第147話 スシャーナの驚き

 

 授業内容は一年生の頃と違い、概してぐっと幅広くなり、詰め込まれている感が増している。

 

 一年生の頃はたいてい午前が実技だったら、午後が座学、というように一日の半分は座学が占めていた。


 が、二年生は実技丸一日という日が週に2日もある。

 パーティで出かけて、スキルポイントを集める授業なんかもある。


 座学の授業自体も基礎を経た実践編になって、ある意味面白い。


 去年は宿泊研修でしか行わなかった『野営学』、それに『洞窟学』、『実践狩猟学』などが固定科目で入ってきて、魔法分野では下位古代語1・2の授業がぐんと減り、『魔法抵抗学』、『結界・魔法陣学』が加わった。


 なお、上位古代語の授業は第三学園では存在せず、第一学園のプラチナ・ゴールドクラスのみ開講されると聞いている。


 古代語魔術師を目指すスシャーナとしては無念だったが、これに関しては父がエルポーリア魔法帝国の魔法学院に出向いて家庭教師を雇ってくれると言っていたので、我慢することにした。


 さらに二年生の後半からは、選択科目によって大幅に授業内容が変わってくる。

 まあ、進路が違う生徒が寄せ集めされているわけだから、当然のこと。


 そんな多岐にわたる科目のある二年生でも、一番人気の授業は『近接総合実技』。

 これはもはや泥人形相手ではなく、野山にでかけたり、地下ダンジョンに潜ったりして、本物の武器で実際に魔物と戦うものになっている。

 

 スシャーナとしても、魔法をぶつけて魔物を倒すということはやはり爽快感があって、悪くない授業だった。


 一方、一番不人気な授業は『魔物発生学』を教えてくれていたミザル先生による『B級魔物解剖学』。

 低ランクの魔物の解剖を学ぶのだけれど、まあこれがもう、グロテスク。


 その日に倒してきた新鮮な魔物の亡骸に、生徒は触れなければならない。


『死』に慣れるという重要な目的もあると聞いても、吐き気を抑えるのになかなか大変。

 始まって2ヶ月が経っても、スシャーナはまだニオイだけでやられてしまうのだった。


「よいか、では午後の『実践狩猟学』で実際に結界を展開するので、各自触れてみるように。今日はここまで」


 そう言って、先生が教室から出ていく。


「あー終わったぁー」


 扉がしまった途端、起立して礼をしていたみんなが、いっせいに溜めていた息を吐いた。


「……あの先生、ホント堅物だよね」


「あの雰囲気、聞いてるだけでマジ疲れる」


 声の大きい男子が、本人に聞こえかねない勢いで呟いている。


「ピョコ大丈夫? ついていけてる?」


 スシャーナは前に座っている青髪のピョコの小さな背中に声をかける。


「自分は大丈夫ですっ!」


「さすが『王族護衛特殊兵ロイヤルガード』」


 いつの間にか起きていたサクヤンがそう言うと、ピョコは照れたように笑ってみせた。


 ピョコが王族護衛特殊兵ロイヤルガードに抜擢されたのは、すでに学園中の誰もが知る話になっている。

 どうやらピョコの収納力に驚いた第二王女がすっかり気に入って、そばにいてほしいと願い出たのだという。


 ピョコはそのための鍛錬を4月から受けており、不在がちになっていて、今日は5日ぶりの登校だった。


 でも多忙な毎日を送るピョコが笑顔が絶やさずにいるのは、本人の性格だけではないようだった。

 やっぱり自分で稼げるようになったのが、ピョコは嬉しいのだ。


 なにせ、すでに月に金貨一枚以上の報酬が支払われているというから驚き。


 でも、それを聞いても誰もひがんだりしない。

 みんなが純粋にピョコの幸せを喜んだのは、ピョコの人徳なんだろうな。


 自分じゃ絶対にこうはいかないと思う。




 ◇◇◇




 ――キーンコーンカーンコーン。


 そんなことを考えている間に、お昼休みを知らせる鐘が鳴る。


「いそげー!」


「負けるかよ」


 皆が競うように席を立ち、食堂へと走り出す。

 限定20食の『ジューシーターメリックチキンと旬の彩り野菜』のセットを狙っているのである。


 スシャーナも昼の鐘が鳴ると、別な理由でいつも早めに教室を出る。

 学級委員長兼学年風紀委員長になったので、昼にほぼ毎日開催される委員会に参加しなければならないのである。


 10分程度で終わるのでそれほど負担には感じていないが、そういった理由でだいたい限定ランチセットは食べることができない。


「サクヤンはいいの? 限定ランチ」


「うん」


 サクヤンは教科書を机に仕舞いながら、こちらを見た。


「今日は焼き魚定食でいいや」


 ターメリックは黄色くなるしね、と呟いている。


「今からいくの?」


「うん」


「じゃ、じゃあさ……」


 ――今日はあたしと二人で食べようよ。


 今日は委員会がなかった。

 第三学園にお偉いさんの視察が入るそうで、開催は放課後になっていたのだ。


(しっかりしなさい、スシャーナ……)


