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 それが夢だ、と気づいたのは自分の視界が随分と低くなっていたから。所謂、明晰夢。もう何度も経験していたものだから、驚きはしなかった。


 一般家庭より少し恵まれた内装の家は、何時だって暖かさを感じるよりノスタルジーな気分にさせてくれる。そこはもう数えるのを諦めるほどには足を踏み入れた場所だった。現実でも、そしてこの幻想世界でも。


 限りなく幼き日の記憶が鮮明なのか。それとも、この空間を構成する私の脳が限界以上の性能を発揮しているのか。どちらにしろ、神経質なまでにディティールが作り込まれた世界だった。まるで現実世界のふとした侵入を、幻想の雰囲気を害することを極度に恐れているようにさえ思えた。視覚が一点を注視すれば例え埃一つだってその世界は構築する。聴覚の存在に思い当たれば外界の他者の家庭の置ける生活音が。風とともに空気の流れが。そうしてけちを付けようとすればするほど幻想世界は現実世界へと近づいていくのだ。


 どれくらい立ちっぱなしだったのだろう。思い立った私は椅子を動かして上った。縮んだ身体には重労働ではあるけれど一種の義務感からそれを果たした。そうしないと、台所に立っているはずの母さんの姿を棚越しに見ることができないのを思い出したから。案の定、そこには母さんがいた。もうこの世にいないはずの胸を抉るような過去の名残。


 いつの間にか私の目線は高くなっていた。普段の私と、十九歳のそれと同じ見え方で、広かった部屋が一気に圧縮されたようでもある。


 その風景は、何時までも子供が抱く細やかな秘密を入れた宝箱のようなものだった。


 血の繋がっていない母さんがいる、この幻想世界が。


「お目覚めですか、フリーデ様」

 視界に入った自分より二つ年下の侍女の姿を、一瞬過去の自分と錯覚した。彼女、フランチェスカはグラスに水を注ぎながら私に尋ねる。

「良い夢を見られましたか」

「なぜ、そう思うの」

「大変穏やかな表情でしたので」


 夢の中より一トーンほど低い声の私に彼女は微笑した。


 フランチェスカの、町を歩く一般過程の少女と比べるとやや堅い深い海の底のような影を落とした笑み。しかしそれは同時に厭味といった不純物を一切含有させない表情。それが私にとっては一種心地よいとさえ思える。


 私が彼女を複数いた候補の中から侍女に選んだのは、周囲にいても神経を刺激しないからだった。同性らしい親しさを求めるわけでもなく、嫌悪すら私たちの間にはなかった。今ではその関係を言葉で説明するにはシンプルにすぎて逆に困難だった。言葉という一種の思考過程が介入するにはいささか絶妙な間柄。幻想世界ほどではないにしろ、彼女の前では幾分か態度が軟化するのを自覚していた。私は先ほどまでの幻想の欠片を朧気に思い出しつつ私は答える。


「そう、ね。よい夢だった。子供の頃の夢」

「左様で。では、ささやかな休息にくらいはなりましたか」

 私は苦笑した。

「ふと幸せな、それこそ幼少期の頃を思い出すとね」

「はい?」

「反動かしら。無性に辛くなる。貴女は、どう」

「わかります」


 私が冷水を一気に飲み干すと、彼女は新たに暖かい紅茶を振る舞ってくれた。カップから発される匂いと夢の中のそれは非常に似ている。そんな小さな発見をした。


 既に戦略会議も終えていた。だから、こうしてつかの間の惰眠をむさぼることが出来た。明日にはこの執務室からも多くの星を見ることができるだろう。そして、それに連なる戦場へ向かう船達の光を。今回のような大艦隊の出航を目にするのは初めてで、実のところ少しだけその光景を楽しみにしていた。そんな自分の感性の在処が、星々に祈りを捧げる純粋な少女のそれなのか、反道徳的な何かにかどわされたものなのか、自分では判断しかねる。


 もはや、自分に出来ることはないのだ。そう思って安心する自分に気付いて、漠然とした息苦しさが意識された。

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