第152話 熱狂の職員室
「そこで壮絶な戦いを経て、俺は生き残ったんだよ」
同時に伍長ゲ=リは驚異的な成長を遂げていたんだ、と自分で言いながら、清々しい表情で空を見上げる。
なお、空は体育館の天井で遮られていて、見えない。
「成……長……?」
「そう、帰ってきてみたらどうだい、俺は四年生の誰よりも強くなっていた」
ゲ=リは留年して、四年生という名の下級生に合流したことをあえて隠した。
幸い、あまりの衝撃的な内容にスシャーナはそこに気づかなかった。
「う、うそ……」
「嘘じゃない。ゴクドゥー先生が俺の実力を買って第三学園の主将に任命したんだ」
『超ゲ=リ』の誕生さ、とゲ=リは自らを称える。
「………」
待って、その表現。
「だが困ったことに、俺とペアを組んでくれる人がいないんだ。俺とペアを組む人には母さんの『お母さん試験』が必要って言ったら、みんな逃げていくんだよ。どうしてだと思う?」
「………」
いや、まさにそれだと断言できる。
「スシャーナ、よかったら俺と組もう。そして夏休みに母さんの修行を一緒に受けないか?」
「お、お母様の……?」
「そう。知っているかもしれないけど、母さんは大地の女神に祝福された聖女なんだ。母さんの力があれば、塔の高層へも入ることができる。そこで母さんに特別にレベリングをしてもらうんだよ」
「レベリング?」
「そう」
そこでゲ=リはスシャーナに『レベリング』の意味を伝える。
「俺はここからもう一段階、いや二段階くらい強くなる。そんな俺のパートナーとして、一緒に行かないかい」
「………」
スシャーナの胸が否応なしに高鳴った。
その目に、光が宿る。
「あたし……強く……なれるの……?」
「そりゃもう。いやってほどにね」
ゲ=リが笑って頷いた。
「………」
今のスシャーナに迷いなどなかった。
「行く」
スシャーナの顔に、決意がみなぎった。
「おお、じゃあペアを組んでくれるんだね!」
「明日から行く」
「は?」
「今日、これからお母様に会いに行く。明日からその『レベリング』に連れて行って」
「えっ!? いや、それは……」
予想以上に闘志を燃やし始めたスシャーナに、超ゲ=リがたじろいだ。
「……ま、まぁ俺は授業がないからいいけど、スシャーナはいいの」
「授業なんてどうでもいいわ」
もう委員会なんかも、どうでもいい。
大事なことをひとつだけ、考える。
(サクヤン)
スシャーナは立ち上がる。
茶色にくすんだ髪を掻き上げ、体育館の天井を睨んだ。
(チャンスだわ)
出遅れた、そしてパートナーを逃した自分に訪れた、最後のチャンス。
「先輩、早くお母様のところへ連れて行って」
「――わ、わかった。じゃあすぐ行こう。まずはお母さん試験の始まり始まりだ」
◇◇◇
「あ、でもサクヤくん、参加しないみたいですよ」
「……は?」
ここは第三国防学園の一階にある職員室。
教師たちは週に一回の定例会議を終え、身支度を整えて帰宅の途につくところであった。
そんな折、ふとした拍子で今年の連合学園祭の話になり、ピンク色の髪をしたミニスカートの女教師マイ・ティング=ア・マチコの発した言葉で、皆が驚愕したのである。
「いえ、正確には『魔物討伐戦』の方に参加するって」
マチコが言葉を付け加える。
「何を言ってるんですか先生。フユナが居なくなった今、あいつにキャリーしてもらわなねばならんのに」
そう言ったのは、左目に眼帯をした、隻眼の教師ゴクドゥーであった。
彼は昨年同様、今年も連合学園祭の総監督を務めることになっている。
「私からもそう言いました。でも」
マチコ先生は言葉を区切って、続けた。
「学園の中で、参加を楽しみにしている生徒がたくさんいることを、サクヤくんは知っています」
「それは疑いがないね。去年が大盛上がりだったから」