 頬が紅潮してくるのが自分でもわかる。


 二年生になってから、サクヤンは一段と魅力的になった気がする。


 上げればきりがないけど、例えば横顔が凛々しくなって、男性らしい雰囲気が素敵になったこと。

 だからか、なにか言いづらい。


「――サクヤくん」


 しかしそこで、横から鈴の鳴ったような声。

 神様が特別に授けたようなこの澄んだ声で、振り向かない人なんているのか、と思う。


「ん?」


 振り返ったサクヤンの視線の先には、微笑んだひとりの女子。

 隣に座る自分のところまで、石鹸の香りがやってきている。


 スシャーナの目が、ギラっと研ぎ澄まされた。


 人が誘おうとした時に……。

 いや、たしかにまだ何も言ってなかったけど……。


 気合いで肩に下ろしてみた自分とは反対に、彼女は銀色の髪をポニーテールにしてうなじを見せるようにしている。

 16、7歳くらいらしく、背も大人みたいに高くて、胸もフユナ先輩ほどじゃないけど、存在感がある。


 彼女は二年になってからやってきた、転校生のアリアドネさん。

 最初からサクヤに抱きつくなど、彼女の第一印象は最悪だった。


 しかもアリアドネさんは、独特の雰囲気を漂わせている。

 なんというか、「私、只者ではありません」と言わんばかりの、神々しい雰囲気だ。


 つくりの違いを感じさせる美貌のせいか、それとも稀有な銀髪のせいか。

 ともかく、スシャーナはその女子がどうも好きになれなかった。


「待ってね。今スシャーナと話しててさ」


 そう言うと、サクヤンは自分のために時間を作ってくれた。

 言われたアリアドネさんはあたしを見ると、あ、ごめんなさい……と勢いを失う。


「あ、いいの。どうぞ」


 スシャーナはそれがたまらなく嬉しくて、胸の前で手を振り、つい、いい人ぶってしまう。


「なにか言いかけなかった?」


「……う、ううん、何も」


 言いやすくしてくれたのにもかかわらず、スシャーナは言えない。


 そう……とちょっと怪訝そうにしながら、サクヤンはアリアドネさんの方を向いた。


「よかったら、ゴハン行きましょ?」


 アリアドネさんは二言目に、あっさりとサクヤンを誘っていた。

 スシャーナの目が見開く。


「あ、一緒に行く?」


「うん」


 アリアドネさんがにこっと笑う。


「――ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


 もう耐えられず、近接している二人の間を裂くように、スシャーナが割って入った。


「ん?」


 二人が、はて、といった顔で、豹変したスシャーナを見る。


「……聞いてはいたけど、本当にいつもふたりでお昼食べているの?」


 スシャーナはサクヤではなく、アリアドネに訊ねた。


「そうよ」


 全く悪びれるふうもなく頷いたアリアドネを見て、スシャーナはカッとなった。


「ずるいわ! 別に付き合ってるんじゃないんでしょ!」


 やってきて一ヶ月足らずのくせに、なんでそんなにサクヤンに超急接近なのよ。

 あり得ないでしょ。


 人が委員会であくせく働いている間に仲良くなって。


「付き合ってるとかじゃないよ。互いに一人で食べるよりはいいよね、ってだけでさ」


 サクヤの言葉に続けて、アリアドネも敵対心剥き出しのスシャーナに、笑いかけてくる。


「よかったら、スシャーナさんも行きましょ?」


「……へ?」


「お昼ご飯、まだでしょ?」


「ま、まだだけど……」


 スシャーナがきょとん、とする。


「うん。スシャーナも一緒に行こう」


 サクヤとアリアドネが、歓迎するように両側からスシャーナの背を押す。


「………」


 スシャーナは完全に毒気を抜かれていた。

 なに、この穏和な雰囲気。


 アリアドネさん、全然あたしと争う気がないんだけど。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る