の新しくも懐かしい環境に戻って一年が経過してしまった。


 そんな区切りを告げるかのように、かつての自室を相も変わらず使い続けている私の下に、その男は訪ねてきた。いえ、訪ねてきた、という表現は不適当か。互いに空間上に投影されたモニター越し。だから、その上半身と背景の部屋の様子しか確かめることは出来ない。ゴット・ヘイグの背後には絵画が掛けられた白磁色の壁が殺風景に広がっていた。自分が暮らす館の中では背景として見栄えが比較的に良い客室のソファに私は着席し、何時かの宣言通りに私の世話係を続けていたフランチェスカに視線でお茶を出すようにお願いした。モニターに正対するように姿勢を正し、私は口を開く。


「しかし、本日はどういったご用件でしょうか。確か、貴方は通商条約の締結のために近日こちらへ足をお運びになる予定だとは記憶していますが」

「まぁ、仕事上はもはや退位した君に会う理由はないだろうね」


 そう言われて私は心の中で苦笑い。


 私は帝国に戻った後、すぐにでも辞任を表明する気だった。事実、その手続きに真っ先に取り掛かったのではあるけれど、生還した私達に関する催し物だの、次期皇女である妹への正式な権威の委譲なんかに結局半年は消費することになった。それら怒濤の出来事を終え、今度こそ私はどこか辺鄙な場所にでも移り住もうかしら、等と戯けたことを抜かしたところで、私の自己評価に関わらずに政治やら体面的な理由だとかで宮殿内に相も変わらず幽閉される身分となった。しかも、担当者が気でも使ったのか、元々私が使っていた一角に改めて所有権が与えられている。


 そうして、私は一応かつてのように何かに身をすり減らすかのような摩耗感にまみれた日々からは脱することは出来た。けれど、相も変わらず公の場に出席したり、自分の意見を求められるようなことは完全に消滅することはなかった。現に、彼のように時たま重要な仕事を担った人々が、まるで古くからの友人といった風に呼び鈴を鳴らすこと数多であった。それに、自分の生活費の一部には、例えこちらが望んでいなくても一般人の血税が見事に注がれているのだから、何かしら世のため人のため。そういうことをしなければならないと良心が痛むのだった。


 そんな身の上となった私は、ゴット・ヘイグの訪問理由が本来の仕事でないのであれば、実質一択だろうといった具合に尋ねる。


「では、プライベートなご用件ですか」

「そうだな、趣味の領域だ。支援者、という肩書の」


 囲いの中に映る彼は、どこか懐かしい響きを味わうようにそう口にした。


 彼との接触によって、私達はグレーナー提督率いる帝国艦隊と合流するに至ったのは記憶に新しいのだけれど、それ以前から彼は有形無形問わず、枚挙のいとまがないほど私たちを陰ながら支援をしていたらしい。例えば、いくら偽の記録を使っているとはいえ、それでも私たちの足取りが浮かびそうになったら、それを消し去ってダミーの物語をこしらえてくれていたり、とか。 


 瀟洒な女性に成長しつつあるフランチェスカが、どうぞ、と耳に心地よい声と暖かい紅茶を私に差し入れてくれた。それを受け取った私を見て、


「紅茶か。貴女と会ったあの無名のカフェが思い出される」とゴット・ヘイグが画面内で漏らした。


 この館に生身で訪れたひとには、主の趣味のおかげで相手が泥水を所望しようが、絶品の紅茶がふるまわれることになっている。目の前の男はカップを、多分コーヒーをすすった。そんな男性に私は頭を軽く下げた。


「その折はどうもお世話になりました。今思えば、我々の目に映らない場での駆け引きこそが、今の私の生活を築いてくれている」

「何、ちょっとした人生の遊戯の一つだよ」と彼は謙遜し、「それに、君たちとの独自のパイプを持つことが今のポストを呼び込むための布石となったのだから、十分すぎるほど報酬を私は受け取っていることになる」


 すべて計算づく、ということかしら。それにしてもハイリスク・ハイリターンな博打には違いないと思うけれど。


 要するに、何処かの商人のように損得勘定によった自明の導きというわけだ。だとすると、こうして本来役目が終わったはずの人間のもとへわざわざ足を運ぶのにそれなりの利益が存在するはずでもある。私がそう述べると、彼は本題を切り出した。


