第85話 学年末実技試験9
夜が明けると、スシャーナはそれだけで少し気分は落ち着いた気がした。
しかし一年生にとっては、初めて受けた襲撃である。
スシャーナだけではなく、ほとんどの生徒がその後眠れなかったようで、朝になったものの、言葉を発する者は少なく、雰囲気はどんよりしていた。
ちなみに明けた頃は見えていたが、今はいつの間にかやってきた灰色の雲が空を厚く覆って、陽は見えない。
「慣れないと寝れないよね」
力ない笑みを浮かべるゲ=リは、目の下にクマができていた。
そんなゲ=リのズボンが交換されていることに、スシャーナは今気づいた。
「サクヤン、よく寝れるよね……」
うーん、と伸びをしたスシャーナが、しょぼしょぼした目でサクヤを見る。
ちょうどその時、爆睡していたサクヤがパチっと目を開けた。
「……あ、寝てた?」
「はいっ。すごいイビキかいてましたっ。周りの人たちが見てましたよ」
ピョコが目を擦りながら笑うが、すぐに大きなあくびに変わった。
「まあ何か食べよう」
起きて身なりを整えたサクヤは、そう言ってまたテキパキと火をおこし、朝食を用意した。
その火を見た他の生徒達が怯え、火をおこすなと注意してくる者さえいた。
「小さな火なら心配ないよ。夜にあんな大きな火を焚くからだめだったのさ。先生もそこまでは注意しなかったろ」
サクヤンは他の生徒に優しく言うと、なにか食べた方がいい、と木の実を渡していた。
小鳥たちがさえずる中、みんなが眠いなりに身支度を整え、朝の食事をとり終える。
そこでまた、先生たちが生徒の前に現れた。
「昨晩は眠れなかった生徒も多数だろう。食べたら少し仮眠しろ。出発を急いで安全を犠牲にするな」
「え……?」
「ここで仮眠?」
生徒たちは教師ゴクドゥーたちがまだ居たことにも驚いていたが、その言葉の真意が掴めず、首を傾げる。
「リベル先生のご厚意だ。結界は昼までは保つそうだ。それまで休めと言っている」
それを耳にした生徒たちが、随所で力ないながらも歓喜の声を上げ始める。
生徒たちは木にもたれかかって、ウトウトし始めた。
◇◇◇
「ん?」
倒木の上で眠りこけていたスシャーナの耳に、ひっきりなしに人の声が聞こえてくる。
「白樺じゃなきゃダメなんですか」
「いや、白樺の他にも、松ぼっくりやすすきの穂なんかもよく燃える。見つけたら拾っておくといいよ」
サクヤンが、なにか説明している声がする。
なんとなく目を開けた。
霞む目で、声のする方を見る。
近くで人だかりができている。
どうやら火の起こし方を、他の生徒達が習いに来ているようだった。
サクヤンは事細かにみんなに教えている。
「サクヤくんって『連合学園祭』に出てた、あのサクヤくんだよね」
「一年生なのにかっこいいと思っていたの」
「いや、スキップしかしてませんから」
(……ん?)
