第55話 連合学園祭10

 

(……やはり違うのですね……)


 フィネスはフユナにポカポカと叩かれている少年に目を向けながら、大きなため息をついた。


 そうですよね。

 違いますよね……。


 黒髪だからはっとしたのは、事実だった。

 しかしいくらあのお方でも、少年に若返るなどあり得るはずもない。


 いや、最初から無茶なこじつけだとは、自分でもわかっていたのだ。


(これでまた)


 フィネスは全くの手がかりなしになってしまっていた。

 あのお方に逢うのに、何日、いや何年待てばよいのだろう。


(………)


 フィネスはそれとなく、ミニスカートのポケットに忍ばせている手紙に触れていた。


 サクヤへの想いをつづった手紙。


 手紙と言っても、渡して読んでもらうためのものではなく、自分で伝えたいことを整理したものである。


 いつ、突然出会えたとしても、想いをもれなく伝えられるようにと、恋する少女らしい準備であった。



 そこには、こう書かれていた。



 」」」」」」」」」」」」」」



 私は今、融けた氷の中で過ごしています。


 でも、そんな中でも眠るのが好きです。

 今の私が唯一、安らぐことのできる時間だからです。



 あなたは今、どこで過ごされているのでしょう。


 ご迷惑でなければ、お会いしたいです。

 日々他人から厳しい目で評価され続けるばかりの私にとって、あなたという人は心の底からの安らぎでした。



 あなたは、笑みの素晴らしさを教えてくださいました。

 すさみかけていた私に、屈託のない笑みをくださいました。



 そして、あなたは教えてくださいました。

 逢いたいと思うだけで、こんなにも涙があふれるのだということを。


 お逢いしたいです。


 逢えない時間、胸が締めつけられています。

 あなたが、私の知らない誰かにあの微笑みを向けたりしていないかと。



 そうなのです。

 私はあなたを、私だけのものにしたくてなりません。

 でも、それは贅沢というものですね。



 私は氷のような、痛いほどの寂しさの中にいます。


 だから、今は悔やまれてなりません。

 こんなにも会えないのだとわかっていたら、あの時、あなたにしがみついてでもお傍にいたのに。



 今、どこにいらっしゃるのでしょう。

 私は早くあなたと、夢以外の場所でお会いしたく思っています。



 サクヤ様。


 私を見つけたら、どうか、どうか、たまらなくなるほどに抱きしめて。

 私を捕まえて、二度と離さないでください。


 私はもう心から、あなたに溺れてしまいましたから。




 」」」」」」」」」」」」」」



 ◇◇◇





 第一学園副将・ミーヤとその相棒、古代語魔術師の男デップは、息の合ったペアだった。


 ミーヤはデップの深遠な知識とその【二連続魔法】という強力なスキルに魅せられ、デップは最強の剛剣『ユラル源流剣術』を使う少女の才能に魅せられ、授業のたびにちらちらと視線を交わし合っていた。


 2年生の頃、互いに恥じらいながらもペアを組むようになり、やがて恋仲になってさらに互いのことを深く理解し合った。

 その絆の強さは、層の厚い第一学園でありながら、副将として登場してきていることを見てもわかるだろう。


 そんな2人が選んだ作戦は、フユナではなくあの黒髪の少年の優先的排除だった。


 第一学園はまだ大将を残している。

 自分たちはその布石となって散るだけで十分勝てるのだ。


「第一学園副将、今より出場を許可する」


 エントランスを管理する教師が二人に告げる。


「ミーヤ、わかってくれるね」


「もちろん。フユナは大嫌いだけど、最終的にまた第三に勝てることが一番の望みだもの」


 2人に、もはや迷いはなかった。



 ◇◇◇



「らあぁぁー!」


 開始早々、ミーヤが手に持っていた武器を投げた。


 くるくると飛んでくるのは、木の斧。

 それはフユナとサクヤの間に飛んでくる。


「避けろ」


「はい」


 声に合わせて、二人が分かれるように斧を回避する。


 そこへ、電光石火の動きでミーヤが跳んだ。

 一気にサクヤに駆け寄り、近接戦を挑んだのである。


「さ、サクヤを!?」


 離されたフユナが叫ぶ。


 ――カァァン!


