第49話 連合学園祭4

 

「……9,10!」


 第三学園の観客席から、次々と失望の声が漏れた。


 眠りから覚めなかったウォルさんとビスケさん、および第二学園の剣士の退場が確定した。

 即座に、司祭による覚醒および回復作業が始まる。


「うあぁぁぁん!」


 マチコ先生が座り込んで、子供のようにしゃくりあげ始める。


「ちきしょうが! やられちまったものは仕方ねぇ。次だ!」


 ゴクドゥー先生がマチコ先生の背中を擦りながら、空気を変えようとばかりに、大声を張り上げた。


 退場した学園は1分間出場できない。

 これは一つのチームばかりを狙われないようにする配慮でもある。


 今、闘技場では第二学園の槍使いが第一学園の2人に近接を挑んでいる状態だ。

 どうやら第一学園の2人はともに後衛職だったようで、近接されてタジタジになっている。


 これが第一学園の作戦だったのだろう。

 最初は第一に近接攻撃を挑んでくるはずがないと想定し、魔術師二人を配置した。


 だがすぐにそれと知られたら潰されるので、近接武器をもたせての登場というわけだ。

 その作戦は成功したと言えるだろう。


「やり返せぇぇー!」


「串刺しにしろぉぉ!」


 現在、第一と第二学園の観客席だけが、盛り上がっている。


「頼む。少しでも潰し合って……」


 たまには花を持たせてやりたいんだよ、と年配のミザル先生が祈るように、ひっそりと呟くのが聞こえた。

 だが槍使いは魔術師に多少の手傷を負わせたものの、逃げ回られて追い込むことができない。


 やがて逆に眠りの魔法を受け、第二学園の槍使いがだらりと倒れ込んだ。


(ふむ)


 第一学園がほぼ無傷で残ったのを見て、この後の予想がついた。


「みんな、心配すんな! 俺がこの斧でごぼう抜きしてやらぁー!」


 威勢よく叫んだのは、僕らのエントランスに立つ副将の一人、ヘノッホさんだ。


「任せて。あいつらムカついたから、わたしのゴーレムで叩き潰してやります」


 もうひとりの副将シェーンさんも気合十分だ。


「よし頼む! 第三学園の意地を見せてこい!」


 ゴクドゥー先生が副将2人の背中を手のひらでバシィィン、と叩く。


「頼んだぞヘノッホ! シェーン!」


「第三学園はこんなものじゃないはずだ!」


 教師たちが熱い声援を送る。


「お願い、負けないでぇぇ――!」


 マチコ先生が床に座り込んだまま、鼻から涙を流しながら叫んだ。


「行ってきます!」


 4年生の【斧使い】ヘノッホさんは第三学園いちの力自慢で、スキルを用いた一撃は大木を叩き折るほどの威力を持つ。

 その圧倒的な腕力は入学時から他の学園にも知れ渡るほどで、「連合学園祭」では「第三にヘノッホあり」と常にマークされ続けてきたという。


 一方、4年生スカラークラスのシェーンさんは【呪術師ドルイド】で、自然現象を操る異能を持つ。


 天候を操作し、大地の恵みを増やすのが本来の仕事で、こんな場に出てこられるほど戦闘に秀でた職業ではないのだが、シェーンさんは従順な泥ゴーレムを五体、同時に使役できる稀少なスキル【五並列使役】を持っており、それを買われての参加だった。


