1-20.次へ活かす為に



「そう言えば、僕らが迷ってしまうのはわかったんですが、シロ様は迷われないのですね。」

「やはりシロ様の御力有ってこそなのでしょう。」

「なるほど……あ、でも他の魔獣はどうなんでしょう?狩りが出来るという事は、彼らも森で迷う事は無いのでは?」

「そうですね……。」

「……案外、シロ様以外は皆迷ってて、この森では常に行き当りばったりな状態なのかもしれませんね。」

「ふふ、それは面白いですねアリー。」

「迷いの森の怖さが少し薄らぎますね。」

「じゅ、じゅうぶん怖いと、思います……。」

「エトはもう少しだけ気を抜いたほうが良いと思います。」


 ボクが内心で血の気の引く思いに襲われている間に、子供達が独自にディベートを開始していた。進行役はルーデリアで主にユーライカが相手がだが、落ち込んでいたアリーも混ざってなんだか楽しそうだ。

 それを聞いて思ったが、確かにボクは迷わない。他の魔獣のそう言った素振りも見なかったように思う。ならば惑わされるのはヒト種にだけなのだろうか。何故ヒトに限定されるのかはわからない。ファンタジーと言えばそれまでだが、どうにも意図的なものを感じざるを得ないのだ。物語にも登場し、本にも成っているのならそれなりに昔からこの状態は維持されてきたのだろう。森の一部に施された人工物は、それを回避する為に設けられたものなのかも知れないな。

 しかし、本当に困った。これじゃあ森歩きも糞も――。


――…………いや、待て。


 確かに子供達だけでの森歩きはほぼ不可能、と言うかボクが怖くてさせられないが、今回のようにボクが後ろをついて歩けば森に慣れさせる訓練は継続して行えるのではなかろうか。子供達には極力森へは立ち入らせず、入る時はボクが同行すれば目下の危険は無くなるだろう。やがてはこの辺りの魔獣より強くなるだろうし、そう悲観する事もないかもしれないな。


「よし、一先ずはこのまま探索を続けよか。」

「構わないのですか?」

「ああ。最終目標の独り歩きは遠のいたけど、今日の目標は一先ず森を知る事やから。今後も今日と同じ形で探索していく事になると思う。大変やと思うけど、皆気を引き締めてがんばってな。」

「はい!」


 皆真剣な顔で返事をしたが、幾つかの顔は少し別のベクトルで顔を曇らせているようだ。泣いた事も有って疲れが出てる子も居るだろう。張り切った矢先だが、このまま暫し休憩を取るのが良いかもしれない。


「取り敢えず、さっきの戦闘の疲れも有るやろうし、暫く休んでからにしよか。」

「はい、お気遣いありがとうございます。シロ様。」


 年齢の差か、まだ余裕のあるユーライカも子供達の様子が気になっていたのだろう。体力や持続力に難のあるルーデリア、気を張って必要以上に消耗しているエト、そして、先程の失敗を引け目に感じているのだろうアリー。このままの強行軍ではいずれ潰れてしまうのは明白だ。急ぐ必要もないのだから、休み休み歩いていけば良いのだ。

 取り敢えず、目下の懸案事項はアリーだろう。出来るだけ早く心のつかえを解消しないと、ストレスばかりが溜まっていく。ストレス、駄目、絶対。


「ユーライカ、これおやつ。ルーデリア、ほい。」


 ユーライカがベースで作っていた薄切りの干し肉バーをおやつ代わりに二人に渡す。ボクには必要のない物だが、これを持って魔獣蔓延る迷いの森を闊歩していれば臭いに惹かれた魔獣が涎を垂らしていちゃもんを付けてくるだろう事は自明の理。と言う訳で食品類もボクの”無限収納”にて持ち運びしている。

 ボクが干し肉を配っている所を目ざとく見つけ、期待の眼差しを向けてくる視線が二つ。やはり獣の血か、エトとクロが自前のしっぽを左右に揺らしている。手を突き出してこないのは奴隷としての教育の賜物か、はたまたユーライカお姉ちゃんの躾の成果か。


