第12話 やっべぇこれ!

 

 この森は外から見て想像していた通り、じっとりとした空気を閉じ込めている。

 届く日差しは木漏れ日と表現すべきものばかりで、木々が深く生い茂り、全く入らない場所もある。


 一人になったのを確認した僕は、仕舞っておいた六角形の石板を3つ、それぞれ右肩、左肩、胸の真ん中につける。


 実は僕には今、3つの大悪魔が従っている。


 そのうちのひとつは知っての通り、『ソロモン72柱』の一柱、煉獄の巫女アシュタルテ

 僕が最も頼りにしている大悪魔だ。


 残る二枚の石板には僕と煉獄の巫女アシュタルテに敗北し、従属を選んだ者が宿っている。


「いやー楽しみ楽しみ」


 剣を抜きながら、高揚する自分を隠せない。

 さっそくここで魔物と戦って、反撃するとか言う【憤怒の石板】の効果を確かめてみたい。


 なお、僕が持っている剣は魔人将アークデーモンから奪った名もなき片手半剣バスタードソードである。

 随所に刃こぼれがあるが、まだ当面は使えるものだ。


「おっ」


 などと考えていると、正面から魔物がやってくるのが見えた。

 のっしのっし、と闊歩してやってくるのは、3メートル弱の太った人型の魔物。

 その数、3体。


 トロルだ。


 巨大な棍棒を片手に持ち、基本は単体で行動する魔物で、群れるのは珍しい。


 動きの遅い動物や、稀に熊なんかとも格闘し、倒してそれを食する様子も観察されている。

 一般的な森の中の生態系では上位に位置する魔物で、国防学園が定めるこいつの討伐ランクは【軍曹】。


 【軍曹】ランクの冒険者が6人程度のパーティを作れば、ほぼ安全に戦えることを意味している。


「群れ……そうか」


 なるほど、先程の少女はこの群れるトロルを警戒して注意を呼びかけてくれたのかも。


「グフッ」


 奴らは僕を見つけるや、奇声を上げてドスドスと走り寄ってくる。

 格好の獲物を見つけた、といったところらしい。


「ちょうどいいや。こいつで――あれ?」


 試そうかなと思った刹那、頭上から何かが飛びかかってくる絵が脳裏に描かれた。


【第六感】の感知のようだ。

 次の瞬間、それが現実になった。


「ゴブッ!?」


 トロルたちがぎょっとして上を見る。

 そんな間にも、一体が引き裂かれる。


「ありゃー……」


 すぐに眼の前が惨状に変わった。


 トロルの群れに上から襲いかかったのは、青色に赤がところどころ入った巨鳥。

 翼を広げると4メートル以上はありそうな大きな魔物。


 森の王者たるフォレストキング巨鳥コンドルだ。


「クェェッ!」


「グヒュッ」


 トロルは丸太のような腕を振り回し、必死に抵抗するが、上から自在に襲いかかる巨鳥を捉えるにはあまりに愚鈍だった。

 無残に爪で引き裂かれ、やられていく。


 トロル三体にも恐れずに襲いかかることからもわかるように、森の王者たるフォレストキング巨鳥コンドルは森の食物連鎖ではほぼ頂点に位置する強大な魔物だ。


 自然崇拝者ドルイドたちに「森の主」として崇められている地域もある。


 国防学園が認定するこの巨鳥の討伐ランクは【少尉】。

 トロルの【軍曹】の3つも上になる。


 強さをわかりやすく説明すると、学園の教師たちが【少尉】の2つ下の【曹長】と考えていいので、教師たちの6人パーティでも勝てるかどうかわからないと言った相手だ。


「――クェェェェ……!」


 3体のトロルを動かぬ骸とすると、そいつが口元を血で濡らしたまま、僕に向き直った。

 もはや言うまでもなく、この獰猛な巨鳥が僕を見逃してくれるはずもない。


 僕は小さく笑った。


 以前の僕なら、厳しい相手だったに違いない。

 しかし、今は違う。