火おこしの話から、ふいに話の方向が変わる。
「サクヤくん、どうしてそんなに野営に詳しいの」
「いや、こういう生活が長かったもんで……」
「よかったらうちのパーティと合流してよ。『コンドルズヘッド』の方なんでしょう?」
「同じ方角だし、いいじゃない」
「あたしたち、女子ばかりで困っているの。きちんとお礼す・る・か・ら。ね?」
「サクヤくんなら、なんでも言うこと聞いてあげる」
サクヤンが、見知らぬ女子に囲まれて、言い寄られている。
見れば、サクヤンの周り、女ばかり。
がば、と跳ね起きた。
「――あつっ!」
「うわっ」
ちょうど傍にいたゲ=リ先輩の肘に額がぶつかり、めまいがした。
が、気にしてられない。
「――ちょ、ちょっと! やめなさいよ!」
額の真ん中を赤くしたスシャーナが、逆ハの字の眉を作り、女子とサクヤの間に割り込むように立つ。
そこで気づく。
とりわけ二人の女子が、信じられないほどにサクヤンのそばに立っていたのである。
しかも、一人は腕を組んでいた。
頭がカーっと熱くなる。
その腕をばちん、と打ち払ってやった。
「いたっ、割り込んで、いったいなによ」
「ただ火起こしのこと教えてもらってただけじゃない」
二人がスシャーナに冷たい視線を向けて抗議する。
「――違うわ! サクヤンのこと誘い出そうとしたじゃない!」
スシャーナが腰に手を当てて力強く言い返す。
「……言いがかりだわ。人を悪く言うのやめて」
「――いいからあっちに行きなさいよ! サクヤンはあたしのパーティなんだからっ!」
サクヤを背中にかばいながら、しっしっ、と追い払う。
「ちょっと、なに!?」
「――いいからあっち行って!」
まったく、なによ。
ゆっくり眠ってもいられないんだから。
◇◇◇
昼前には、生徒たちが徐々に出発し始めた。
スシャーナたちも広げた荷をまとめ、野営地をあとにする。
しかしどの生徒も、
おまけに夜中舞っていた蚊に随分とやられたらしく、身体を引っ掻いている生徒が大半であった。
それを見たスシャーナは、サクヤと同じパーティでよかったと心底痛感していた。
「今日は上り坂だけど、それ以外は楽なんじゃないかな」
そんなサクヤが歩きながら指を立て、風向きを調べながら呟いた。
「そうなの?」
「野営していたさっきの場所に血のにおいが立ち込めているからね。結界が失くなると同時に広がって、たぶん魔物はそっちに流れる」
「なるほど」
ゲ=リがいたく納得している。
「ねぇサクヤン。聞いていい?」
「なに」
「もしかして昨日のこと、全部お見通しだったの?」
スシャーナは疑問だったことを訊ねると、サクヤは全部じゃないよ、と笑った。
「あの火は注意してみたけど、聞いてもらえなかったからね。魔物が来るな、とは思っていた」
「でも襲来をわかっていて平然としているって、俺から見ると想像を絶しているんだけどさ」
ゲ=リが腕を組んで感心している。
「先生、いたの知ってたので」
「……え、知ってたの」
「……知ってたんですかっ!?」
サクヤの言葉を聞いて、スシャーナとピョコが同時に訊ね返した。
「見張りしてたら、木の上のゴクドゥー先生と目が合った」
サクヤの言葉に、アハハ、とみんなが笑った。
「教えて欲しかったー」
「ゴクドゥー先生が神妙な顔でしぃぃ、ってやるから、わかりました、と頷いたんだ」
想像したみんなが、またアハハ、と笑い出す。
「……サクヤンて、ほんと不思議」
ひとしきりして、スシャーナが呟く。
いろいろすごいところがあるけれど、でもなにより、こんな不安と恐怖に溢れた環境で、みんなを笑顔にできるっていうことが。
誰も笑っていないのに、うちの班だけ笑ってるもの。
みんな、羨ましそうに見てるもの。
スシャーナはポエロのやることなら、なんでもその上を行ってやる自信があった。
しかし、サクヤの場合は違う。
同じことをしろと言われても、絶対にできない。
到底、同じ学園の生徒とは思えないくらい、サクヤンは……。
「………」
ちらり、と見る。
ひとり、飄々と構えてるし。
スシャーナはたまらなくなってサクヤのとなりに駆け寄ると、その腕を組んだ。
「サクヤンはどんな魔物がきても、平然としていそう。ね? ピョコ」
「はいっ。自分もやっぱりそう思いますっ!」
ピョコも負けじと、反対の腕を取って組んだ。
「かっこいいよねー!」
「はいっ、かっこいいですっ!」
二人の少女に見つめられて、サクヤは、はにかんだ笑みを浮かべた。
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