「んじゃ、ちょっと話しよか。アリー。」


 声を掛けるとアリーの肩がびくんと跳ねた。その大きな瞳には明らかな怯えが見える。それが叱られるだろう事への恐怖からか、心当たりがある故の罪悪感からかは分からないが心外である。別にボクにはアリーを叱りつけるつもりなど無いと言うのにまったく。


「……はい。」

「エトとクロも一緒にな。あ、二人はそっちで休憩してて。んじゃあ――。」


 ボクの言葉を聞いてか、座っていたユーライカとルーデリアが何事かと腰を上げたので諌め、言葉を続ける。


「――反省会するで。」

「反省会、ですか……?」


 アリーが大きな一つの目をぱちくりさせて言う。なんだかよくわかっていない風なエトとクロは干し肉を持っていないボクの手を未練がましそうに見ていた。


「そう。さっきの戦闘で悪かった所を話し合って、次に活かす為の話し合いや。」

「次に、活かす……。」

「アリーよ、別に失敗は悪い事やないで。悪いってのは失敗に学ばず放置して、同じ失敗を繰り返したりより酷い間違いを犯す事や。自分の失敗を認めて次に活かす為の反省会や。」

「……シロ様。」

「ほら二人共そこ座り。……んじゃあ、始めよか。」



◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇



 再び歩き出して二時間弱。

 休憩中の話し合いで一先ず森での訓練は継続する事と改めて決まった。子供達は好きに森を歩き、ボクはその後を警戒しながら進むのだ。午前中と違うのは目的地が定まっていないという点だけ。17時までこれを続けて、最後はボクの背に乗って帰還というのが今決まっている流れだ。初日だし無理は禁物、適宜中断も想定している。

 そんなこんなであれから数度の戦闘を行い、消耗すれば休みを繰り返しているのだった。これまでに遭遇した魔獣に新しいものはなく、アルヴィエール狼、一角兎、太鼠に打撃兎一体。アルヴィエール邪悪烏にニアミスしたくらいだ。やはり戦闘には危な気が拭えなかったが、戦闘を繰り返す内どんどん増しになっていった。流石は子供の吸収力だ。よくスポンジに例えられるけれど、近くで見てると確かに、と思い知らされる程だ。これが子供全般に言える事か、はたまたこの子達が特別優秀なのかは分からないが。体力面が心配だったが、そのレベル故か休憩を挟みつつだった為か、何とかなっている様だった。


「……ん?」


 ボクはそんな彼らの後方10メートル前後を付かず離れず進みながら、定期的に”探査サーチ”のスキルを使って居る。これまでも行動の際は必ず行ってきた事だが、いくら歩き慣れた森だからといってもボクはまだ世界を、ましてやこの森の事ですら殆ど知っているとは言えない。どんな脅威がどこに潜んでいるか分からないのだ。そう、あの女の様な、自分では敵わない圧倒的驚異――。

 思い出すだけで寒気が襲ってくる。そんな驚異に身構える為の行動だが、実の所敵対生物を見つけるだけなら”探査”は必要ない。何かに敵対心を持っている個体はミニマップに赤い光点として表示されるし、そうでなくても生命体ならば別の色で表示されるのがデフォルトだ。全ての生命体が表示されるが、害にならないだろう虫や小動物はオフにしている。”探査”スキルはあくまでそれ以外の脅威に対する予防線なのだ。当然使用にはMPを消費するけれど、次使うタイミングには”自動回復”スキルが回復してくれているので特に不便はない。


 そんな注意を払っているボクがミニマップで気付いた物。LV2のミニマップの表示範囲は自分を中心に半径25メートルの50メートルで、北東10メートル前後の位置に子供達を表す五つの光点が有りその更に北東、ミニマップの外枠スレスレの位置にオレンジ光点が不思議な軌道でちらちらと見え隠れしていたのだ。

