第13話 クラス分け試験キタァ

 


 二日後に行われた第三国防学園の試験の集合場所は、その校舎だった。


 僕が泊まっていた宿からは、馬と歩きで一時間半くらいかかった。

 一面赤レンガ造りの学園は三階建てで広々としている。


 平民が多いらしい学園だそうだから、ボロを予想していたけれど、これはいい意味で裏切ってくれた。


 ヴィンテージな雰囲気で、なんだか好きだぞ。


 昼過ぎだったから、グレーのブレザー制服を着た生徒たちが屋上でワイワイ騒いでいる様子を目にして、リアルの高校の頃を思い出した。


 久しぶりで、ちょっと悪くないかも。


 校舎の中に入ると、樫の木のような香りが広がっている。

 初めての学校ってやっぱ、匂いから入るよね。


 そんな些細な異質さでちょっと緊張してしまうのは、若返ったせいかな。


 職員室らしい場所の前には、僕と同じくらいの年齢の男女が待っていた。

 どうやらふたりは、一緒に試験を受ける人たちみたいだ。

 ふたりとも僕より背が高い。


 国防学園は12歳から入学できるが、十代なら入れるので、一年生の歳は12歳から19歳とバラバラ。


 ちょうど僕がその二人の横に並んだ時だった。

 職員室の扉が、横にがらがらと開く。


「よく来たな新入りども。『近接実技1』と『近接総合実技』を担当するゴクドゥーだ」


 50歳くらいか、隻眼のリーゼントのおっさんが右手に木刀を持って近づいてきた。

 その顔には、左眼を斜めに横切るように剣の切り傷が残っている。


 やばそう。

 しかも木刀を常に持ち歩く意味が謎な件。


「……極道?」


「発音を間違えるな。ゴクドゥーだ」


「こんにちは。『薬草学』、『総合薬理学』を担当しているマチコよ。マチコ先生と呼んでね」


 隻眼おっさんの後ろには、腰までのピンク髪を緩やかに一本に縛った、タイトミニのお色気ムンムンな先生。

 年齢は25、26歳くらいかな。


「三人揃ってるな。よし、じゃあこちらについてこい」


 そう言って二人の先生はろうそくを持つと、職員室の隣の階段から、地下へと降りていく。

 ついていくと、僕たちの後ろから二人の上級生らしい男子生徒が明かりを持ってついてきた。


 たぶん僕たちの試験を手伝ってくれる人なのだろう。


(まだ降りるんだ)


 地下1階、2階と降りても終わらない。


 やがて階段は途中から石造りの螺旋階段に変わり、周囲もひんやりとした空気に包まれる。


 ろうそくに照らされる僕以外の新入生の顔が、やばいくらいに青白い。

 緊張MAXといった顔だ。


(なるほど、地下にダンジョンがあるのか)


