第56話 連合学園祭11

 

「――あっ!」


 フィネスとカルディエの悲鳴が重なった。


「あの少年が――!」


「――やられましたの!?」




 ◇◇◇




 魔法を保持したデップと、連続剣を準備したフユナの間には、相変わらず緊迫した空気が流れていた。


 デップはもちろんだが、フユナとて炎の魔法に連続で抵抗失敗すれば、その後に響くほどのダメージになる。


 だから互いに動けずにいたのだ。


 そんな時。


 二人の間に割り込むように、ミーヤとサクヤが切り結びながらやってきた。

 サクヤが後退し、ミーヤが追いかけてくる構図である。


 それを見て取ったデップが意を決して動いた。


「くらえ。〈単体催眠スリープ〉」


 なんと〈炎の矢ファイアアロー〉を破棄して、第四位階にある古代語魔法〈単体催眠スリープ〉を詠唱し直し、放ったのである。


 〈単体催眠スリープ〉は第四位階に存在し、単体攻撃となるものの〈眠りの闇雲スリープクラウド〉に比して威力は強い。

 眠りの深度も深くなるため作用時間が長く、回復後もべっとりとした眠気を残すというメリットもある。


 その〈単体催眠スリープ〉が放たれた先はもちろんフユナではなく、黒髪の少年。

 攻撃対象を変えるために、用意していた魔法は破棄するしかなかったのだ。


「あたしの剛剣、受けきれるかァァァ!」


 さらにミーヤが両手持ちにした木刀で、少年に襲いかかっていく。

 少年が受ける構えをしたところで、魔法の影響か、足元がふらついた。


「ダメ押しだ」


 デップは【二連続魔法】による二回目の〈単体催眠スリープ〉までも、黒髪の少年に放つ念の入りよう。


「サクヤ! くそっ」


 フユナはここで、自分のパートナーである黒髪の少年が集中攻撃で潰されかかっていることに気づいた。


「やめろ! 私を狙え!」


 フユナが跳び、ミーヤの前に割り込もうとする。


 だが間に合わない。


 ――ガキィィ!

 ミーヤの振りかぶった剛剣が、サクヤを捉えた。


「はにゃー」


 黒髪の少年が吹き飛んだ。

 眠りに落ちた瞬間に、ミーヤの剛剣を受けてしまったのだとフユナは知る。


 第一学園の観客席から、歓声が上がった。


「サクヤぁぁ!」


 フユナの呼びかけも虚しく、吹き飛んだサクヤはゴロゴロと転がっていく。


 そしてデップの前を転がり抜けた末。


 なんとサクヤは闘技場の壁にぶつかり、奇跡的に立って止まっていた。

 こくり、こくりと船を漕ぎながら。



 ◇◇◇



 第一学園の観客席が熱狂し始める。


「――さ、サクヤ寝るなぁぁ!」


「今だ! 第三を倒せ!」


 第三学園の教師ゴクドゥーが絶叫する一方で、第一学園のイジンが歓喜の声を張り上げる。


「もうやめろぉ!」


 そう叫んで駆け込んだフユナが、闘技場の中央付近でミーヤと切り結び始める。


「デップ、任せるわ! 愛してる」


「わかった。行くんだミーヤ。僕も愛してる」


 二人のこの愛の言葉には、別な意味があった。

 ターゲットを変更する、というものである。


 ミーヤとデップにとって、ダウンを取れない眠り方など、全くの想定外だった。


 さらに少年を追撃し、ダウンさせることもできたかもしれない。


 だがフユナが死に物狂いになっている手前、下手をすれば寝ている少年を起こすだけになる可能性を考えている。


 そうなればせっかく手に入れた優勢が水の泡。


 それよりも無力化できている現状を十分とし、2対1の構図でフユナを狙おう、という判断であった。



 ◇◇◇



「終わりだフユナ」


 デップはミーヤの援護にと、ミーヤと戦っているフユナに向かって炎の魔法を詠唱し始めていた。


 デップの魔力はまもなく底をつく。

 それでも連続魔法であと2回、4発の魔法を放つことくらいはできるはずだ。


 デップはちらりと、フユナのパートナーだった少年に目を向けておく。


 少年が相変わらず壁にもたれかかって眠っているのを確認して、フユナへと視線を戻した。


「僕のミーヤをコケにしたこと、後悔させてやる」


 デップが長杖を前に突き出す。


「〈炎の矢ファイアアロー〉」


 そしてフユナの背後に狙いを定め、一発目の魔法を放った。


 ――はずだった。


「なに」


 デップは呆然と立ち尽くす。


「……な、なぜだ」


 杖からは白い煙が僅かに出ただけで、魔法が発現しなかったのである。


 魔力はまだ残っている。

 魔法の詠唱も何ら問題ないはずだ。


 デップは焦りながら、もう一度詠唱を行う。


「〈炎の矢ファイアアロー〉」


 しかし同じだった。

 杖からは白い煙が僅かに出ただけ。


「なぜだ!」


 今まで失敗したことなど数えるほどしかないのに、なぜ!?


「何が起きたと言うんだ」


 さっきまで問題なく詠唱できていた。

 最後に魔法を唱えたのは黒髪の少年への〈単体催眠スリープ〉。


 それから起きたことと言えば、少年がミーヤの一撃を受けて、自分の前をゴロゴロと転がり抜けていったくらいだ。


 なぜ魔法が唱えられないのだ!

 この大事な瞬間に!