「君にこうして非公式な私信を送ったのは、一連の出来事の報告と、それを受けて君に現帝国にあることを働きかけてもらうためだ」

「分かりやすい要求ですね。けれど、現体制の帝国に私がそこまで影響を与えられる。そういう前提で考えられているようですが」

 私が冗談半分、半分は本心から言うと彼はそれを否定する。

「与えるさ。君の言葉はそれだけの価値を持つ。元々の実績に加え、現在の皇女は君の妹君だから、余計に効果は抜群だろう」


 私は心の内で息苦しさを感じ、妙なことを口走った。


「血が繋がっているから仲が良い、とは限りませんよ」

「君の込み入った家庭事情は事前調査済みだ。相手の身辺調査は交渉の定石だからな」


 それを踏まえて、私の言葉には確かに帝国の態度を変えるだけの力がある、と彼は語る。正直、自分のナイーブな面に多少は公表されている情報とはいえ、土足で立ち入られるのは気が良いものではないのだが。しかし、そんなことで目くじらを立てるのも大人気ないので、私は彼に話の先を促すことにした。


「では、その報告と提案とやらを聞かせて頂きましょうか」

「話が早くて助かる。現皇女とは大違いだ」


 私の妹は、この男にとっては悩みの種らしい、ということを知ってなんとなく愉快な気持ちになった。

彼の報告は、何と資源惑星ラインを巡った人類統一連合諸国と帝国の初接触時にまで遡った。


「あくまで私見ではあったものの、当時の資源惑星への出兵理由はあまりに馬鹿げていた」

「与党の存続のために人々の視線を国外に視線を逸らす意図もあったと聞きましたが」


 私の過去の出来事を思い出しての返事に彼は首肯した。


「うむ。ただ、腐敗が続く民主国家の首脳部が時として、客観的な視線やもしくは構成の歴史的観点からただただ下劣な失敗を犯す例は決して少なくはない。本当にエリート出身の人間が考えるようなことなのか、と普通の軸を持つ一般人が思うことを存外彼らは平気でしでかすからね。優秀だと自分や周囲に言い聞かせてきたのだから、そういう人間は自分のヘマに気付かないものだ。しかし、だ。それでも奇妙な点が幾つか生じる。例えば、まず大なり小なり国民意識の反発があってしかるべき、ということとかな」


 彼の考えに私は眉をひそめた。と言うのも、だ。


「お言葉ですが、人類統一連合諸国の一般人からしてみれば、私達帝国は遠い国のおとぎ話くらいのリアリティを感じさせないでしょう。何より帝国軍と違って、自分の身内が軍事行動によって犠牲になるわけではないのですから、彼らが積極的に累進したり反対したりしないのは自然ではないでしょうか」

「確かにそれにも一理ある。実際、私もそういうものだと割り切ってはいたからね。ただ今頃になってそれを奇妙だ、と取り上げるにはそれだけの発見があったのだよ」

「発見、ですか」

「そう。確かに社会を構成する大多数の人間。これは特に悪口でもなければ、私が彼らを見下しているわけでもないだがね。基本、大抵の人間は余程自分の生活に目に見えるような危害を加えない事象については無関心だ。これは良いとか悪いといった二次元論の問題ではない。彼らには彼らのリアルが、具体的に言えば食うための仕事やら家庭事情といった問題が最も身近であり生活の、いや、生存のための優先事項なのだからな。自分が属する狭いコミュニティ外に目を向けた広い視野だとか、はたまた上昇志向を持ち続けることは文明人としては立派だと持てはやされることであろう。けれど、そういう者は少数派だ」

「そう、ですね」私は自分について少し考え、「仮に私がただ社会に溶け込んだ一臣民に過ぎなければ、現在の私のような思考や感覚を持っていたとは、正直なところ思いませんし」


 私の感想に少し男は口元をほころばせた。そして、続ける。


「少し話がそれてしまったかな。ここで重要なのはむしろその少数側の人間の話なのだよ。直接的に国家を動かす立場にあるとかは関係なく、それでも独自の感性を持った者やインテリ層などは自分が気付いた事実を、問題提起を盛んに行う。一般人でも自分の言葉をネットワークに発信することは容易だからな。その情報や論述の成否は問わないとして、幾ら大多数の人間がそれに見向きをしなくても、探す気になりさえすればあちらこちらにそんなものは転がっている。ましてや、膨大なネットワークが構築された我が諸国ではなおさらだ。例え正規の手続きや価値を持たない意見であろうとも、無限ともいえるような二進数の世界の中に、それらは無数に存在する筈だ」