「まぁ強いぐらいでいいよね」


 僕は剣を鞘にしまい、買ったばかりの衣服の上を脱いでシャツだけになった。

 新しい効果【憤怒の石板】は反撃カウンターだから、まずは敵からの一撃を受けてみよう。


「――クェッ!」


 森の王者たるフォレストキング巨鳥コンドルが翼を広げ、尖った嘴で僕を威嚇する。


 〈戦闘を感知しました〉


「……は?」


 キン、という音とともに、僕の中でアナウンスが始まる。



 〈【認知加速】が発動しました〉

 〈【明鏡止水】が発動しました〉

 〈【闇夜を這いずる魔】が発動しました〉

 〈【悪魔の数式《ティラデマドリエ変換》】が発動しました〉

 〈【捕喰者のディレンマ】が発動しました〉

 〈【回廊からギャラリアの帰還者サヴァイバー】が発動しました〉



 ふいに訪れた、何かがみなぎる感覚。


「な、何ですかこれは……」


 言いながら気づく。


 そう言えばスキル【悪魔の付与Lv1】、【悪魔の付与Lv2】を取得したのだった。

 なるほど、これは石板使役している3体の大悪魔から戦闘開始時に与えられる加護ということか。


「すごい……!」


 一番最初に発動した【認知加速】ははっきりと体感できた。

 あからさまに違うのだ。

 自分のまわりを流れていく出来事の速さが。


 そして、【闇夜を這いずる魔】もきっとこの効果のことだろう。

 森の中の暗くなった部分が急に見通せるようになったからだ。


 けど他は何がどう作用しているのか……。


【明鏡止水】? 

【悪魔の数式】? 

【捕喰者のディレンマ】?


 そして……【回廊からギャラリアの帰還者サヴァイバー】?


「クエェェ!」


 そんなふうに考え込んでいる僕の隙をついたり、とばかりに、森の王者たるフォレストキング巨鳥コンドルが飛びかかってきて嘴で僕を引き裂こうとする。

 認知加速をもらった僕にとって、その動きはコマ送りだ。


 届く前に、スクワット3回はできそうである。もちろんしないが。


 それでも躱さず、やってきた巨鳥の攻撃を、微塵も動かずに身に受けてみる。

 ちなみに今はまだ煉獄の巫女アシュタルテを喚んでいないので、ダメージの身代わりはない。


 巨鳥は僕の右肩にがぶりときた。


「うん、痒いくらいだ」


 森の王者たるフォレストキング巨鳥コンドルはその硬さに驚いたかのように、すぐ離れ去る。

 シャツに穴があいたが、出血はしていない。


 魔界に挑む前の僕なら右腕が動かなくなるかもと危惧するほどの一撃だったのだが、なにか蚊に刺されたのと大差ない感じだ。


 そして、次の瞬間。


「ゴアァァ――!」


「………」


「アァァオオォォォ……!」


 地獄の底から響くような、呻き声。


 〈【ソロモン七十二柱】博識なる呪殺者グラシャ・ラボラスが怒りました。反撃を開始します 〉

 〈【ソロモン七十二柱】煉獄の巫女アシュタルテが怒りました。反撃を開始します〉

 〈【七つの大罪】気高き蠅の王バアル・ゼブブが怒りました。反撃を開始します〉


「うお、キター」


 3つの石板に、それぞれ別の顔が現れる。

 ひとつは竜の顔、ひとつは美しい女性の顔、そしてもうひとつは、牙を剥く蟲のそれ。


 そう、こいつらが僕の従えた大悪魔たちだ。


「κλήσηδαίμονας καθυστέρηση……」


「απόγευμα αιώναςέκρηξη ἔκρηξις……」


「Κρυστάλλινα νερά ακάθαρτος……」


 始まる3つの、悪魔言語詠唱。


「……やっべぇこれ」


 40秒近くかかる喚び出し詠唱をすっ飛ばして、3体同時に出現させるとか。


 ――ブオオォォォ!