 ◇◇◇



「サクヤ! サクヤぁぁ!」


 フユナはミーヤと打ち合いながら、叫んでいた。


 あれほどに不甲斐なさそうに見えても、フユナからすれば頼りにしていた。

 それは間違いなく、最初の眠りの魔法でサクヤが助けてくれたからに他ならない。


 すべてはあの時サクヤが眠らなかったから。

 だから自分は今ここに立っていられるのである。


 それだけではない。

 サクヤは、なんだかんだいっても、勝利をもたらしてくれる存在だった。


 ジョリィを責めるわけでは決してないが、ジョリィと組んだ昨年とは苦労が雲泥の差だった。


 フユナはただ、見えた隙を咎めるだけでよかった。

 お膳立てはすべて、サクヤがしてくれていた。


 絶対に手放したくない、そんな心強かったパートナーを今、失いかけている。


「サクヤ!」


 フユナが必死に呼びかける。

 サクヤの今の姿が、フユナの胸を痛いほどにいていた。


「私が……私があんなことを言ったから……!」


 フユナは目が潤んでしまっていた。



 ――倒されて立てなくなった時には想像しろ。ひとりで後を戦い続けることになる私のつらさをな――。



「サクヤぁ!」


 だからだ。

 だからサクヤは眠りに落ちながらも、倒れていないのだ。


 かつて、偉大な戦士が立ちながら往生したという。


 サクヤはそれと同じだ。

 サクヤはきっと、私のために最後の力で立ってくれているのだ。


 どこかから、「いや、違うよー」という声が小さく響いていたが、フユナには聞こえなかった。


「なに、さっきから感情的になっちゃって」


 ミーヤが剣を打ち合わせながら、ふっと鼻で笑う。


「そんなにその少年が大事なの? まさかあんたの恋人?」


「私の気持ちなど、到底お前にはわからない」


 フユナが冷たく言い返しながら、剣撃を見舞う。


「あんたと違ってあたしは大切な恋人がいるの。だからわかることもある」


 ミーヤがそれをさばきながら、続ける。


「ねぇ? ずいぶんな入れ込みようじゃない?」


「うるさい」


「好きなんでしょ? 好きなら好きって言ってあげなさいよ。女はそれが大事なのよ、この男女!」


「うるさいっ!」


 フユナの木刀が唸りを上げる。

 それを防いだミーヤが視線をフユナの背後にずらし、ふいににやりと笑った。


「――ナイスよ、デップ! ダウンさせたわね」


「えっ!?」


 はっとしたフユナが、つい視線を背後に向けてしまう。


 もちろん少年はまだ立ったまま寝ていた。

 鼻ちょうちんつきで。


 フェイクだったのだ。


「お馬鹿さん。ほんと気に入ってるのね」


 そんな無防備なフユナを、ミーヤが見逃すはずもなかった。

 ミーヤが大技を発動させる。


「――ずっと待ち望んだわ、この時を!」


 フユナははっと気づいて半身になり、木刀を構える。


「【剛剣一之太刀】――!」


 ミーヤがここぞとばかりに最強の剣を放つ。


 ミーヤの流派たる『ユラル源流剣術』は「剛こそ柔を制す」で知られる初代勇者の剣技で、『最善のタイミングで放たれる剛の剣こそが全てを打ち破る』と説いている。


 そのため、この剣術は「的確に計算された力づく」とも表現される。


 その剛剣の凄まじさは、かつて最強剣として君臨し続けた歴史を考えれば、自ずと明らかである。


「――逃げろぉぉ!」


「危ないフユナぁぁ!」


 第三学園待機スペースから、絶叫にも似た声がフユナの耳に届いていた。

 しかし、フユナは動かない。


 自分はサクヤを見ていて、逃げるべき決定的な一瞬を逃した。

 すでに手遅れなのである。


(もはや受けきるしかない)


 フユナは半身から腰を落とした姿勢になり、木刀を握り直す。

 心の中では、激しく警笛が鳴っていた。


 ――剛剣とは打ち合ってはなりませぬ。


 これこそが、『ユラル亜流剣術』創始者の教えであった。

 亜流が最強となったのは、源流の剛剣と打ち合わず、常に大きく距離を取ったからなのである。


 もちろんこの状態からでも、鍛錬を積んだフユナならこの【剛剣一ノ太刀】を躱すことくらいはできるかもしれない。


 しかし、それは最悪の選択肢。

 剛剣ゆえに躱したくなるが、【剛剣一之太刀】に対してとってつけた回避こそが、ミーヤの狙っている動きなのだ。


 狙うは、【剛剣二之太刀】。


 それが数多くの決闘者の命を奪い去ってきた、本物の脅威なのである。


「やぁぁぁ――!」


 唸る剛剣。

【剛剣一之太刀】が、降ってくる。


「――ま、まさかあれを受けると言うの!?」


「ふ、フユナ!」


 フィネスとカルディエが、絶句する。



 ◇◇◇




【剛剣一之太刀】。


 かつて受けたことなど、フユナは一度もなかった。

 やってくるだろう途方もない衝撃に目を閉じ、フユナは歯を食いしばる。


 数瞬ののち、風を切り裂く音とともに、剣撃が降ってくる。


 ――カァァァン!


 木刀同士が鳴らす激しい音が響き渡った。

 衝突の激しさを物語るように、音とともに白い靄らしきものがあたりを取り巻いた。


「なにっ」


「なっ」


 靄の中で、驚愕する声。

 その声は、なぜか2つあった。


 ミーヤが飛び退く。

 フユナもさっと距離をとった。


「おのれ、どうやってあたしの剛剣を跳ね返した!」


 ミーヤが木刀をフユナに突きつけ、怒りで顔を真赤にする。


「跳ね……返した?」


 しかしフユナはまったくわからないと言った顔だった。


 

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