「広いネットワークの構築は、それまでの歴史では誰の目にも触れなかったような個人の言葉が、一種の力をもって世界に公開されることを意味しますからね。まだ私たちの遠い祖先が地球という単一の惑星下にあったときからそうらしいですから、現代ではなおさらそうでしょう。本来、何の特別な価値を持たない一個人の発言は、デジタルという決して劣化やろ過を伴わない力を得ている。そして、それに同調もすれば、反論する声なき声の群衆が、電子空間では確かに質量をもつ」

「そうだ」と彼は私の言葉に同意した。「そして、もはや人間の手には負えないほど玉石混合の仮想世界において、それでも先の出兵に関する少数のもの物好きらの声は、しかしいくら何でも少なかった。正確に言うならば、特定以上の範囲に拡散されないよう、どこかでその伝達が途絶えている」

「それはつまり、どういうことです」


 私は男の言わんとするところを咀嚼しかねて議論の抽象化を求めた。彼の言葉を鑑みるに、人類統一連合諸国の当時の権力者らは自分達の都合の良い統制が可能だったということになる。ゴット・ヘイグはあらかじめ用意していた結論を口にする。


「もはや不可能だと思われていた情報統制が、結果的に行われている、ということだ」


 ゴット・ヘイグの奇妙な報告に私は眉をひそめてしまう。もはや無尽蔵に広がる情報の氾濫を、誰かが意図的にそれを統制することは出来ない。そういう話を私たちはしていたはずではなかったのかしら。自分がこうして長々と話し合う仲で見当外れな解釈をしていたのではないかと一抹の不安を覚えるが、男は否定した。


「本来は、な。これについて話すには我が国におけるネットワークの予備知識が必要となるのだが、お時間はよろしいかな」


 特段、この日に予定などありはしないので構いません、と即答した。面倒そうな影が見え腐れするけれど、ふやけた毎日に半ば飽きでも感じていたのか、刺激的な匂いに誘惑された。ゴット・ヘイグ外務長官は手元のカップで喉を潤してから、


「人類統一連合諸国という一つの組織が、肥大化しすぎた情報社会を統治しきれない理由としてそのネットワークの構造にある。帝国内や我々にとっては過去のネットワーク、インターネットにおいては無論、個々を接続するためにプロバイダが必要だ。これらを支配下に置くことが出来れば、完全とまではいかないが、それでも大多数の繋がりを手中に収めることが出来る」

「……あぁ、人類統一連合諸国内の僻地を転々としていた頃、そういったレクチャーは受けたお覚えがありますね。そういったISPを、現代の人類統一連合諸国のネットワークは必要としない、と」

「そう。すべての機器は民間から国家の保有する専門のものも含めて、その情報ネットワークにおいてみなが平等だ。強いて違いを挙げるとすれば、誰が使用するか、にある」


 生身の人間とは違って、人類統一連合諸国のコンピューターには上も下もない。その性能に至るまで、基本的にすべてが同一化されている。


 例えば、帝国で何らかの研究プロジェクトを行うとする。そこで使用されるのは勿論、一般のそれを遙かに超える性能と権限を有するプロジェクト専門のスーパーコンピューター。それを用いて民間のネットワークに至るまで介入し、あらゆる情報を引き出すことが出来るでしょう。


 けれど、人類統一連合諸国ではそんな高性能な個を持つ必要も無ければ、運用するメリットもまたない。国内で作り上げられてきた系に属する――もはやその所有者である個人や組織すらも問わずにつなげられたコンピューター群は、ある時点で多くの処理を必要としたとき、まさにそのとき使用されていない赤の他人が所有するリソースを拝借してその仕事を果たすからだ。それらが一つの繋がりに配置されると同時、自身もまたその膨大な電子世界を支える一部として働く義務を任じられることになるらしい。


 事実、人類統一連合諸国では購入した時点で、所有者のそのツールが加入したものと見なされるように機器も法律も作られていた。つまり、厳密な意味でのパーソナルコンピューターは、もはや人類統一連合諸国内に存在しない。皆がそのネットワークによって受ける情報だとか社会的サービスだとか、娯楽とかといった恩恵の代わり、自分の所有する限られたリソースを大多数に提供する世界。ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために。ギブアンドテイク、と言った方が分かりやすいかもしれない。私はそういった記憶を参照しつつ、


