1-19.迷いの森



「固まって!背中を見せないように立ち回るのです!」

「は、はい!」

「もう一体はどこぉ!?」

「そこ。」

「あわ、あわわわ……。」

「落ち着きなさい!」


 そろりと近付いて子供達の様子を窺うと遠目では丁度交戦中の様子が見て取れたが、どうも混乱の様相を呈している。平地では三体同時でも余裕を持って対処できていた子供達でも、視線を遮られ障害物が乱立する暗い森の中では当然の事ながら勝手が違うのだろう。森というアウェーの洗礼を子供達は今一身に受けている。

 直ぐにでも飛び出して助けてやりたいが、それはしない。多少の怪我をしようと、この場所で生きていく為には必要な事だ。もちろん大きな怪我や、ましてや命の危険があると思われる場合には問答無用で飛び出す所存では有るが。


「――っこの!」


 はらはらと戦況を見守っていると、痺れを切らしたのかアリーが一団から飛び出した。側に居たエトがそれに驚いたように悲鳴を上げる。別の場所ではユーライカがもう一体のアルヴィエール狼に何とか一撃与え、瞬間動きの止まった所を決死の勢いでルーデリアが飛び掛かっている所でアリーの方を見る余裕は無い。

 慣れない森で単独行動する事が愚の骨頂で有る事はアリー本人も分かっているだろう。事前の注意事項の中でも言って聞かせたので、頭の良いアリーが覚えていないはずはないのだが、如何せん慣れない場所での戦闘、それも混乱の中においては冷静さを欠いてしまうのも分かる。ましてや彼女の戦闘経験は浅く、そもそも荒事への経験値も低いだろうから仕方の無い事だ。だが、命の奪い合いの最中にそれ・・は致命的だ。だからエトも驚き声を上げたのだろう。しかし彼女を止めるために身体は動かない。これも経験の無さに拠る判断の遅さからだ。荒事に多少の経験のあるユーライカやその側でナイフを振るっているルーデリアもこの致命的な状況に気付かない。対処できたのは一人だけ。


「だめっ!」


 飛び出したアリーが三歩目を踏んだ時、その背中に全身で飛びつき押し倒して強引に止めたのはクロだった。突然後方からの衝撃と土の上に叩きつけられたアリーは小さく悲鳴を上げ、数瞬の後自分に何が起こった悟ったアリーは背中に張り付いているクロの顔を肩越しに見上げ語気を荒げて叫ぶ。


「何するの!」

「はなれちゃだめ!」


 しかしそれ以上の剣幕でクロが一喝した。クロがあんなに声を張り上げるのを初めて聞いた。次の瞬間、アリーが言われた事の意味を察せず放心する僅かに構わずクロがその背中から前方へ飛び出した。

 クロの視線のその先には、目の前の獲物が突然地面に伏した事を好機と捉え、喰らいつかんと掛けるアルヴィエール狼が居た。狙った獲物の背中から飛び出した別の獲物に驚いて僅かに身体を硬直させる魔獣。その身体にクロが背中から突っ込んだ。

 それはクロにとっても咄嗟の行動だったようで、アリーを止める為自分のナイフを手放していた彼女は、肩からかけている目の前の魔獣と同じ毛皮を盾に使う為、頭を下げ体勢を変えてぶつかったのだった。

 ぎゃぅんと悲鳴を上げ飛んできたクロと縺れ地を転がったアルヴィエール狼がなんとか体勢を立て直した頃には、その目前まで迫ったエトのナイフが肋骨を砕いて心臓を抉った。アリーの背中から飛び出したクロが魔獣を弾き飛ばした辺りで我に返ったエトは、そのまま追撃をするべく駆け出していた。気弱なエトの行動とは思えなかったが、彼の外見から来るイメージ的にはしっくり来たので、彼の中に眠る野生が取らせた行動なのかもしれない。

 そうして体勢を立て直したアルヴィエール狼の横っ面に腹の辺りでナイフを構えたエトが突っ込み、そのままエトごと少し飛んで地面に倒れ込んだ。謀らずかエトが抑え込む形の中で暫し藻掻いたアルヴィエール狼だったが、それも僅かで動かなくなった。ほんの数分の出来事だった。


「皆大丈夫ですか!?」


 少し前にもう一体をルーデリアと共に討伐したユーライカが慌てた様子クロに駆け寄っていた。地面に横たわったままだったクロもひょこりと上体を起こし「だいじょうぶ。」と返事をしている。ステータスをチェックしていたので分かってはいたのだが、無事で良かった。心臓に悪いです。アリーも非常に疲弊した様子のルーデリアに逆に気を使いつつ身体を起こして居る。伏し目がちなのは先程の自分の失態に気がついたからだろうか。


「エト、貴方は大丈夫なのですか?」

「ひゃい……。」

「よかった……立てますか?」

「はい……あ、あれ?」


 どうやら無事らしいエトも、自分自身の行動力に驚いていたのか腰が抜けたらしく、ユーライカに魔獣の上から引き剥がして貰っていた。火事場のクソ力だったのかしら。

 全員の無事を確認したユーライカが安堵したように息を吐いた。他の子も余程堪えたのか力無く地面に座り込んでいる。そろそろ合流しても良いかな。


「ひえっ!?」

「エト?」

「い、いまあっちから音が……。」

「っ!皆構えて!」

「シロさま。」


 特に気を使わず歩を進めたボクの立てた土を踏む音にいち早く気付いたらしいエトが悲鳴を上げて、ユーライカが警戒を呼びかけた。ちょっとショックだが、気を張っている状態の彼女らを思えば無理も無い事だろう。しかしクロだけはボクだと判っていたらしい。この娘はほんと、なんというか、大物になるよ。うん。


