第232話 フローレンスのお礼
晴天の午後。
冬らしい、カラリとした風が穏やかに吹いている。
「おお、お戻りか。ご無事で何よりでしたな」
地下遺跡から戻ったラモとローザが王宮の入口にやってくると、身支度したヘルデンがそこに居合わせていた。
これから南部地区の開拓に、部隊を率いて向かおうとしているところであった。
「ヘルデンさん。変わったダンジョンでしたけど、こんなに稼げました」
駆け寄ったラモが、拾ったアイテムと袋詰めになった金貨をまとめて差し出した。
なお、金貨とは大量に現れたあの風船の魔物が落としたものである。
「おお、さすがラモ殿。毎日のように大金を稼いで……ぬ?」
感謝の意を示し、中身を覗いたヘルデンの顔が驚愕に染まる。
「――こ、古代金貨ではないですか!」
「すいません、それしかドロップしなくて」
「い、いや、この上なくありがたい話です! し、しかし、これ全部が……!」
ヘルデンがずっしりとした金貨袋を受け取ると、袋をひとつひとつ、中身をあらためて再び唸った。
「参りましたな……この袋ひとつもあれば、未払いだった3年分の部隊全員の特別賞与が払える……」
レイシーヴァ王国では財政赤字が続いていたせいで、本来王国兵士に年2回与える特別賞与をここ3年間、支給できずにいた。
それでも兵士たちは誰一人として辞めず、献身的に国に尽くしていた。
「こんなものも拾いましたので、魔法研究をしている人に見せてみてください」
そう言ってラモはヘルデンに小指ほどの小瓶を渡す。
「……ほう、この水、振ると光りますな」
ヘルデンが顔の前に小瓶をかざし、神妙な顔つきで覗き込みながら呟く。
「まだいっぱいあるので」
「……承知しました。ひとまずこれを預かりましょう」
ヘルデンはそれを無造作に懐にしまった。
まだこの液体の恐ろしいまでの価値を、ヘルデンは知らない。
「ささ、ともかく中へ。今、姫がいらっしゃるはずですので直接お話し頂きたい」
ヘルデンが部隊を待機させたまま、王宮内へと戻り、二人を導く。
「僕一人では入れなかったダンジョンです。この金貨はローザさんのおかげと言っていい」
「そうでしたか。それではローザ殿、心より感謝いたす」
ヘルデンはローザに向かって深く頭を下げる。
表向きだけの礼ではない。
フローレンスの言葉通り、ヘルデンはすでにこの少女をラモ同様、手厚くもてなすことに決めていた。
ラモを救うために、おぞましい指輪までつけてみせたその心意気に打たれていたのである。
「国法では、古代王国期のダンジョンの取得物に関しては2割を国に納めることになっております。それゆえこの金貨袋ひとつは頂戴いたすが、残りはお二人で……」
「あたし、いらないから全部国のために使ってください」
「僕も国の助けになりたくてやってますから」
ラモとローザが、返されそうになった金貨袋をヘルデンの方にそっと押し返す。
「い、いや、お待ちを!」
ヘルデンが血相を変える。
「……さすがにそれはいけませぬ。額が額です。これだけあれば10年、いや20年は遊んで暮らせますぞ」
古代金貨はその時々の相場にもよるが、金の純度が高く、普通の金貨の10倍もの値がつくこともある。
「すでに『マンティコアの尾節』や古代王国の装備品の数々も頂戴しております。国はもう十分に潤いましょう」
しかしラモもローザも、うんとは言わなかった。
「兵隊さんに賞与というのをあげてください」
「あたしも自分で使うよりそっちがいいわ」
二人はそう言って笑い合う。
「お二人とも本当に欲がありませんな……」
ヘルデンが信じられぬといった顔になる。
「それではありがたく頂戴する。感謝申し上げる!」
ヘルデンは、二人に最高位の騎士の礼をした。
そんな三人のやりとりを、離れた柱の陰からじっと目を凝らして眺めている者。
腰は曲がり、目は白濁した、しわがれた顔の老婆。
「……あの女狐め、帰ってきよったか」
不満げに顔を歪ませたのは、宮廷占星術師トチャである。
「ふん……」
トチャは水晶をかざし、ラモに寄り添う銀髪の少女を透かすようにしながら見る。
そして。
「……ぬおっ!?」
トチャが仰け反るようにして、水晶から顔を離す。
見えたそれが本当かどうか、もう一度水晶を覗き込んだ。
「……あひゃ……ヒャヒャヒャ!」
唐突にトチャが大口を開けて笑い出した。
「たまらぬわ……! このトチャの思った通りじゃ!」
トチャは笑いすぎて垂れた口元のよだれを袖で拭う。
そう、水晶で透かされた少女には、喜悦にまみれた紫の蛙妖がまとわりついていたのである。
それはまぎれもない。
指輪が進行し、第二段階に入っている証。