「一個人或いは一組織が一方的な、そう、上位権限を持つことが出来ない形態なのですよね。国家としては便利なような……」

「不便だろうな。都合の悪い情報を国民に渡さないのは、横暴な奢りを持った国家の常套手段なのだから」というゴット・ヘイグの感想に私は笑みをこぼしてしまう。

「民主主義の理想を体現なさっている、と考えれば素晴らしいことではありませんか」


 私の皮肉にゴット・ヘイグは発作でも起こしたかのように、決して軽体重とは思えない体を笑い声と同調するかのように振動させた。


「これは一本とられたかな。独裁的な手段に出にくいネットワークを所有することはリバタリアニズムの立場上は良いことかもしれん。話を戻すが、発信することは楽だが、消すのは、ましてや削除した痕跡を残さないようにするのは専門家曰くやはり困難らしい」

「痕跡を残さない、といった手間が掛かることをする度、自分の手元以外のコンピューターがその仕事に関わるわけですからね。一般的な、あるいは慈善的な活動なら兎も角、後ろめたいことをしでかすには中々肩身が狭そうです」


 一方で、自分達独自のシステムや機器を作り上げた上で公のネットワークに参加することもまた、大掛かりになるために現実世界の方で露見しやすい。そんなことを自分で言いながら、ふと、メルクーア・レイヤード嬢の姿が脳裏に浮かぶ。友人的な立ち位置を気取って時折顔を見せに来る彼女みたいな人間にはさぞや面白くないだろうなぁ、と思うと自然と口元がほころぶのを自覚した。


 元からあるものに手を付ければほころびが生じる。だからこそ、その目を欺くにはゼロからカバーストーリーを想像し、少なくともデータ上では辻褄が合うようにしなければならない。それが、彼女らが私達帝国人という異分子を匿うときに用いた手品の種というわけだ。


 ゴット・ヘイグは再び不可能なはずの情報統制、その仕組みについて言及する。


「公開された情報が目に見えて添削でもされれば、自分が統制されていることに気付く。だが、私が確認した検閲は、与党にとって不都合な意見を完全にネットワークから消すのではなく、その所有者に関わる一部の人間にのみに閲覧できるように誘導するものだった」

男が強制とか操作といった第三者による使役的なイメージを持つ単語ではなく、誘導という単語を選んだことに何らかの意図が含有される雰囲気を私は感じた。彼は続ける。

「重ね重ね言うが、私はプログラマーではない。それでも、力任せに手綱を引くよりもその者の意思を尊重するかのように、任意の方向へ導くことのほうがよっぽど現実でも仮想世界でも容易だ。しかも、見える者にしかその手腕を洞察することは出来ない」

「貴方のように?」

「貴女もその一人だよ、皇女……失敬、前皇女殿下」


 今度は間違えなかっただろう?と彼は目線で語る。私はそれを無視し、


「それで、その誘導というのは」

「具体例だが、私は先の資源惑星に関する言論を見つけ出すことは出来なかった。だが、自ら調べても見つけられない情報を私が雇った人間の幾つかは特に苦労もなく見つけることが出来た」

「貴方のアクセス権が侵害されていた、ということですか」

「いや、そんな陰謀めいたことではない。平時下なら私も気にすることはなかったことだがね。現在のネットワーク体制は、その検索結果すらそのユーザーの興味関心を反映させ、それでいてそんな誘導の不自然さを感じさせないために最低限不愉快な情報も勝手にピックアップしてくる。この便利な機能が、今回は徒となっていた」


 私は少し思考し、考えを口にする。


「つまり、購入履歴からそのユーザーの関心が高い商品を勧めてくるサービスの延長のように捉えればよいのでしょうか。本来、例えば単一の単語で検索すれば少しでもその単語を含めたデータが本来はすべて表示される。けれど、人類統一連合諸国内のネットワークは、そもそもその検索結果自体にまでそのユーザー個人の傾向を反映させてしまうために、ネットワーク内の情報すべてに到達することが非常に困難になっている。結果、その個人や大勢の人間にとって関心が薄い物事や、知りたくない情報は勝手にシャットアウトされてしまう」


