1-7

 敵軍の指揮官を捕縛するという形で勝利を収めた帝国艦隊の帰還直後に、二人の偶像もとい英雄伝説の加筆に私も関わることになった。勲章を彼らに手渡すことがその式典の開かれた理由であり、おける私の唯一と言って支障が無い仕事内容だった。二人の功労者に物品を与えて事前に考えていたとおりに台詞を述べる。


 此度の偉業、お見事でした。帝国を代表しこれを讃えます。貴君らに一層の栄光のあらんことを切に願い……。


 何ら感情もこもってもいなければ、独創性もない文句。にもかかわらず、会場内に充満した空気を大仰な音楽と人々の拍手とが振動させた。あまりにも形式的な匂いが強すぎて、周りを囲む人々が本当に置物だったら私は笑い出していたかもしれない。


 主役の二人の態度は正反対だった。と言うものの私は唯一、彼らの真正面に位置していたし、高台の椅子からじろじろと長時間注視しても不自然ではないから分かったことだったのだけれど。煌びやかな勲章を受け取った片方、エルンスト・ガーデルマン大尉は全身に宿った誉れへの高ぶりを隠し切れていなかった。これは私の勝手なバイパスが掛かった想像だけど、式典が終わりでもしたら一目散に仲間の兵士達に酒を片手に熱くこの栄誉を語り継ぐんでしょうね。きっとそう。


 それに対して、その隣に立ち最初に私の手から勲章を受け取った男は、どうか。


 その男はほとんど無感動だった。件のビショップ・フォン・ルーデル大尉。かと言って周囲にそれを悟らせるような世間知らずの一匹狼でもない。もしそうなら、このような茶番劇の主役に抜擢される資格など与えられはしない。形式上とはいえ、恭しく振る舞っていたし、街中を歩けば幾人かの女性が吐息を漏らす様な挙措で、それに文句を付けるのは無礼に当たると思えた。


 私は場所や形式こそ違えど、幾度となく彼をこうして観察してきた。その度に、禄に喜ぶそぶりを見せないのが正直面白くなかった。今まさに彼の胸に輝く勲章。それに、本心からの何かを胸に秘めているとは私には思えなかった。


 一体、多くの兵士が羨むような栄光のまっただ中において、この人は何を考えているのかしら。緊張緩和と精神の休息を兼ねた人間観察に満足して、私は彼らから視線をそらそうとした。けれど、その一瞬が遅れた。ふと、ビショップ・フォン・ルーデルと目が合う。いや、合ってしまった。


 互いに観察し合っていた視線が合ってしまったような具合の悪さ。小急ぎで私は普段通り何気ない風を装って、感情を持たない人形のように視線を今度こそ外した。



 その数時間後には祭り気分も早々に霧散し、今度は現実的な話題だけが場を満たす帝国会議が招集される運びとなった。帝国にとって、いや、形式上とはいえ一々の会議という概念を持ち得る場に出席する私にとって、戦中より戦後の処理が厄介だった。


 機械仕掛けの騎士団を中心とした強襲によってあまりにもあっさりと敵の指揮官の身柄を押さえることに成功。そのついでに未知のテクノロジーの塊たる、無人艦をダース単位で手中に収めることが出来た。技術者の多くは、フォーアライターとは異なる技術体系上に築かれたそれらに知的好奇心を存分に発揮させていることでしょう。人の気も知らないで。


 開戦前の和平交渉の失敗から、帝国外務省の面子は潰された形になった。故に、帝国が真っ先に手を付けたのは外交使節の見直しと、新たな集団の発足。そして、捕虜を如何様に扱って敵国との妥協点を探るかにあった。


「帝国臣民の大人類統一連合国への感情悪化はもはや語るまでもありません」


 その日の帝国会議の口火を切ったのは帝国軍参謀法部長のホフマン大佐だった帝国内の情勢と人類統一連合国内の様子を熟知しているのが彼らだった、というのがその会議の発端となる理由になった。彼は続けて、


「帝国軍の軍事関係者の死亡人数は六千三百七十七。負傷者、及び遺族金を受け取る人数となればさらに一万四千を超えると見積もられています」


 その数字が、戦闘の規模に対して多いのか少ないのか私には分からなかった。一般生活の観点から見れば、夥しい屍が生まれてしまったこと。これから築かれる筈だった多くの幸福が叶わぬ幻想へ昇華されたこと。それくらいのことは、私にだって痛いほど分かる。けれど、多くの荷物を背負いすぎていた私にとって重要なのは、それが国にとってどれほどの被害か、ただその一点にあった。ホフマン大佐は答える。


