第13話 この輪を拡げる

 翌日、龍太は社員に呼び掛けた。

「再来週の日曜日、18日にゴミ拾い活動に行こうと思うんだが、他に参加したいと思う奴はいないか?」

また聞きなれない言葉に社員は頭を掻きむしる。

征雄が言う。「強制ですか?」

「いや、任意だ。但し、参加してくれた者には好きな時に振り替え休日を取ってもらう。」

「貴重な休みにゴミ拾いかーっ。余り気が進みませんね。どのくらいの時間なんですか?」と他の社員が言う。

「朝の9時からとしか書いていない。でも精々、3時間って所らしい。毎年昼頃には終わっているそうだ。」

「その後は?」

「もちろん、日曜日なのでその後は休みだ。」

結局、目の前にぶら下げられた条件に皆飛びついた。

しばらく経つと龍太の突拍子もない考えに社員たちも免疫が付いたというか、感染したというか、順応していった。

考えが言葉に、言葉が行動に、行動が習慣に。

龍太が蒔いた種は、早くも芽を出し始めた。

社員たちは、以前よりも明るく会話し、時には指摘し合い業務改善を積み重ねる。効率が上がることに皆満足し、充実した日々を過ごし始める。家族も少し困惑している様子だったが、何かに洗脳されたみたいに率先して家事をこなす様になった。食器洗い、掃除機掛け、洗濯、風呂掃除、おまけにトイレ掃除まで行い、お陰でどの家庭も以前より会話と笑顔が増えたと言う。

「右次、悪い。今オイル垂らしちゃったんだ。拭いてもらえないか?そこの床なんだ。今、手が離せないから。」

「あっ、ここっすねー。」

「サンキュー、右次。」

「後々、面倒ですからね。」と右次は握っていた拳から親指を上に立てた。

 数週間後、社員たちは海開き前の砂浜に集まっていた。

石狩浜で市民団体主催のゴミ拾い活動では、沢山のボランティアの人たちで賑わっていた。

 人だかりに彼女の姿が見える。東祐希を中心に談笑や握手を求める人でいっぱいだ。龍太は、「今回も質問は出来そうもないな。」と思う反面、当初より質問する気も失せていた。なぜ、彼女は環境保全活動に熱心で、これ程までに人気が有るのか龍太は何となく理解し始めた。「環境活動を熱心に打ち込めるのは、かつての俺がクルマいじりに没頭していた時と同じ様に、それが彼女にとって生きる意味で有ることを理解したからに他ならない。彼女の屈折することなく平等に照らし出す光質は、慈悲を乞う信者への道しるべ、すなわち『羅針盤』となって一点の方角を指し示す。聖職者は、強力で迷いない光質を放ち、信者の心を掴んで離さないからだ。」と龍太は本能的に感じ取っていた。だが、あれだけの質量、根源はどこから湧いてくるのだろうと率直に思いながら、龍太はゴミを拾い上げた。

 社員たちがゴミを拾っていると、主催関係者らしき人がゴミを拾いながらこちらに向かって来て声を掛けた。

「こんにちは。ご苦労様です。」

「こんにちは。」

「みなさんは、初めてのご参加ですか?」

「えー。そうです。」と征雄が代弁する。

「失礼ですが、今回なぜ参加を希望されたんですか?初めてお会いする方に聞いているんですが、宜しければお聞かせ下さい。」

「えーとー、、、。そのー、、、。」まさか、半ば社長命令とは言えず言葉に詰まっていた所、聞きつけた龍太がやって来た。

「会社としてもっと地域の自然環境に関心を持ち、景観維持に積極的に取り組むべきだという考えに到ったからです。」

「なるほど、素晴らしいお考えですね。あっ、申し遅れました。」といって、ポケットから名刺を差し出した。

「運営側でお手伝いさせて頂いております。権田と申します。普段は、夫婦で学校の教師をしています。では、こちらの皆さんは会社の社員の方たちなのですね。うん、うん、今私は正直、驚いています。中小企業で参加されている企業は今まで一社もいません。本当にすごい事ですよ。」

