第10話 若返ってるしょコレ

 

 剣の国リラシス国境。

 馬を降りて、検問に並ぶ。


 晴天に恵まれたが、木々が禿げた山間はなんだか空気が乾燥している。

 鳥たちの鳴き声や草木の音がないのは、少々寂しい。


「あらら、かわいい坊やが一人旅?」


「へ? 俺?」


 25歳の青年をつかまえて坊やって、ひどくないか。


「ちょっと、こんな小さいのに俺とか言ってるー! かわいいー」


 国境警備の検問係のお姉さんが俺に微笑んでいる。

 何言ってるんだろ、この人。


「どこからきたの」


「リンダーホーフです」


「じゃあ王国許可証は持ってるわね」


「あ、これで」


 俺は持っていた【中尉】と書かれた王国許可証を取り出し、見せた。

 そこには俺の顔が写真のように魔法で刻まれて映し出されている。


 しかし、とたんにお姉さんの顔が険しくなる。


「……こら、こんな別人の許可証じゃダメよ」


「べ……別人?」


「キミ、どう見てもこんな歳じゃないでしょ? ああわかった。酔っぱらいから盗んだのね……今回は見逃してあげるけど、こんな悪いことをしてはダメよ」


 お姉さんは俺の許可証をどこかに仕舞ってしまった。


「許可証、返してもらえないんですか?」


「当たり前よ。本当は牢獄行きなのよ。カワイイから許してあげるけど。子供料金で75銀貨、いえ50銀貨払えるかしら? 許可証がないから入国管理料よ。まけといてあげる」


 ウィンクしてくるお姉さん。


 何言ってるんだろう、この人。

 しかも、なぜに子供料金?


 俺が半人前だとでも?


 しかし説明しても埒が明かない。


 面倒事に発展しそうだったので、俺は仕方なく金を支払った。

 どうやら許可証の画と、今の俺が看過できないほどに違うらしい。


「いい? まず国防学園の窓口へ言って自分の王国許可証を作るのよ? それからじゃないといろいろ面倒だからね」


 お姉さんは自身のサインを入れた仮の許可証をくれた。


「作るっていうか、さっきのは間違いなく俺の――」


「それからキミは、俺じゃなくて僕のほうが似合ってるわね。またね坊や。じゃあ次の人」


 話の途中でゲートが開放され、入国とあいなる。


「『僕』のほうがいいって……25歳の俺が?」


 落ちそうなほどに首を傾げていた。

 あのお姉さんの話をまとめると、どうやら俺は許可証よりも若返っているらしかった。


 もしかして背が低く感じるのは、そのせいか?

 そういえば宿屋の女将さんも、若々しくなったねぇと言っていた。


 そういやミエルも……。


 しかし若返るとか、そんなことがありえるのか?


「ふーむ」


 謎だが、こんなところで棒立ちして悩んでも仕方がない。

 お腹が空いたし、ひとまず街まで行ってなにか食べよう。


 そうだ、街で鏡でも見せてもらおうかな。




 ◇◇◇



 剣の国リラシス・王都母の地マンマ

 この王都では裁縫匠が集っており、彼らが作る下着類が有名だ。


 マンマ=シャツ。

 マンマ=パンツ。


 うん。下の方はちょっと心が抵抗するけど欲しいかな。


 検問も困難を予想していたが、国境でもらった仮の許可証であっさりと通過できた。


 どうやら国境警備のお姉さんのサインが効果的だったらしい。

 あの人、いい人だったんだ。


「やっぱり人が多いなぁ」


 馬車が行き交う昼の街中は賑わいを見せている。

 雑踏に入ると、耳の良さが少々気になって、意識をそらすことにした。


 街並みはリンダーホーフ王国王都と大差はなく、差と言えば馬車が通る脇の歩道に緑がふんだんに使われていることくらい。

 きっと同じ時期に基盤がつくられたんだろう。


 俺は歩道でオープンしている屋台で購入したホットドッグらしきものを食べ終えると(ジューシーで意外に美味しかった)、まず通りすがりの人の良さそうな方を選んで、自分が何歳に見えるか聞いてみた。


