第9話 なんでこんなに寝ちゃうの?
黒塗りの馬車を見送りながら考える。
「いやいや、ありえない」
まあ最後のはどうみても冗談でしょう。
会ったばかりだし。
誤解したくなるのは男の
俺はすっかり小さくなった馬車に背を向けて、歩き出す。
(それより、気づいてなかったな)
俺が勇者パーティの生き残りだとは悟られずに済んだようだ。
まあ当然か。
魔王に挑むという話になっても、称えられたのは勇者と聖女だけで、二人が連れた5人は名前すら公表されなかった。
シュバルツのやつが一昨年に国防学園博士過程を主席で卒業して多少有名だったくらいだ。
俺は最後の最後でパーティに加えられたおまけ。
もうひとり
まぁチカラモチャー感も満載で、好きだったけどさ。
関係ないけど船頭……いい響きだ。
「さて、この国からは出た方がいいよなぁ……」
アラービスが何を誤解しているのかわからないが、俺への嫌悪がハンパない。
魔王を討伐したアラービスはこの王国で成り上がることだろう。
国営にも一枚噛んでくるはずだ。
ならば、もはやこのリンダーホーフ王国に俺の居場所はない。
この後、『
俺、破戒僧にもなっちゃったから、あそこにも居場所ないしな。
うん。やめよう。
別に行きたくないわけじゃないよ。
「あんたねぇ! こんだけ不在にしといてあたしに挨拶にも来ないっての!? ざけんじゃないわよ!」
と怒鳴られるのが嫌なんじゃないんだ。
あの人もきっとわかってくれる。
見かけよりいい人だもの。
◇◇◇
王都を出た俺は馬で走って国境を目指したが、どうにも眠気が激しくて、そのまま道沿いにあったこじんまりとした宿に入った。
結構寝たのにな。
睡眠負債ってやつがまだ積もってるんかな。
「いらっしゃい。早いね」
快活そうな40代くらいの女将が入るなり声をかけてきた。
「疲れが溜まってるみたいで。部屋借りて寝てていいです?」
「いまからだと3銀貨はもらうけどいいかい」
「構いません。あと久しぶりに酒をやりたいんですが」
「エール酒なら2杯すぐ出せるけど。お前さん若いのに酒が好きなのかい」
女将がにまっと笑って、目尻にシワを寄せた。
いや25歳なんですけど。
まぁ眠いしスルーしよう。
「もらいたいです」
そう言った流れで、明るいうちから久々にエール酒を呑み、借りた宿のベッドでごろりと横になる。
「うーん、やはり酒はたまらん……」
ちょっと仮眠して、夕食をもらって、またエール酒を飲もう。
たまには人生、謳歌しなきゃな。
お腹が空いた気もしたので、持っていた魔界の回廊の桃を3つほど平らげた。
「ねみー……おやすみなさい」
……………… 。
…………… 。
……… 。
「マジか」
寝た次の瞬間起きたと思ったんだが、なんと朝になっていた。
寝る前のエール酒のせいで、膀胱が痛いほどにパンパンだよ、ちくしょう。
ちょっと笑っただけで漏れる。
みんな、今だけは頼むから何も言わないでくれ。
宿の一階におりて爆発物を処理していたら、普通に女将さんに会った。
ああ、ここ共用トイレだもんな。
「おはようお客さん。夕飯はいらなかったんだね。起きてくるかと思ってたんだけどさ」
「すいません、そのつもりだったんですが」
小の最中だが、できるだけ普通の応対を心がける。
なお、女将さんは全く気にしていない。
「別にいいさ。うちらのまかないになったからね。で、朝ごはんだね?」
「お願いします」
20銅貨の硬貨3枚を払い、女将が作った朝食をもらう。
野菜スープとスクランブルになった卵料理、そしてベーコン。
パンがちょっと硬いけど、現代の食事に近いものだった。
「ごちそうさまでした。……さて」
腹ごしらえを終え、生姜を溶かし込んだ茶を口にしながら思案する。
リンダーホーフ王国王都を出たまではいいが、かといって、あてのある場所があるわけでもない。
転生してからほとんどの時間をこの国で過ごしていたしなぁ。
「どの国に行こうかな」
楕円の形をしたこの大陸『エーゲ』には7つの国がある。
いや、正確には6つの国とひとつの亡国。
この7つの国はちょうど6つの花びらをもつ花の形をしている。
花びらを時計回りに見ていくと、一時の位置に昨日まで居たリンダーホーフ王国がある。
三時に剣の王国リラシス。
五時にイザヴェル連合王国。
七時にレイシーヴァ王国。
九時に滅びた国、亡国ミザリィ。
十一時にエルポーリア魔法帝国。
最後に、その6つの国に囲まれた中央に
まあ、国はその都度説明するから、全部覚えなくていいぞ。
「やっぱ剣の国リラシスかな」
俺はまだアイテムボックスに残っていた桃を取り出し、頬張った。
7つの国の中でも最も大きく、温暖な気候に恵まれるこの国は、財政的にも
幸い隣なので、長旅をせずに済むのもありがたい。
その広い国土には古代ダンジョンが多く隠されていると言われ、冒険者の数は最多。
人口も最大で、『国防学園』と呼ばれる冒険者育成学校は他国と比して最大規模と聞いている。
「どれ、リラシスで理想を成し遂げようか」
冒険者パーティに入って、手に入れたスキルでこっそりチカラモチャーとか、ムフフ……たまらん。
『中尉』ランクだとばれたら、軍に引っ張られてしまうかもしれないけど、いちいち面倒だから、できれば【異人化】しないで生きていきたいなぁ。
「ふぁ……」
しかし、起きたばかりだと言うのに、眠い。
12時間以上寝たと思うんだが、魔界での疲れが取り切れないのかな。
そういやベッドでぐっすり寝たのもすごく久しぶりだ。
朝食で満腹スイッチが入ったせいか、あくびが止まらなくなってしまった。
やばい、危機的なほどに眠い。
「また寝るのかい? 同じ部屋なら構わないけど……昼を過ぎたらもう一泊とってもらう形になるよ」
「それで構いません」
「起こさないから自分で起きといでよ」
女将さんに相談し、部屋を借り、ベッドに潜り込んだ。
◇◇◇
空腹で起きて、桃を食べて、また寝る。
朝だと気づき、延泊料金を払って、いろいろしてまた寝る。
そうやって料金を払い続けること、なんと1週間。
寝ても寝ても寝たりないとはいったいどういうわけだったのか。
だが1週間も経てば、さすがに食べても眠くならなくなった。
まあ、魔界での睡眠負債がこれぐらいだったのかもな。
服に袖を通して、一階に降りる。
なんだろう、袖も裾も余る。
俺が縮むわけがないから、寝ている間に服が伸びたということか。
変わった服だな。
「長々とすみませんでした」
「それはいいんだけどさ。なんだかお兄さん若々しくなったねぇ」
延泊料金を受け取った女将さんが俺を見て笑った。
「眠り続けて血色がよくなったんですかね」
「かもねぇ。少し分けてもらいたいくらいだよ。まいどあり」
「ありがとうございました」
女将に丁寧な礼をした俺は、宿を出て剣の国リラシスへと向かう。
「あれ、成長した?」
またがった馬がやけに大きく感じるのが不思議だ。
いつも乗っていた奴なのにな。
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