第92話 湿地への道3
「うーむ」
僕は首をかしげていた。
それからレジーナたち一行は、実に30回以上もの魔物との戦闘を経ることになったのだ。
巨大ウサギ、コボルド、
その中で最も厄介だったのは、
他と比べて討伐ランクが【軍曹】と伍長の上にあたり、
ちなみに
「さすがに飽きてきたな」
フユナが剣についた
「どうしたのかしら。今日は魔除け草が全然効きませんわね」
「本当ですね。ミザリィだからでしょうか」
カルディエの疑問に、フィネスも不思議そうにしながら答える。
「全く不思議ですな」
ヘルデンたちレイシーヴァ王国の兵士たちも怪訝そうにしながら、魔物の排除を手伝ってくれている。
僕も周囲を詮索して土地に異常がないか見て回ったが、その理由は見えてこなかった。
学年末試験の時のように、血のにおいを嗅ぎ取っているからかと思ったが、フィネスたちは戦いを回避するために、戦いのあった場からきちんと離れている。
特に気になる要素はないように思えるのだが……。
「お母さん、ミザリィのこんな深いところには初めて来たけど、本当に怖いところね。家でゲ=リくんとのんびりしていたいわ」
その後ろを手をつないで歩く、ゲ=リ先輩とレジーナが頷き合う。
「これ以上強い奴等に遭うことはあるかな、母さん」
「不死族で怖いのはなんといっても
レジーナが言う通り、
討伐ランク【准尉】に位置し、なんの付加効果もなしに戦えば、苦闘は免れない。
高位の古代語魔術師の〈
もちろん聖火が最も有効だけどね。
◇◇◇
「お疲れ様。まだ明るいけど、ここで野営にしましょうね」
レジーナの一声で、皆が野営の準備に取り掛かる。
「母さん、燃やすもの集めた方がいいんだよね」
「そうね。ピョコちゃんには聖木優先で持ってもらったから薪は現地調達なのよ」
「ヘルデンさんたちが集めてくれたのがこれだけあるけど、まだ足りない?」
ゲ=リが積まれた枯れ枝を指さすが、レジーナは目を閉じて首を横に振った。
「全然足りないわ。だって母さんもフィネスさんたちも湯浴みするもの」
そう言ってレジーナママは、湯浴みセットを取り出して見せた。
桶にタオルと海藻灰石鹸が入っているのが見える。
ゆ、湯浴み……?
僕はいつかのように、閉口させられた。
ここで湯浴みするのか。
……いや、大地の聖女の結界があるからいいのか。
でも、せめて体を拭くくらいにしておいたらどうなんだろう……。
なお、魔物たちが火を恐れるのは嘘ではないが、火が同時に人の存在を指し示していることを一部の魔物たちは知っている。
そして、そのようにして寄ってくる者たちの中には、下位結界ならたやすく破壊する能力を持つ者もいるのである。
湯浴み……想像もしてなかった。
まぁこういうことは、男の価値観で考えてはいけないんだろうな。
僕は早々に諦めて、持っていたものを取り出し、目の前に積んだ。
「あ、母さん見て! あんなところに」
「あら、すごいわ。エリエル様の祝福かしら」
ゲ=リ先輩とレジーナが駆け寄ってきて、山積みになった枯れ枝を見て歓喜する。
(む……?)
そんな折。
流れてきたにおいにあれ、と思う。
これ、もしかして。
「すごい量だ」
「きっと誰か、前に来た人が積んでおいてくれたのよ」
二人は大地母神エリエルに祈りの言葉を捧げると、枯れ枝をすべて抱える。
「これなら湯も十分量沸かせる。よかったね母さん」
「うん、お母さんとっても幸せよ!」
言葉通り、レジーナが桃色の髪を揺らしてぴょんぴょん跳ねると、親子仲良く寄り添って去っていった。
「そうか、そういうことだったのか……」
僕は森の中に消えていく二人を見ながら、忌々しげに呟く。
魔物除けを身に着けているはずなのに、どうしてこんなに魔物が寄ってくるのか。
謎は解けた。
ゲ=リ先輩は「魔物除け」ではなく、「魔物寄せ」を身につけている!
◇◇◇
「〈大地の結界〉」
レジーナの詠唱に反応して、柔らかな光を纏うヴェールがドーム状に展開され、彼らを覆った。
レイシーヴァ王国の精鋭兵士たちから、おぉー、という声とともに拍手喝采が巻き起こる。
程度の差はあれど、神に仕える司祭たちは魔物の侵入を阻む結界を展開することができる。
結界の強度と持続時間は魔法のランクに応じて異なる。
聞こえてきた感じでは、今レジーナが展開したのはレベル3なので、魔界の瘴気も遮断できる強力な結界だ。
持続時間はたぶん6時間以上だろう。
さらに大地に直接展開しているので、エリエルの加護が入って結界はさらに強力なものになっているはずだ。
中級ランクの結界すら引き裂いてくる
「さ、じゃあ食事も終わったし、お風呂にしましょう」
レジーナが両手をパン、と鳴らしながら言う。
近くに座っていた男の精鋭兵士たちが、慌てた様子で立ち上がり始める。
「はいっ、自分、持ってきましたっ!」
ピョコが懐から石と金属でできた浴槽をどどーん、と取り出した。
二人は入れそうな、ひょうたん型の浴槽だ。
おいー!
湯浴みって、マジ風呂かよ!
「すごいですわね……これ、もしかして」
「はいっ、レジーナ様の特注品だそうで、注文先からお持ちしましたっ! この下の魔法金属の部分が熱を通すので、下で薪を焚べることで温めることができますっ!」
「おおー!」
「素敵!」
女性陣から再び盛大な拍手が起こった。
みんな、本気で喜んでる。
そして、懐から取り出した大量の水を、どぼどぼと浴槽に注ぎ始めるピョコ。
「………す、すげぇ」
「あの乙女、信じられん」
その圧巻の懐に、兵士たちがぐうの音も出なくなる。
一年生でまだまだ未熟なはずなのに、運び屋としてはすでにチートだ。
僕が知っている勇者パーティの
「こんなものも、いや、水まで大量に持ち運べるとは……」
フユナも、驚きを隠せない。
「
「ピョコちゃん、本当に
「冗談抜きで欲しいですわ」
カルディエは真顔だった。
「帰ったら王宮に相談してみたらどうだろう、フィネス」
「そうですね」
フィネスたちの目の色が少し変わっている。
「じゃあお母さんが火を焚べてあげるから、フィネスちゃんたち、先に入っちゃいなさいね」
「はいっ、自分、柵を展開しますっ!」
浴槽周囲に、視界を遮るための木製の仕切りが3つ置かれる。
ピョコ、もはやなんでもあり。
逆紅一点となったゲ=リ先輩はというと、会話から外れ、結界の隅でしゃがみ込み、地面の蟻たちと戯れている。
洗ったズボンが乾くまでは、安定のオムツだ。
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