 私なりのまとめを、男は生徒の出したレポートに可の判定を下すように、


「そうだな。ここで厄介なのが日常生活では便利の一言で片付くこの傾向が、人の手ではなくプログラムによって、その誘導に善悪や利害と言った要素無しにもはや自動的に行われている点にある。閲覧できるからと言ってネット世界のすべての情報を目にして生活する人間は居ないだろう。と言うより、一生を費やしても物理的に不可能だろうな。どうせ一部の情報にしか触れないのだからわざわざすべてのデータへの窓口に通すよりもあらかじめふるいに掛けた方が機械への負担も少なく、接続も迅速だ」

「そうですか」と私はようやく合点がいって、「だから結果的、という言葉が効いてくるのですね。例えば、貴方の場合、有象無象でもいいから出兵案に否定的な意見を探ろうとした。けれど」


 その発言を引き継ぐように彼は言った。


「普段の私の興味関心が反映され、ある程度の精度を伴った意見しか検索段階で取り上げられなかったわけだな。少数意見をさらにふるいを掛けるようなものだから、その数を絶望的に少ないものと錯覚するわけだよ。そして、大多数の人間は出兵に対する是が非どころか、そもそも自分が属する組織が妙な国家と戦争するらしい、等という頭痛の種を好き好んで調べようと殊勝な考えは持たないだろう。結果、彼らは出兵なんていう馬鹿げた行動に対して積極的に迎合もせず、ましてや反対運動をしようという気も起きないわけだ」


 ゴット・ヘイグの表情や声調に変化は見られなかったけれど、その視線に蔑むような色が含まれているのを私は見た。最近の連中は政治に興味を持たないんだから、困ったもんだよ。そんな風に肩をすくめてみせるインテリみたい。


「結局、あの件はどう片が付いたのです」

「目下調査中だ」


 ここまで話に付き合ったのが急に徒労に思えた。そこが脱出時にも明らかになっていない重要な部分だろうに。痛いところを突かれたと言わんばかりの苦笑いで、彼は言う。


「あのテロ……と信じたいが、事件に使われた車両やら武器にやはり外部から暴走状態に入力されたような痕跡はやはりない」

「それは、以前にもレイヤード商会から聞かされたのですが」


 私が半ば苛立ったのが男にも伝わったのか、表面上は申し訳なさそうに、


「裏を返せばそれだけ根が深いという話だよ」


 物は言い様だな、と思った。けれど、男は男でまだ語ることがありそうな様子なので続きを促した。


「当時、正式な人類統一連合における採択では帝国との協調論が主流になりつつあったし、実際、本人達もその気だった。そこにあの事件だ。君たち帝国からすれば人類統一連合諸国という敵対組織が仕組んだことと見なされるのは当然の出来事だ。だが、その疑いを掛けられた方も方で、自分達の潔白を証明するどころか調べれば調べるほど自分達の立場が胡散臭いものになっていった」

「正確な調査事実だけ述べれば、複数の機器が同時多発的に誤作動を起こしました、ですからね」

「自分達の内部にそういうことを企てた連中がいたのではないか。そんな魔女裁判染みた雰囲気もあったくらいだったよ。結果的に、帝国を納得させられるような情報も無く全面戦争へ。とは言え。互いに滅びるまでやる気はさらさら無いが、それでも賽は投げられてしまった」


 そこまで語ると、人為的な出来事として誰が何をやったか、という以上に何のために、という点が不可解だと男は口にした。


「具体的な正体をつかめずとも、その出来事の結果が利益となる存在がある筈だ。少なくとも二国の政府にとっては、損害はあっても碌な利益はない」

「一理ありますね」と私は首肯し、「国家に傷ついて欲しい、国家に反抗的な組織の差し金。あるいは、何らかの利益を見込んだが、現実そうはいかなかったという策謀家気取りの失敗談なのか……」


 私のため息交じりの言葉に男は頷きつつ、

「この件に関しては正式な調査機関の立ち上げと、私個人の情報網をこれからも使うつもりだ。それに、だ。事態の解明は無視することは出来ないのは確かだが、過去だけではなく未来の話も我々はしなければならない」


 その口ぶりにゴット・ヘイグの提案が、おそらくは帝国と人類統一連合諸国の悪化した関係を回復することを目的とするものだろうな、と容易に想像できた。だから、


「なら、その未来のために私に何をして欲しいのでしょうか」と尋ねた。

「恥を忍んで申し上げるが」と彼は前置きして答えた。「何らかの媒体で貴女ご自身から我が国との友好的関係を望む旨を公表して頂きたい」


 まぁ、そんなところでしょうね。予想は付いていたので素直に受け入れた。


 私は件の事件において直接被害を受けた人間の一人。その本人が、遺恨はあるでしょうが、二つの国が敵対し続けるのは得策ではありません。手を取り合い、納得がいかないのでしたらともに真実を明らかにしようじゃありませんか。そんな風に語れば、状況を一変させることは出来ないけれど、帝国の世論に対して対話というカードの存在を考え直すことが可能かも知れない。私にそれほどの価値があれば、の話だけれど。さらに、彼は付け加える。