 サクヤはなんとかその初擊を木刀で防いだ。

 だが、あまりの衝撃に吹き飛ばされ、フユナからさらに引き離されてしまう。


 そう、ミーヤたちはまず二人を割く作戦から始めたのである。


「サクヤ!」


 フユナが入れ替わるように近くにやってきたミーヤに接近戦を挑む。

 しかしミーヤは笑いを残すと、数回切り結んだだけで、背を向けてサクヤを追う。


「なに」


 フユナはてっきりミーヤが自分に近接を挑んでくると思っていただけに、拍子抜けする。


「どういうことなのだ」


 昨年フユナは、このミーヤを剣技で圧倒し、倒している。

 その時に鼻血を流したまま、ミーヤが言ったのだ。


 ――この雪辱は必ず来年果たす、と。


 それだけに、背を向けて逃げると思わなかった。


「――危ないフユナ先輩!」


 そんなことが頭を過ぎっている間に、遠くからサクヤの声がして、フユナははっと我に返る。

 炎の魔法が唸りを上げて、やってきていたのだ。


 ミーヤのパートナーの魔術師デップが放った、〈炎の矢ファイアアロー〉の魔法である。


 古代語魔法の第二位階に属し、スシャーナのように駆け出しの魔術師でも放つことができるが、決して同じではない。

 魔力が上がるにつれ威力はうなぎのぼりに上昇するのである。


 実際、今のデップが放った〈炎の矢ファイアアロー〉と、スシャーナの〈炎の矢ファイアアロー〉では、炎の太さが丸太と小枝ほどに違っていた。


「くっ」


 フユナは木刀を縦に構え、それで受け止めるかのように身に受ける。

 フユナは部分抵抗パーシャルレジストに成功し、炎が弾けるように霧散した。


 ブレザー制服の一部が焼け焦げ、スカートの前の裾がわずかに短くなるが、フユナは目もくれなかった。


 一般に、飛来してくるタイプの攻撃魔法は一部を除いて追尾し、ほぼ回避不能である。

 そのため、魔法が放たれた場合、自身の持っている各属性の魔法抵抗力でそれに抵抗することになる。


 部分抵抗パーシャルレジストはダメージの3-7割を削減するものであり、その程度は各自の抵抗力によって変わる。


 完全抵抗フルレジストとはダメージの全てを消し去ってしまうことを指す。


 いずれも魔術師の魔力に打ち勝つ必要があり、魔力の高い魔術師から放たれるがゆえに、一般に完全抵抗フルレジストは、天と地ほどのランク格差がある場合など、目にすることのない頻度でしか起き得ないと言われている。


「いいだろう」


 フユナがそのままデップへと近接を挑もうとする。


 所詮は魔術師である。

 近接してしまえば、フユナの相手ではない。


「―――!」


 しかし間合いを詰めようとした矢先、フユナは勘だけで跳躍を中断する。


 それは吉と出た。


 デップからもう一度〈炎の矢ファイアアロー〉が飛んできていたのだ。

 フユナはもう一度防御の姿勢になり、それを部分抵抗パーシャルレジストしてやり過ごす。


 デップは【二連続魔法】という、強力なスキルを手に入れている。

 このスキルの恐ろしいところは単純に連続で放てると言うだけではない。


 再詠唱時間リキャストタイムが再計算されないため、二発目の魔法は再詠唱時間が発生しないのである。

 魔力が続く限り魔法が連続で放てる上に、再詠唱時間リキャストタイム優遇はチートレベルの強さといってよい。


 しかも魔法は物理攻撃と違って回避困難な上に、抵抗されてもたいていは部分抵抗パーシャルレジストで、ダメージを積み重ねることができる。

 繰り返しは着実に敵を追い詰めていくのである。


 フユナは昨年もデップと戦い、嫌というほどにその強さを思い知っている。

 それでもフユナはその間隔を見極め、近接しようと図る。


「………」


「………」


 デップとフユナの間に、じりじりとした緊張が走る。


 フユナは次の〈炎の矢ファイアアロー〉が来た瞬間、飛び込むつもりだった。

 だがデップもそれを知り、〈炎の矢ファイアアロー〉を保持したまま、放たない。


 しかしデップにしてみれば、作戦上それで十分だった。



 ◇◇◇



「あの少年を潰しに行く作戦をとっていますわね」


「私もそんな気がします」


 フィネスとカルディエは椅子に腰掛けたまま腕を組み、じっと闘技場を眺めている。


「でもあのミーヤがよく納得しましたね。まっすぐフユナに向かいたかったでしょうに」


 フィネスが黒髪の少年を追い詰めているミーヤを見ながら言う。


 ミーヤの昨年の負け方は、フィネスたちから見ても相当に屈辱的なものだった。

 あの性格もあって、始まるやまっすぐにフユナに近接を挑むと思っていたのだ。


「でも良い作戦かもしれませんわ。わたくしたちにとっても」


 大将同士のぶつかり合いになれば、欠員はそれだけで勝敗に大きく影響する。

 勝利のためだけを考えれば、彼らの作戦は疑うべくもなく、最善。


 ミーヤは息切れも恐れずに黒髪の少年を攻め、少年は時々打たれながらも防戦し、ひたすらに後退している。

 デップもあのフユナと対峙し、威力の高い炎の魔法をちらつかせ、足止めに成功している。


「明らかに押していますね」


 フィネスの言葉にカルディエが頷いた。


「第一学園としては喜ぶべきなのでしょうけれど、最悪、出番はないかもしれませんわ」


「………」


 フィネスはそれには返事をせず、胸に手を当て、乱れつつある呼吸を整える。


 フユナ……。


 と、そこで、戦いが動いた。

 デップが黒髪の少年へと動いたのである。


「――あっ!」


 フィネスとカルディエの悲鳴が重なった。


「あの少年が――!」


「――やられましたの!?」


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