「うーん、11歳でしょ」


「12歳かな」


「いや、そう見せておいて15歳と老けている」


 そして驚きの結果。

 12歳くらい、というのが多数を占めた。


 みんなに揃って騙されている? などと若干妄想気味になりながら、衣服屋さんで下着類マンマパンツを買い揃えるついでに鏡を借りた。


「ぎゃふん」


 本当に若返っていた。

 そういえば、いつも生えてきていたひげも、いつの間にか無くなってしまっている。


 これは本当に12、3歳っぽい。


(いつからだろう)


 聖女ミエルもそんなことを口にしていた気もするが、アラービスなんかは普通に話しかけてきたから、まだそんなにひどくなかったのかもしれない。


 思い当たるのは一つ。

 寝ている最中に若返りが進行した説。


 なんとなくこれが正しい気がする。

 でもなんで寝るだけで?


「あ、もしかして」


 そこでぴん、とくるものがあった。

 もしかして、あの回廊の合間にあった桃を食べ続けたせい?


 あの桃、食べると元気が溢れて、からだの調子がすごく良くなった。

 食べるものも他になくて、ついつい大量に食べてしまっていたけど。


 あれを食べてたくさん寝るという合わせ技で、大きく若返るんじゃなかろうか。


 だとすれば、回廊の最中で若返りが進行しなかった理由も納得できる。

 俺は桃は食べていたものの、あまり眠らずに戦い続けていたからだ。


「とりあえず桃はやめよう……」


 まだ100個以上懐に在庫があるが、俺のアイテムボックス内は【アイテムボックス内時間遅延Lv3】のおかげで時間が極めてゆっくり進行するので、当面大丈夫だろう。


「『俺』もやめようかな」


 あのお姉さんに言われた通り、12歳相当なら一人称は僕にしておいたほうが当たり障りがなさそうだ。




 ◇◇◇




「まぁいいや」


 まぁいいやで済むはずがないが、若返ってしまったものは仕方がない。

 あとは開き直っていこう。


 考えようによっては、厨二からやり直しも悪くない。

 なにより、若返っても僕のやりたいことはできる。


「あった。あれだ」


 雑踏の中を国防学園の建物へと向かう。

 白い十字の旗がかかげられているのですぐわかる。


 さて、国防学園について説明しておこう。

 簡単に言うと、ラノベによくある冒険者ギルドと、軍人育成を合わせたようなものだ。


 過去、冒険者を志す若者たちがたいした教育も受けずに魔物に挑み、その若い命を散らすのを嘆いて、とある国の王が冒険者なりたての若者を学園に入れてまとめ、教師をつけて冒険者の心得と技術を教えることにしたのが、国防学園の始まりだ。


 集めたついでに、その中から優秀な若者をピックアップし、国防に誘うという、よく出来たシステムでもある。


 日々死と隣り合わせとなる冒険者を実際に志す者は住民の1割にも満たないが、後に述べる理由で国防学園には若者の三割ほどが入学すると言われている。


 学園は四年制で、若者は冒険者としての学問と実技を習い、それを修めると同時に地域から寄せられるクエストを教師つきでこなし、自身のランクをあげていくことになる。


 なお、ランクはクエストの成功以外にも、学園にいる間は試験で好成績を残すことで上げていくことも可能だ。


 ランクは下から順に【二等兵】、【一等兵】、【上等兵】、【兵長】、【伍長】、【軍曹】、【曹長】、【准尉】、【少尉】、【中尉】、【大尉】と進む。

【大尉】の上はほとんど見ることがないが、6つランクがあり【少佐】、【中佐】、【大佐】、【少将】、【中将】、そして一番上が【大将】になる。


 一方、冒険者となる者でも、学園に入らない例外の者が存在する。

 神に仕える僧侶や司祭たちだ。


 彼らは学園に入る代わりに自分の信仰する神の神殿で修行し、勤めを果たしてランクをもらう。


 だから、僕は学園には通っていない。

 ちなみにミエルは聖女だったので、神殿の務めの傍ら、学園に通っていたと聞いている。


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