「クエェェェ!?」


 最初に炸裂したのは、燃え上がる炎。 


 森の王者たるフォレストキング巨鳥コンドルが、地面から吹き上げる猛烈な炎に焼かれる。

 さながら地獄の釜の蓋を開けたような、壮絶な吹き上げ。


 博識なる呪殺者グラシャ・ラボラスによる獄炎の魔法 、〈終焉の劫火ラストインフェルノ〉だ。

 この一撃で巨鳥は消し炭になり、間違いなく息絶えていた。


 しかし攻撃は続く。


 次は空から降ってくる5つの光り輝く剣。

 それが雪の結晶を作るように、炭になった森の王者たるフォレストキング巨鳥コンドルに次々と突き刺さった。


 頼もしいこの攻撃は、言うまでもない。

 煉獄の巫女アシュタルテによる〈堕天使の烙印ルシフェルズブランド〉。


 最後に不気味な羽音を立てて、輝剣が刺さったままの亡骸に群がる、大量の不気味な蠅。

 もはやただの炭でしかない魔物を蝿たちが食い漁る。


 気高き蠅の王バアル・ゼブブによる、〈只の喰い尽くし〉だ。


「うへぇ……」


 残ったのは白い骨だけ。

 森の王者たるフォレストキング巨鳥コンドルに倒されたトロルまで骨になっている件。


 しかし、それで終わりではなかった。


 ――ジュゥゥウ。


 もはや骨だけになった存在に、赤い熱線が十字を描いて刻まれる。

 

 〈発動失敗 上位追撃【呪殺者の呪い】 敵はすでに死亡しています〉


 ――ドォォン。


 さらに骨だけの存在に、空から巨大剣ジャイアントソードが降ってくる。


 〈発動失敗 上位追撃【天女の復讐】 敵はすでに死亡しています〉


 骨だけの存在に、再び群がる真っ黒な蝿たち。


 〈発動失敗 上位追撃【蠅の王の舌】 敵はすでに死亡しています〉


「な、なりほど……」


 今の三つは石板の悪魔たちによる【悪魔の追撃セカンドアタック】か。

 僕は2段階目まで取得しているので、上位追撃になっているらしい。


 〈死亡を確認しました〉


 本当に終わったかと思いきや、まだ終わっていない。


 〈【自動死体生命力吸収オートコープスライフドレイン】が発動します〉

 〈【自動死体魔力吸収オートコープスエナジードレイン】が発動します〉

 〈【自動死体生命力吸収オートコープスライフドレイン残酷インヒューマン】が発動します〉


 自動回復する、僕の生命力、魔力。

 いや、3しか減っていないし。


「これが、【憤怒の石板】……」


 僕がダメージを受けることで自動発動し、すべてが勝手に進む。

 その間、僕は他の行動を取ることすら許されてしまうという。


 どうやったら僕、死ぬのっていうレベルだ。


「あーあ、骨だけになっちった」


 ちょっと肉身を期待していた僕は、少々がっくりしながらも、ドロップの銀貨26枚を拾う。


 魔物と戦う事自体はお金になる。

 魔物自体が落とすドロップもさることながら、国防学園に討伐依頼が出ていたり、その肉や皮が取引されていたりするからだ。


 ちなみに魔物か動物かの線引きは、人に害をなすかどうかで決められている。

 だから、この世界ではクマは魔物扱いだよ。


「これだけでも拾っておこうかな」


 骨の他に、硬い嘴の部分が蝿に喰われずに残っていた。

 もし討伐依頼が出ていたら、これでお金になるかも。


 でもまぁ、ここに来た甲斐はあった。

 手に入れた【憤怒の石板】がどれだけ強いかは、十分すぎるほどにわかったよ。

 というより、手に入れた従者が強すぎるといったほうが正しいね。


「すごすぎて、学園じゃ付けづらいな……」


 戦闘を感知してからだから、さすがに肩を叩かれたくらいでは発動しないだろうけれど、万が一学園内で発動したら大騒ぎだ。

 想像するだけで背筋が冷たくなる。


「でも……」


 寝ている最中とか、無防備状態で受ける不意打ちなんかに対しては実に頼もしい。


 実際、僕は勇者パーティに入った初期に暗殺者に狙われ、命を落としそうになった経験があった。


 学園だし、そんなことは万が一にもないだろうけど、護身用に夜だけは誰か一枚つけておこうかな。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る