インスタント・ラヴ
いずくかける
第1話
恋愛とは煽情的なサブカルチャーであると言えよう。
世に最年少で既存の記録を破り、天才スケート選手と呼ばれる人間がいる。
同様に天才棋士と呼ばれる人間が、天才卓球少女が、天才子役が、天才小説家が……この世には確かにいる。
――凡人は焦がれる。
焦がれ、夢見る。
アニメや漫画の主人公の様に最強でさえあれば
特殊な何かを身につけていたならば
宝くじが当たったなら
あるいはありとあらゆる才能を持ち生まれていたならば――
それが人の夢であり、理想というもの。
本来、人とは。
生涯をかけて、
永遠に感じる時間の中で、
ゆっくりと己の理想像を目指し歩いていく生き物。
故に、やはり恋愛とは煽情的だと言わざるを得ない。
種として繁栄を目指すならば、これほど効率の悪い感情はない。
いや、恋愛は感情ですらない。それどころか、俗にいう脳内物質の化学反応ですらもない。脳内に植え付けられたプロパガンダ。控えめに言うならこれこそ正しい。
男であるならば、雄であるならば、それ以上に思春期の男子高校生であるならば、ただただセックスすべきが本能であろう。告白、デート、恋愛? くだらない。そんなもの、感動を押し売りしたドラマか、頭の中がお花畑のおめでたい読者に向けた少女漫画の中にしか存在しない。
人間であるならば、いや、生き物であるならば。今すぐにでもレイプをしろ。強姦こそ正義である。感情、経緯、気持ち? くだらない。ペニスをヴァギナに突っ込め、そしてこすり合わせろ、中ですべて吐き出せ。終わったら間髪入れず何度も何度も犯し子を宿せ。腹が膨れたら次の女だ。世界中の女を蹂躙せしめられたし。
――まるで、その自販機は無垢な高二の亮に、そう、悪神の様に囁きかけているようだった。故に、彼は電話をかけた。唯一無二の親友、光一に向けてだった。相談と言うよりも、最後のSOSだったに違いない。
「……なんだ、おまえか。亮。どうした?」
「光一。見つけたよ。俺の――インスタントラヴ」
彼は光一から、人間の本能を満たすが為だけに存在し続ける、この悪魔的自販機を聞かされた。変哲のない自販機であるが、売るは缶ジュースではない。対価さえ払えば、購入者の底なしの性欲を満たすと言うではないか。
仮想的、非現実、本物。
三種それぞれ、表示された値段が違う。
仮想的 1000円
非現実 2000円
本物 5000円
「亮、よく聞けよ。その自販機は麻薬と同じだ。一度使ったらもう、日常の世界に満足できなくなるかもしれない。一生、快楽の中毒者になる恐れもある」
「わかってるよ光一。だけどな……、失恋の痛みってのはさ、時に時間ですら解決できないもんなんだぜ」
「止めはしないさ。男の決断だもんな。お前に覚悟があるならそれでいいんだ。それじゃあ、明日、感想聞かせてくれよ……」
電話を切った亮は財布を取り出した。
どうせならば『本物』を選びたいところであった。
自分を振ったあの女を指名する。泣き叫び、鼻を垂らして許しを請うまで、ボロ雑巾の様に突っ込んでやりたいところであった。当然未成年の亮には、法で許される行為ではない。だが、全てに嫌気が差した人間に、自制など利くはずもない。
しかし、たかが五千円と言えど、現役の高校生にはちと高い。
亮は千円札を二枚入れ、非現実のボタンを押そうとした。その時――
『ご購入ありがとうございます。あなたは、男性ですか?』
自販機から女性の声が流れた。
機械らしく無機質で、感情のまるでこもっていない、ただ金を稼ぐだけの声。
よく見ると購入ボタンの傍で、男性、女性のボタンが点滅している。
亮は男性ボタンを押す。光は点滅から点灯へ。
続けて非現実の扉を押した。
――ガタガタガタン!
取り出し口に商品が落ちる。
亮は手を伸ばす最中、人の気配を感じた。
振り向けば自分を振ったあの女が、セーラー服のスカートを揺らしながらこちらへと歩いてくるではないか。
慌てて彼は商品を取りだすと物陰へと隠れた。
幸い、向こうはこちらに気付いていないようだった。
17にして悪魔と取引を交わした亮。彼の姿が気付かれなかったのは、果たして幸運だったと言えるのだろうか。
「それにしたってあいつ……。なんでこんなところに?」
気になった亮は陰から彼女の姿を見た。そして目を疑う。
彼女は財布から五千円札を取り出しそのまま、あの自販機へと吸いこませたではないか。
慣れた手つきで、彼女は――本物のボタンを押した。
――ガタガタガタン!
商品取り出し口から、その黒く、たくましいものを取り出した彼女は「亮君には悪いけど……、もうこれくらい固くておっきいのじゃないとダメなのよね」と意地悪気に溢し去っていった。
亮は泣いた。
その雫は、手に持った『異次元! 非現実的ヒダヒダカップ!』を濡らした。
インスタント・ラヴ いずくかける @izukukakeru
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