 動きの素早いアルヴィエール狼が暴れているのかと思ったが、未だ木々生い茂るこの森で弧を描く様な軌道は奴らでは出来ないだろうと一蹴する。こういう軌道を取れるのは、例えば空を飛ぶ事の出来るタイプの魔獣だろうか。それだけなら、子供達への危険度がある程度増したとしても変に思う事はなかっただろう。けれど、問題はその数だ。

 光点の動き方から言って、同系の魔獣が数匹居るらしい事が察せられたのだ。おまけに、光点が映っては消える間の表示からは詳細が何も読み取れなかった。これはボクが未遭遇の種類の生き物である事を示している。つまりはボクが知らない相手で、唯でさえ厄介な飛行系魔獣が多数子供達の進路側に居るという事。絶賛蛇行中の子供達が必ずエンカウントするとは言えないが、もしもの場合下手をすれば彼女らの命に関わるかもしれない。

 一度合流して一行を制止、ボク単騎で確認しに行くべきだろう。幸い周囲には子供達にちょっかいを出しそうな魔獣の存在は見られないので、今の内に距離を詰めて合流してしまおう。




「皆、動かないで下さい。……やっ!」


 子供達の下までやってくるとユーライカが他の子を言葉で制し、上方に向かって長剣を切り上げていた。目的を果たしたのか、ふぅと息を吐く。


「何しとん。」

「シロ様っ。」


 歓迎してくれた子供達の顔には疲れの色が見えていたが、それでもどこか晴れやかにも見えた。ここ数時間の自分達の功績に高揚しているのだろう。


「シロ様。蜂が出たので退治していたのです。蜂は刺すので……。」

「ユーライカ凄いんですよ!あんなに小さな虫を剣で切るなんて。」

「すごいです!」

「み、みんな……。」

「へえ凄いやん!達人か!」

「シロ様っ。そ、そんな……。」


 ユーライカが褒められて頬を赤らめる。珍しく口角も上がり気味だ。

 ……いやほんと、凄くない?ほんと達人級だよね?だって飛んでる蜂を切るなんて普通できないよね?いつの間にそんな域に……。狼のようなでかい獣を倒せるのも単純に考えれば凄いんだが、小さい上に軽くて不規則的に飛んでる虫の方が凄いよね?思わぬ所で彼女の凄さを再認識させられたが、今はそんな場合じゃなかったな。


「ああ、そうそう。ちょっと進むの止めな。」

「かしこまりました。」

「休憩かな?」

「ただの休憩ならシロ様が合流する意味は薄いから、他に何かあったんじゃないかな?」

「確かにそうね。」


 いつの間にか子供達の間も縮まっている様子だ。これまでは子供達同士でも敬語、というか丁寧語でのやり取りをしていたのに、今では多少砕けている。短い時間だけど、お互いの心の距離を縮めるには十分だって事かもしれない。アリーもすっかり元気を取り戻したようで、明るい顔をしている。反省会で二人に謝罪して、話し合った事がプラスに働いたのだろう。このまま良い調子が続くと良いと思う。


「ちょっと先の方によく分からん魔獣が何体か居るみたいやから、先に様子見てくるわ。」

「えっと、シロ様でもご存じない相手なんですか?」

「うん。数もこれまでの比じゃないし、このまま進むと危険やと思う。」


 この位置まで来るとミニマップにも奴らの光点がはっきり映る。少なくとも四・五体、場合に拠ってはもっと居るだろう事が映っている光点から見て取れた。もしこれが一個団だった場合、ボクでも未知の領域だ。これほど多くの魔獣を一度に相手にした事はない。気を引き締めなければ。