 ふたりの作戦はシェーンさんが後衛で泥ゴーレムを放ち続け、ヘノッホさんがその剛腕でシェーンさんに近づく敵を払いのけるというものだった。


 シェーンさんは泥ゴーレムを立て続けに18体まで召喚できる。

 うまくいけば、数の力で他のペアを倒し続けることができるはずだ。


「――おおぉ!」


 第三学園の期待を一身に背負ったヘノッホさんが、木の斧を振りかぶりながら力強く飛び出す。


「土に眠る守護者よ、我に力を貸したまえ」


 泥ゴーレムの召喚を準備しながら、シェーンさんがその後ろを駆けていく。


 しかし。


「――馬鹿め」


 第一学園のペアがほくそ笑んだ。

 彼らは彼らで、第三学園が出てくるのを今か今かと待ち構えていたのだ。


「ぬおわっ!」


「ちょっ!?」


 ヘノッホさんとシェーンさんは闘技場に入ったとたん、灰色の靄の中に突っ込んでいた。


「……ぐおぉ……」


「……ごめ……なさい……」


 ふたりは、脱力して崩れ落ちた。


 第一学園の観客がそれを見て、わぁぁ、と大熱狂した。




 ◇◇◇




「今年もゴミだな」


 坊主頭に黒ひげをはやした壮年の男が、勝ち誇った表情で第三学園の待機スペースを眺めている。

 そこには喉をからして叫んでいる、かつてのライバルの隻眼の男がいた。


「これで俺の4勝0敗」


 その脂ぎった顔に笑みが浮かぶ。

 この男の名前はイジンという。


 元はリラシス王国『西の禁軍』の部隊に属し、小隊長も務めたことがある実力派のこの男こそ、現在の第一国防学園の実技系教師。

 第一学園出場者の総監督でもあった。


「お前たちに出番はなさそうだぞ」


 ハメ技が成立したのを見てとったイジンは控えの生徒を振り返り、そんな事を言ってみせた。


 大将の女生徒ふたりはクスリとも笑わない。


 だがイジンはそんなことは別にどうでもよかった。

 ここにおいて優越に浸ることが、彼には重要だったのだ。


「生徒がゴミならお前の指導もゴミだ。ゴクドゥーよ」


 イジンがこらえきれずに笑い声を漏らし始めた。


 笑い声はどこか虚しく、待機スペースに反響している。

 その笑いに付き添う者がいないためである。


 生徒たちの誰も、この男と会話したいと思う者はいなかった。

 生徒がいなければ教師が社交辞令で一緒に笑えばいいのだが、この第一学園の待機スペースには他の教師は一人もいなかった。




 ◇◇◇




「1,2,3……」


 カウントが淡々と始まる。


「くそっ、準備しておけ」


 フユナ先輩が苦々しい顔のまま、立ち上がる。


 いうまでもない。

 ヘノッホさんとシェーンさんはタイミングよく放たれた〈眠りの闇雲スリープクラウド〉にかかり、何もできずに崩れ落ちたのだ。


 第一学園の観客席は圧巻の魔法に総立ちだ。


 僕は人知れず息を吐く。


「……9,10!」


 第三学園の観客席からは、再び声にならないため息が漏れた。


 午後の『バトル・アトランダム』が開始されて、たった数分。

 第三学園が残すのは、もはや最後の大将のみ。


「……フユナ」


「フユナ」


「フユナ! ……フユナ!」


 自然発生的に、第三学園の席からフユナコールが始まった。

 それはどんどん大きくなり、大合唱のようになった。


 そんな大声援を背負ったフユナ先輩は立ち上がると、背を向けたまま、僕に横顔を見せるようにして語りかける。


「サクヤ、頼みがある」


「はい」


「万が一、私が先に地面に転がったら、どんな手を使ってもいいから叩き起こしてくれ」


「………」


 先輩の、痛いほどの真剣さがひしひしと伝わってくる。


「私たちは何があろうと、みんなの期待に応えずに這いつくばるわけにはいかないぞ」


 フユナ先輩が観客席を顎で指し示す。


「そうですね」


 僕はフユナ先輩の横に並んだ。


「くそっフユナ、頼むぞ!」


 ゴクドゥー先生が声を震わせながら僕たちふたりの背中を痛いほどに叩いた。


「任せてください」


 フユナ先輩が、拳を突き上げて見せる。


「――必ず優勝する! みんな見ていてくれ!」


 その堂々とした言葉に、嫌な空気に満たされていた第三の観客席がどっと沸いた。




 ◇◇◇




 闘技場では第二学園の二番手が、同じようにエントランスから飛び出したところで眠らされ、退場となったところである。


 カルディエが待機スペースから身を乗りだし、目を細めて闘技場内を眺めている。


「早くも来ますわ。フユナが」


「……去年より厳しい状況におかれましたね」


 フィネスは白い脚を揃えて、用意された椅子に気品よく座っている。


 昨年、フユナが倒すべきペアは五つだった。

 大将のフユナが登場した際には第一学園はひとつ、第二学園は3つのペアを失っていたからだ。


 それでもフユナは怒濤の連破を見せ、第二学園を滅し、第一学園の大将たる自分を引きずり出した。


 もはや驚異というほかなかった。


 だが今回の敵の数はそれよりも圧倒的に多く、なんと第一学園は無傷の5ペア残し、第二学園は2ペア残しである。


「今回はさすがに難しいですわね」


「難しいでしょうか」


「あえて言うとすれば、パートナーの力量次第でしょうが」


 カルディエがちらりとフユナの隣に立つ存在に目を向ける。

 背が低く、取り立てて魅力のない少年。


 期待薄に見えたのか、カルディエはすぐに視線を逸らした。


「フィネス様のご期待もわかりますが、ヴェネット不在とはいえ、中堅のスリンダクまでにフユナは相当手負いとなるでしょう。その状態で副将のミーヤを倒せるとは思えませんわ。残念ながらフィネス様との手合わせは今年も叶わないかと」


「………」


 フィネスは第三学園のエントランスに目を向けながら、無意識に白いミニスカートの裾を握りしめていた。


「――ねぇフィネス、ずいぶんとあの金髪女に期待しているみたいだけど」


 茶色の髪をボーイッシュに刈り上げたつり目の女が、余裕に満ちた笑みを浮かべながら、二人の会話に割り込んできた。

 今話題に登った、4年生のミーヤだった。


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