「そうですか。それは、大変光栄です。私は車体リサイクルの光野と申します。」と言いながら龍太も名刺を差し出した。

「車体リサイクル?」と名刺を眺めながら権田が言う。

「えー、自動車の解体事業をしております。」

「そーですか、通りで綺麗に分別されているな。と思っていたんです。回収業者さんの方で後々、大変ですからね。あっそうだ。ちなみにこの浜辺のゴミは、どうやって発生するのか光野さん、ご存知ですか?」

 少し考えながら龍太は言った。

「んーそうですね。マナーの悪いキャンパーとか若者が夜中に花火をしに来てそのままとか、定置網の一部が高波に乗って漁業関係の道具が打ち上げられるんじゃないですかね?」

「そうです。正解なんですがそれらは、このゴミのほんの一部なんです。大部分は、内陸からやって来ます。つまり、川から運ばれてくるのです。この浜の近くには石狩川の河口があり、幾つもの支流があります。千歳川、夕張川、豊平川、空知川、雨竜川など、無数の生活圏を流れる川からゴミは流れ着くのです。私が何を言いたいかと申しますと、見渡す限りのゴミ量は内陸部でのマナーやエチケット、生活環境の良し悪しで決まってくるのです。例えば、道路脇にポイ捨てされたゴミは、カラスなどの小動物によって荒らされ、風によって川までたどり着く、その後海へと流れ、この浜辺に打ち寄せられる。実を言うと、漂着するゴミは全体の極一部なのかもしれません。統計や実証実験のデータから見ても、ゴミの大部分は川底や海底に沈んでいるのが現状なのです。」

「なるほど、そうだったんですね。勉強になります。」と感心しながら龍太は言った。

「私はこの浜辺でゴミ拾い活動に初めて参加した時に思いました。『いったい、このゴミたちはどこからやってくるのだろう?』と直感的に。」

「確かにそうですよね。余りにもゴミの量が多過ぎますよね。」

潮風が頬に当たる感触は心地良かったが、二人の話を聞いていた社員たちは思い当たる節があるようで、何故かよそよそしかった。

「随分と詳しいんですね。」

「半分、趣味。もう半分は使命で活動を行っています。」

「使命?」

「えー。使命です。先に生まれた者として、後世にこの美しい地球を次の世代へ受け渡す義務があると私は感じています。東さんの請負ですが、、、。」

「受け渡す義務?東さんって、あの環境保全団体の方ですか?」

「えー。そうです。そうです。ご存じなんですね。有名な方ですからね。」と権田は言い、一呼吸おいてから続けた。

「それにゴミだらけの砂浜がキレイになると爽快な気分になります。完全な自己満足ですが、、、。元々、ゴミの無い砂浜が本来のあるべき姿ですからね。『発露なるままに』と言ったところでしょう。」と権田は息巻いた。

 二時間後、見渡す限りゴミで閑散としていた砂浜が周りの景色と違和感なくピースの様に嵌って来た。

 その後も二人は、ゴミを拾いながら環境について話し込んだ。

「実は、私も東さんの講演を聞いてからなんですよ。環境保全に取り組み始めたのは。正直の所、それまでは環境保全なんて考えもしなかったんです。今となっては、お恥ずかしい事ですが、、、。当時は仕事がうまく回っていれば、それだけで良かったんです。そんな自分を真っ向から否定されたみたいで、数か月仕事が手に付きませんでした。自分も社員達も疲弊仕切っていると仕事もうまく回らなくなった時、ふと思ったんです。じゃー仕事環境を変えてみようと。それから、持ち場の整理整頓、清掃、残業時間の短縮などを繰り返すと、社員達からも活発に意見が出るようになって、お陰で仕事も随分とうまく回る様になりました。ある社員は、『家族と過ごす時間が増えて、仕事にやりがいを感じるようになった』と言っていたのを今でも、はっきりと覚えています。見て下さい。社員の顔を。みんな生き生きとしている。半ば強引に連れて来たんですが、連れて来て良かったと思っています。」と龍太は過去を思い出しながら言った。