「私どもはいかが致しましょう?」

「うーん、取り敢えずここで休憩してて。危なそうなら引き返してくるから。」

「かしこまりました。」


 子供達に”無限収納”から水を出してやり、ボクはその場を離れ赤い光点へ向かう。ちなみに水、とは普段使っている比較的綺麗な鍋に川の水を汲んで収納しておいた物だ。


 一番近い光点なら、無遠慮に進んでいれば気づかれる位置だろう事もあって諸々のスキルの力を借りて静かに進む。その内、次第にぶうんと聞き慣れた羽音が耳に届き始めた。音を目で追って、その正体が小さな蜂であるのが目に入る。小さな、と言ってもその見かけはスズメバチのようだ。そこで気づいたが、良く辺りを見回すと他にも数匹周りを飛んでいる様だ。この小さな蜂の小さな針や顎が今のボクの皮膚を貫けるとは思えないが、どうも本能的に恐怖心が小さく湧いてくる。魔獣を相手にするのとは訳が違うが、近くに巣でも有るのだろうか。そうなら、あそこで子供達を止めたのも英断だっただろう。

 蜂を気にしつつ先に進む。進むに連れ、目を覆いたくなる様子がミニマップに映し出されていた。


――なんじゃこりゃ……。


 そこには奥に行けば行くほど赤い光点が続き、数が増えていく。最大表示のミニマップでは正確な数が判別不能な程赤く蠢いている。やがてそれは一つの大きな塊を形作っていった。どうやら真っ赤の中心から放射状に分布しているらしい。と言ってもそれらの範囲も五メートルが精々と言った所だろうが。


――これはもしかして、何かの巣か……?


 多数の魔獣が寄り集まっていて、中心部が移動していない事から当たりを付ける。しかし、不可解な事が一つ。


――こんなとこにそんなもん有ったか……?


 そう、この辺りは殆ど踏破済みのエリアだ。その事は周辺地形が既にワールドマップに表示されている事からも明らかだ。以前来た時にはこんな集団は居なかった筈で、一体どこからこの魔獣達がやってきたのか疑問が残る。まあしかし、考えても分かる筈もない、と歩みを進め、ついに魔獣の正体を視界に捉えた。


「げっ……。」


 思わず不満が”腹話術”を吐いたが、大きさはアルヴィエール狼程有るだろうか。黄色と黒のボディカラーが目に痛く、がちがちと音を立てている顎。耳障りな羽音、木の枝のような脚、大きく乱反射している二枚の瞳、そしてでっぷりと膨れた腹から生える鋭いだろう針。そこに居たのは巨大な蜂だった。

 根源的な恐怖心から来る不快感で一杯に成ってしまう程の蜂感、それが視界内だけで三、いや四体は居るのだからたまったものじゃない。キモイ。


――定番っちゃ定番のモンスターやけどさぁ……嫌やわぁ。


 さてどうする。個人的には放置して帰りたい所だけれど、これを放置して本当に大丈夫なのだろうか。こんなにでかい蜂の大群、ミニマップから察するにこの塊は巨大蜂の巣だろうこれらを放置して、これ以上生息域を広げられないとは言い切れない。むしろ、以前見なかった場所にこうして居着いているのだとしたら、今後もどんどん精力を拡大する可能性の方が高いだろう。牽いてはボクや子供達の驚異に成るのは目に見えている。

 ミニマップを拡大表示にして、可能な限りの全体数を見てみる。大半は中央に居るが、やっぱり判別し辛い。


――ナビィこれ、数分かる?

《肯定。ミニマップ内の魔獣の数は36体。》


 さ、さんじゅうろく……。それはそれは。どうしたものか。おっと、そう言えばショックの余り”鑑定”していなかったな。

 あの巨大蜂の名前は”罪深い兵蜂シンフルソルジャーホーネット”。レベルは31~34とばらけている。ステータスの数値的には何とか成りそうな感じだが、問題は数だろう。こう言う昆虫なんかはお互いがネットワークで繋がっている説も有った気がする。一体倒したら他が群がって来るなんて絵面を想像するだけで怖気が止まらない。しかし放置する事も出来ない以上、やるしか無いだろう。幸い子供達とは距離があるので巻き込む事もないだろう。息を大きく吸って、静かに吐き出した。久しぶりの死の可能性に嫌が負うにも震える。


――……っ。さぁ、やるべ。

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