「こんなことを申し上げるのも何ですが、最上の結果でしょう。機械仕掛けの騎士団は大いに仕事を果たしてくれました。彼らによる敵将兵の捕縛が失敗に終わっていればより長期的かつ甚大な被害を受けていてもおかしくはなかった」


 出席者の幾人かが眉をひそめた。良くも悪くも、ホフマンという男性はオブラートに包む、という慣習を持ち合わせない人だった。人的被害に関する物言いへの無言の非難を、しかしホフマンは無視して続ける。


「しかし、個々人の感情に目をつぶれば帝国にとって潮時なのは明確です。痛み分けとして、人的、物質的被害を人類統一連合側からの賠償金で賄いたい、というのが正直なところですが」

「そもそも賠償責任を問うにしても、通貨換算はどうするのです。恥ずかしながら私は人類統一連合側の通貨名すら認知していないのですが」と思わず口を挟んでしまった私に、

「まさしくそれですよ、皇女殿下。我が国では権威の象徴としての意味合いも兼ね、通貨が現物として未だ細々とは流通し続けています。しかし、人類統一連合諸国の加入国は基本、電子通貨に完全に移行している。サイバーセキュリティ上の安全を確保できるほどかの国家は発達しているのか、はたまた利便性のためにある程度のリスクを蔑ろにしているのかは分かりませんがね。また、物質的な補填をどのように請求でするか正直手探りです。メスを入れるべき課題は多く、迅速さが求められる。だが、確実性を求めるとどうしても相手に関する情報不足が目に余る」


 一息で淡々と語るホフマン大佐の声音にどこか嘆息が混じっているようだった。帝国は人類統一連合政府とは戦争以外の外交らしい外交を行ってこなかった。つまり、金品の受け渡しの経験も無く、帝国ディナール換算の被害額を仮に請求するにしてもどうレート設定すべきなのかしら。彼の言うとおり、ここで逐一過大の全てを列記する気が起きない程度には問題は山積みだった。


「それに関しては、私からよろしいかな」


 ふと室内に、トーンこそ低いが、その分空間によく響き通る声が発せられた。発言者は本来捕虜の身分のはずだが、長年会議に居座る主のような雰囲気を周囲に発散させていた。あからさまに他の出席者らが不快感をあらわにし、視線を私に寄越した。こちらに微妙な立場の人間が発言することの是非を問うた視線だ。普段のトーンに努めて私は言う。


「ゴット・ヘイグ大将。発言を許可します」

「皇女殿下直々に、発言の権限を認めて頂き、身に余る光栄です。さて、早速本題に入ろうかな。直接的に賠償請求したところで換算に苦労するのは、貴国が思慮するのに相違ない。故に、間接的な方法をとることを提案する」

「貴女の発言はどこか抽象的に過ぎるきらいがありますね。具体的にどうするのです。第三者に仲介役を委託でもするのでしょうか」

「ご明察です」


 え、と声が漏れるのを防ぐべく、私は全神経を限界まで引き絞られたはち切れそうな弦のように総動員した。口にはしてみたけれど、第三者、という考えは帝国から最も遠い発想だった。名称からして多数の国家の集合体である人類統一連合諸国と違って、フォーアライターの昨今には、鎖国体制でも敷いていたかのように外交相手をはじめとした他者と言うべき国家が存在しなかったのだから。


「仲介役、と言っても当事者は二国しか存在しませんが」と尋ねる私に、ゴット・ヘイグ。

「確かにそうだ。だが、貴国と違って我が国は一枚岩ではない。国内では、一部の国は大声では言えないなりにも他の国家を経済的に出し抜くべく新たな取引相手を常日頃渇望している」

「つまり、人類統一連合国内に新たな交渉相手を設定し、それを今後の媒介とする、と」

「若さに能わず物わかりのいい御方だ。貴女のような方が矢面に立って頂くなら、専制君主国家も清水のように住むに快いでしょうな」

 わかりやすいお世辞を言う人間だな、このひとは。しかし、この強かな男が利益を注意周する一点に限れば帝国にとっては利用価値があるように思う。だから、尋ねた。その相手は、誰だ、と。たっぷりと、まるで絶頂の内に演奏のフィナーレを惜しむ指揮者のように時間を引き延ばして、やがて男は答えた。

「コモリオムという一惑星に拠点を置くある商会。人類統一連合諸国においても独特な立ち位置を保持した商売人達さ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る