小柄なエルフの教師リベルが、自分の机の上を片付けながら、伏し目で頷く。
昨年の連合学園祭は、二十年以上行われてきた中でも、まれに見るものであった。
堅物で知られるこのリベルですら、飛んで跳ねての大騒ぎだったのである。
熱狂したのは教師たちだけではない。
いや、むしろ生徒たちの方が第三学園の活躍に心を震わせたに違いなかった。
それゆえ今年は自分も参加して勝利に貢献したいと願う生徒が激増し、早々から鍛練を重ねる様子が多く見られていた。
「自分は去年参加させてもらったし、フユナ先輩と組んで一番エンジョイさせてもらったから、今年は他の人に参加させてあげてくださいと」
「そういう問題じゃないですよ、マチコ先生」
ゴクドゥーが早々に異を唱える。
「あいつは今までの生徒とは格が違う。どんな奴と戦わせても、まるで臆することの知らぬ胆力があった」
その言葉に、教師たちが一斉に相槌を打った。
「確かに、ああいうのはなかなかいないね」
「そう。一年なのに、立派だった」
古代語を担当する中年の女教師ヒドゥーが、すでに冷めた茶を口にしながら追随する。
昨年の連合学園祭において、サクヤは巨大な斧を振り下ろされようと、魔法で攻撃されようと、ひたすらペースを崩さずに戦い続けていた。
「それに、あいつはダウンしない」
「そうだ」
教師たちが声を揃えて頷いた。
「覚えているぞ! 【| 盾の衝撃(シールドスタン)】を受けても倒れなかった」
あの時の興奮を思い出し、ひとりの教師が立ち上がって言うと、ゴクドゥーが頷く。
「そうだ、あいつは〈
さらに別の教師が立ち上がって拳を天井へ突き上げる。
「おうよ!」
ゴクドゥーはそのままその教師と片手ハイタッチする。
「おおぉ!」
「最高だったな、あれは!」
ゴクドゥーがそのまま教師たちと意味不明のハイタッチを繰り返した。
随所で歓声が上がり始め、熱狂的になった職員室。
そう、あの時のサクヤの力強い姿が、実は教師たちにも感動をもたらしていたのである。
「学年末試験ではサクヤは魔物にも臆せずに試験をこなした。ああ見えてやはり相当な器だと確信している!」
ゴクドゥーがダメ押しすると、同意するように拍手が沸いた。
その拍手は、しばらく鳴り止まなかった。
「勝利するためには、サクヤくん抜きには考えられませんね」
「今年も大将でしょう」
「でも……たぶんサクヤくんは説得できないと思いますよ」
ただひとりの反対者となってしまったマチコが、場の雰囲気に水をさすのが辛そうにしながら言った。
「私からも相当言いましたけど、だめでしたから」
「………」
とたんにしゅん、となる職員室。
「……どうにもなりませんか」
渋面になったゴクドゥーの言葉に、マチコは頷いた。
「当日、もしかして気が変わってくれたらとは思いますが」
「じゃあ例えば、代わりにあの二年の転校生は?」
神官帽を被る回復学の女教師テレサが言葉を割り込ませた。
「ああ、銀髪の子かね」
「知ってますよ、あの可憐な子でしょう」
「編入試験はなかなか優秀だったと聞いているね」
最高齢の教師ミザルも、丸眼鏡を直しながら頷いた。
しかし今度はゴクドゥーが首を横に振った。
「アリアドネはサクヤとペアのはずだ。サクヤが出なければ、あいつも出ない」
一瞬の沈黙。
「なんと」
「それは弱りましたなぁ……」
教師たちが一斉に項垂れた。
「はぁ……今年もうまい酒が呑めると思ってたのに」
「フユナもいないしな」
「いや先生、いないだけじゃなくて、敵に回っているんですよ」
ゴクドゥーが言うと、項垂れた教師たちの頭が更に下がった。
今年は無理かな、と教師陣が呟き、随所からため息が漏れ始めるのであった。
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