 リンダーホーフ国防学園の入学試験は森に行ってゴブリン相手に実戦を行うものだとミエルたちから聞いていたが、ここは地下ダンジョンで腕試しをするのかな。


 僕は万が一にも【憤怒の石板】が発動しないように、3枚とも取り外してアイテムボックスにしまった。


 はたして、魔法の明かりに照らされた石造りのダンジョンの入口に到着すると、マチコ先生が置かれていた宝箱に合言葉を唱え、蓋を開ける。

 そこにはたくさんの武器が詰め込まれていた。


 ゴクドゥー先生がその武器を取り出し、僕たちの足元に並べた。


「よし、これからここに出現させる魔物を相手に実技を行ってもらう。ここに置いた武器を使ってもいいし、自前のものを出してもいい。さっさと選べ」


「えっ……筆記試験って聞いてたのに……」


 女生徒が不満そうに言った。


「馬鹿者。冒険者を志す者は、魔物との戦いを避けることはできん。しっかりと相対し、お前たちの実力をすべて披露してみろ。どうせ入学は確定しているのだ」


 聞けばコレは入学後のクラス分けに使うらしかった。


「お前からだ」


 ゴクドゥーが女生徒を木刀で指す。


「やだ……! こんな怖いのなんて持てない……!」


 女生徒はイヤイヤするように首を振り、武器も拾わずにしゃがみこんで泣き出した。


「………」


 先生たちがやれやれといった様子で顔を見合わせる。


 きっとこの子は望まずにここに来たのだろう。

 その身なりから、そこそこ裕福そうに見える。


 今まで何不自由なく育てられたら、こんな反応が普通だよな。


「ちっ! 仕方のないやつめ……次、お前だ」


「よーし、俺か」


 僕の隣りにいた男子生徒は早々に広刃の剣ブロードソードを掴み、力強く構えた。

 だが握り方からなってないのが、心配だ。


「いいか、これからひとつ先の部屋に行く。魔物が出るが、一旦排除するから待っていろ」


「わかった。任せろ」


 ゴクドゥー先生の言葉に、生徒がタメ語で応じ、足取り軽く進んでいく。

 マチコ先生と手伝いの上級生が眉をひそめながらも、その後をついていく。


「ギッギッ」


 1つ目の部屋に入ると、そこには十数匹のゴブリンが湧いていた。


 ゴブリンは説明するまでもないだろうが、12歳くらいになった僕よりちょっと背が低い、しわがれた魔物だ。

 その手には錆びた小剣を持ち、威嚇するようにこちらに切っ先を向けている。


 人型の魔物の中では最弱に位置すると言っていい。

 討伐ランクは【二等兵】だ。


 しかしゴクドゥー先生と上級生が武器を取り出すと、そこにいたゴブリンをあっさりと一掃してしまった。


 ありゃ、全部倒しちゃったけどいいのかな。


 疑問に思っていると、ゴクドゥー先生が何もいなくなった部屋の中央で、懐から水晶のようなものを取り出し、発動させた。

 とたんにゴクドゥー先生の前に、水色の魔物が一体現れる。


 僕らと同じ背丈くらいの、顔を書いて膨らました風船のような魔物だ。

 べろーん、と赤い舌を出し、足元は球形の花瓶のようなもので固定され、置いた位置から動かない。


 こんなのは僕も見たことがなかったが、古代王国期に作られた古代遺物アーティファクトのひとつなのかもしれないな。


「こいつに好きなだけ攻撃を仕掛けろ。その戦い方でお前たちを評価する」


 てっきりゴブリンと戦うのだと思っていたが、違った。


 練習用なんだな。

 たしかに本物の魔物よりは安全か。


 上級生の生徒は部屋の出入り口を見張り、他の部屋から魔物が入ってこないか観察してくれている。


「へぇ、おもしれー! じゃあいくぜ、うらあぁぁ!」」


 ゴクドゥー先生の指示通り、男子生徒が中央を狙って斬りかかった。


 振り下ろされる広刃の剣ブロードソード


 しかし試験生徒の剣は、魔物に当たるも、ぼぃーん、と跳ね返される。


「あひぃ!?」


 生徒が尻餅をつく。


(なるほど)


 剣を腕だけで振り回していると、あんなふうに跳ね返されるというわけか。

 体重をのせ、きちんと腰も入れた斬撃を練習するためのアイテムなのかも。


「こなくそっ!」


 男子生徒が立ち上がり、剣を振り回して魔物を滅多打ちにする。

 しかし剣はその都度ぼぃーん、ぼぃーんと跳ね返され、全く切り裂くことができない。


「くそ、どうなってるんだ!」


 十数回と繰り返したところで、風船の魔物が反撃に出た。

 舌を伸ばし、生徒の顔をぴしゃりと叩いたのだ。


「ひっ!?」


 それだけで戦慄したのか、男子生徒が尻餅をついた。

 風船の魔物はさらにぐぐーっと身体を膨らませて大きくなり、男子生徒を驚かす。


「――うわぁぁ!?」


 ぎょっとした男子生徒が真っ青になり、漏らした。


「ここまでだな。まぁ、元気がよくて良かったぞ」


 ゴクドゥー先生が膨らんだ魔物の後ろに立ち、なにやら操作する。

 すぐに風船の魔物は小さくなり、さっきと同じ大きさに戻った。


 マチコ先生が駆け寄り、漏らした男子生徒に、にこやかに【着替え】を手渡す。


 白の紙パンツだ。

【着替え】と呼んでいいのか。


「さて、最後の奴。勝手はわかったな? 武器を拾ってこっちにこい」


「ほい」


 失禁男子の広刃の剣ブロードソードを借り、すたすたと歩きながら考える。


 さて、どうするよこれ。


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