「実を言うと、私も受け持っている児童とそのご家族も何組か参加頂いているんです。」

「そうですか。どんどん、この輪が拡がれば良いですね。」

「えー。拡げていかなければなりません。」

二人は互いの意思を確かめ合いながら、環境の事、仕事の事、家族の事について話し込んだ。

 すると、後ろから二人を呼び止め、一人がやって来た。

「空き缶、そちらに入れてもらえませんか?袋がいっぱいになってしまって。」と一人が声を掛けて来た。振り向くと、彼女だった。

「あっ、お久しぶりです。権田です。」

「あら、お久しぶりです。権田さん。お元気でしたか?」

「えー。この通り。」

「何よりです。奥様は?」

「妻は、向こう側で息子と一緒にいると思いますよ。あっ、そうだ。こちらの方を紹介します。」と権田は言って、龍太を紹介した。

「初めまして、車体リサイクルの光野と申します。」とおぼつかない仕草と表情で彼女に挨拶をし、龍太は名刺を手渡した。

「私、名刺を車に置いて来てしまって、すみません。後ほど改めて伺います。財団法人 環境保全ネットワークスの東と申します。」といって彼女は深々と礼をした。

「実は、お会いするのは三度目ですが、こうやってお話させて頂くのは初めてなんです。」

「三度目なんですか?」と彼女は思い返す様に首を傾げた。

「昨年、十二月の講演会と先月行われたウチダザリガニ防除の時に遠くからですが、、、お会いしているんです。」

「あっ、ひょっとして、、、。」と思い出したように彼女は続けた。

「ウチダザリガニ防除の時、フェアレディーZで来られていた方ですか?」

「えーそうです。車に詳しいんですね。」

「私も旧車とまでは行きませんが、ボルボの240に乗っています。丁度、その時向かう途中で故障してしまって、今もその子はガレージで眠っています。中々、修理に出す時間が無くって、、、。それにたまにしか乗らないので。」と彼女は恥じろいだ。

「車を診ましょうか?こう見えて、整備士資格、持っているんです。」

「凄いですね。では、ご自分の車も修理されるんですか?」

「えー、板金以外なら、ほとんど自分でメンテナンスしています。」

「しかし折角のご厚意ですが、光野さんもお忙しいかと思いますので、お願いするにしても日を改めてご連絡致します。申し訳ありません。」と東は、考えながら迷ったように下唇をはに噛んだ。

「いえいえ、私は何時でも暇を持て余していますので、ご都合がつき次第、ご連絡下さい。」

「ありがとうございます。それでは、後ほど。」と彼女は再び一礼し、目線を残したまま龍太の前を後にした。

 龍太は、面と向かうと聞こうと思っていた事がすべて吹き飛んだ。思いが言葉にならなかった。彼女を前にすると思考回路がうまく回らない。それもそのはずで、寝ても覚めても彼女の事、環境の事を四六時中、半年も前から頭の中から離れなかった。順を追って話すことを考えては来たものの、脳内はとっさのことで混乱し狼狽えた。

 龍太は、肋骨と横隔膜を大きく広げ、潮風を体に引き入れた。強張った筋肉に多めの酸素を送り込み、瞳を閉じた途端、力が抜けていくのを感じた。点と点。龍太と東。環境と自動車解体。物事の成り立ちとそこで起こる意味を受け入れる。それらが次第に結び付き線に成る。その線たちでさえ互いに受け入れ、やがては結び付き再び一つの点となる。人類だけが地球を睥睨してはならない。蒼い生命体、地球。地球こそが原点であり、心から太陽と大地に感謝し、その想いを砂交じりの潮風に戻した。

 ふと気づくと龍太の周りには、誰もいなかった。見渡す限りゴミの山だらけだった浜辺も本来あるべき姿になっていた。龍太は何キロ歩いただろうと思う。拡声器で終了の連絡が入り、来た道を戻りだす。晴天の青空には、かもめと共にドローンがホバリングしている。龍太は、なぜか誇らしく魅え、力強い足取りを観せ、何処からともなくあの優しさと温もりの様な、懐かしい香りが漂って来た。

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