「また、妹君にも君から友好的関係を結ぶよう口添えして欲しい、というのが私の本音だ。彼女や帝国の感情は、決して良いものではない。それが外交長官として接してきた私の感想だ。一応、理性的な判断を下せるものだから極端な抗戦を唱えたりはしないだろうが、だからと言って、このまま私達が彼女他と意見を交わしたとして穏便かつ最上の関係を得られるかは怪しい。だが、君からの提案ならば私などよりは希望が持てる」

「……前向きに検討します」


 これは私も快諾しかねた。一つ目の理由としては個人的に彼女のことを私が苦手としているからだけれど、さすがにそんな矮小な理由で断るわけにはいかない。この期に及んでそんな子供じみたことを言う程私は厚顔な人間ではない、と思いたい。


 問題は二つ目の方だった。いくら私が口を出したところで、現皇女である彼女や帝国全体の人類統一連合諸国に対する感情が良くないことに変わりが無い、ということだ。


 現皇女であるフリーデント・フォン・フォーアライターが友好関係を築きます、と一言述べて権力に物を言わせてくれれば、建前上は二国の関係は取り敢えず修復されることにはなる。しかし、それは彼女を私が説得できることが前提だし、仮に彼女が従ってくれたところで、いくら皇女の立場があると言っても、現実にはそれに従うかどうかは結局のところその下に付く人間が決めること。新皇女が反対意見をどう上手く説得できるか、という点に依ることが大きいのは言うまでも無い。その点についてゴット・ヘイグは、


「正直、私は彼女より君の方が皇女としては適していると思う。君は理詰めの人間だからな。それでいて、理詰めだけで動かない人間の存在も知っているから、上手いこと相手の話に合わせながら自分の持って行きたい方向へ持って行ける。君はそういう人間だよ」

「褒められているのですか、それ。ともすると彼女は私に劣っていると?」


 少なくとも、彼女もフォーアライターとしての生き方をしている以上、光るところはあるはずだ、と結果的に彼女を弁護する立場の私に対し、


「臣民達の評判は悪くはないようだ。実際、彼女は彼女で上手くやってはいる。私が言いたいのは、優劣の話ではなくその能力の方向性の違いだ。君は感情より先に理論で方針を決める。一方、私の印象では彼女はその逆のタイプだ」

「感情で方針を決め、それを理論で武装するわけですか」

「然り」


 成程彼の言うとおり、私とは鏡写しのように正反対の人間に思える。それを悪い、とは言わない。私は正直、自分の考えとか価値観を万物における共通認識とも思っていなければ、他者に押しつける気もさらさら無い。相手の思想を尊重すると言うよりは、単純に自分と違う人間を馬鹿正直に説得するのが面倒なだけではあるけれど、それはさておき、だ。


 彼女の傾向自体は人々や国家を導く一つのやり方ではある。その根本がどうであれ、ようするに何かをしたければ他人を説得できれば良いだけであって、理論による裏付けが出来るのであればそこに何の文句もない。ただ、もし彼女のその意見と私やこの男のように、損得勘定やら打算ありきの功利主義的な意見とが対立した場合、説得するのは中々に困難ではある。この男は多分が彼女を苦手とするのは、おそらくそういう要因だと思う。


 以上の話を聞き終え、私は上手くいくかどうかは期待しないで、といった塩梅の言葉で彼との会話を打ち切るつもりだった。しかし、彼はさらに要求を追加してきた。


「最後に、もう一つ君もしくは帝国にやって頂きたいことがある」


 予想外の追加注文に内心少し驚く。ただ、私にとって妹と直に接する以上に困難なことはないように思えたので軽い気持ちで答えた。


「何です。普段は面と向かって会える立場ではありませんから、多少の無茶は聞きますよ」


あっさりと言ってしまう私に、男は私が意識もしなかったような依頼をしてきた。


「帝国所有の資源惑星ライン。それを文字通り隅々まで調査して欲しい」


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