いや、妖が姿を現している以上、すでに第三段階に近いところまで来ている証拠であった。
「たまらん、こりゃ本当にワシの思い通りじゃぞ!」
トチャのひとり笑いは、しばらく収まることがなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
「次は探索よりご帰還のラモ殿とローザでございます!」
「入れよ」
「はっ」
王女フローレンスの凛とした声に従い、二人の兵士が観音開きの扉をゆっくりと開く。
銅鑼が鳴らされ、男女二人が玉座の前に通される。
二人は定められた通りに紅色の絨毯の上を歩いて玉座に近づくと、20歩ほどの距離のところで畏まり、跪いた。
「無事と聞いて安心したぞ、ラモ。元より心配はしていないが、なにせ大事な大会の前であるゆえ」
玉座で白い脚を組んだフローレンスが、笑みを浮かべた。
彼女のアッシュグレーの髪は、右耳の下から三編みに編まれて胸の前に流れている。
「ご心配をかけました」
ラモが土下座し、額を絨毯にこすりつける。
そのまま30秒以上が過ぎても同じ姿勢なので、いたたまれなくなってルイーダが駆け寄り、ラモの顔を上げさせた。
「ラモ、そしてローザ。今回の探索について、わらわからも礼を言わせてもらうぞ」
フローレンスは玉座から立ち上がり、前にスリットの入った膝上までのタイトスカートを両手で直すと、目を閉じたその顔に笑みを浮かべて、二人に謝意を伝えた。
「数えさせてもらったが、先ほど預かった古代金貨は、のべで金貨4万枚ほどの値打ちがあるとのこと」
フローレンスの言葉に、周囲に居た者たちがおおお、と声を上げた。
「それに渡された小箱にも値打ちがある。あれだけでも金貨100枚は下らぬだろうとのこと。だが触れた感じ、わらわは気に入った。ラモの手土産としてわらわがもらうがよいか」
「もちろんです」
ラモが謎の土下座をしながら言った。
小箱とは神殿の池に沈んでいたもので、ローザが飛び込んで回収したもののことである。
当時の匠が長い年月をかけて作り出した品で、正確には金貨で5千枚ほどの価値がある。
神殿の最後の間でローザが正気に戻ったのち、そういえばと気づいて開けると、中には
美しい装飾が施されながらも、派手すぎず、存在を主張しない品。
ローザは、その奥ゆかしさにすぐに惹かれて、手にとった。
すると、持ち主を求めていたかのように腕輪は自ら溶け込むようにローザの腕に収まり、今もそこで淑やかに輝いている。
なお、この小箱は魔法水を貯めると輝き続けるという不思議な効果があるが、フローレンスがそれを知るのはまだ当面先のことである。
「これだけ稼いでおきながら、二人は褒美を受け取らず、すべて王国のために使ってくれとのことである。それゆえ、この金貨は今まで王国に使えてくれた皆に渡せずにいた三年分の特別褒賞と変わる予定である」
「――おおお!?」
王の間であると知りながら、この場に居合わせた者たちが歓声を抑えられなかった。
兵士、侍女、そしてローザに強い反感を持っていた元老院議員たちですら、である。
トチャは元老院議員出身の官僚であるため、そこにトチャを支持する大きな派閥があり、彼らは一様にローザに好ましくない感情を抱いていた。
「皆の者、我が国に尽くしてくれたこの二人に盛大な拍手を!」
そう言ってフローレンスがパチパチと始めると、周りからは惜しみない拍手が送られた。
「ラモよ」
しばらくしてその拍手が鳴り止む頃、フローレンスが右手を前に伸ばしながら言った。
「手土産までもらった礼だ。わらわと握手をせよ」
あ、はい、と、ラモは何も疑わずに近づいた。
そして右手を伸ばして、差し出されたフローレンスの手を握る。
「ふふ、これが英雄ラモの手か」
その手を掴んだフローレンスはすっと一歩、ラモに近づく。
「……え?」
フローレンスはそのまま寄りかかるようにして、そのほっそりとしたその身体を預けた。
「大丈夫ですか」
ふらついたと思ったのか、ラモはフローレンスを支えるように抱き抱える。
それを予想してか、フローレンスは自然な動作でラモの右頬に手を添えた。
そして顔をまわし、反対の頬にキスをする。
「あ」
ラモが口づけを受けた頬を押さえて目を白黒させた。
「………」
ローザが唇を噛んで、俯く。
「わらわからの、せめてもの褒美だ」
フローレンスがアハハ、と笑うと、周りに居た兵士や元老院の議員たちも、どっと吹き出すように笑い、再び盛大な拍手を重ねた。
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