「私だ。」

「シロ様!も、申し訳ありません!」


 木々の影からのそりと顔を出しつつそう言うとボクを認めたユーライカが勢いよく謝罪してきた。個人的には謝罪より「お前だったのか。」と言って欲しかったが……いや、無い物強請りだな。


「ええて。それよりご苦労さん、大変やったな。」

「あ、ありがとうござい、ます……。」


 そう言うと力が抜けたようで、警戒に上げた腰を降ろしその場で座り込んでしまった。相当気を張っていたみたいだ。当たり前か。他の子も見るからに安堵の表情を浮かべている。

 一先ず、見る限り大した怪我もなさそうで良かったと思っていると、なにやら神妙な表情でへたり込んだユーライカが言う。


「申し訳ありません、私が不甲斐ないばかりにシロ様お手間を取らせてしまい……。」

「ん?」


 一瞬何の事か分からなかったが、本来合流するタイミングでないにも関わらずボクが顔を出した事に負い目を感じているらしいと察した。この娘もかなりの気にしい・・・・だな。


「ああ、違う違う。ちょっと聞きたい事が出来ただけやから。」

「聞きたい事、ですか?」

「うん、まあそれは一先ず置いといて、皆一回集まろか。バラけてると危ないし、話はそれからな。」

「かしこまりました。皆っ。」


 子供達には少し拓けた場所の木の根元に集まって貰う合間に、ボクは二つの死体を回収する。今回の遠征訓練では森での動き方、そして森での戦い方を覚えて貰う必要がある。である為、幾度も戦闘を熟して貰うのが理想だがその度に出る死体を律儀に処分するなり回収するなりしているとどんどん荷物が嵩張り動きづらくなったり、処分に体力を使っていざという時動けないなんて事になると困るのだ。この世界では倒した魔獣の死体が消えたりはしない。その為子供達には死体はその場に放置して先に進むように指示を出していたのである。これは彼らには戦う事、森を進むこ事のみに専念して貰う為で、放置された魔獣の死体はボクが尾行がてら回収するという手筈だった。そのまま放置しても良かったのだが、匂いが出たりしても嫌だし、大抵の物は子供達の食用に出来るので捨て置くのは勿体無いだろう。それにボクの知らないこの世界の理が、良くない結果を招かないとも限らない。自分の常識などこの世界では有ってないものだという事を肝に銘じつつ、日々を送らねばなるまい。


 そうして木の根元に集まって座り込んだ子供達の前に戻る。初めは皆して立って待機しようとしていたので、少し強めに言って座らせた。疲れてるんだから下々然としなくてもいいのだが、どうもユーライカを始めそういう対応が染み付いているようだ。一々指摘するのも面倒になってきたし、もうこの子らの好きにさせてしまおうかしら。

 なんて考えてても仕方がないので、早速本題に入ろうと思う。


「はい、皆さんお疲れ様でした。この戦闘は途中から見てましたが中々奮闘していたんじゃないでしょうか。さて本題ですが――。」


 枕詞に挟んだ労いの言葉に一同表情を緩めて居る中、浮かない表情のアリーが印象的に見える。


「――ユーライカ。聞きたいねんけど、ルートがかなり蛇行してたけど何か有ったん?」

「っ……蛇行ですか?」


 気を抜かず話を聞く姿勢を取っていたユーライカが言葉に詰まり、聞いてきた。ぴんと来ていない様子だ。「そんな筈は……。」と他の子に視線を投げるが、そちらも彼女と同じような表情だ。はて。

 ボクに向き直ったユーライカはやはり不安気な顔で言う。


「シロ様、やはり私達は事前の指示通り、真っ直ぐ進んで居りました。どこかを曲がった事は無かったかと……。」


 やはり、彼女らはルートを無闇に変えたつもりではなかったようだ。しかし、一行の蛇行っぷりは尋常の範疇には無かった。ではどうして……?こういう時頼りになるのはやはり我らがナビィ。教えてナビィえもーん!


《エラー。権限が無い。》

――ギギギ……。


 頼りにならない方のナビィえもんだったか……やはり”NIS”スキルのレベルアップが急務か。道は遠い。


「ほんまに曲がった記憶はないんやね?」

「は、はい。」

「あの、シロ様には私達が真っすぐ進んでいるようには見えなかったって事、ですか?」

「うん。少なくても真っ直ぐ進んではなかったよ。」


 アリーの疑問に肯定すると一同ざわりとどよめいた。この反応からすると本当に直進していたのだろう。

 本人達は真っ直ぐ歩いていたつもりだが、ミニマップで彼らの軌跡を見るに真っ直ぐ進んでいないのは明らかだ。考えられる可能性は、

 一つ、ミニマップが間違っている可能性。何らかの力の影響で表示が狂っていた。


《否定。ミニマップは正常に表示されて居る。》


 一つ、彼女達が結託して嘘をついている可能性。何らかの目的の為にボクを騙そうとしている。


《不明。しかし動機が不明瞭。現時点では可能性は極めて低い。》


 であれば、子供達が真実を語りボクの知覚能力も狂っていないと仮定出来るだろう。


――もしかして、感覚が狂っているのは子供達……?

《可能性は高い。》

――ならいつから……原因は何や……?


 少なくとも縦穴前の広場で生活用品を探した時には方向音痴の素振りは見えなかった。なら――。


「森、ここか……?」

「あの、シロ様。」


 無意識にと腕を組み二本の指を顎に当てていたボクに意を決したように発言したのはルーデリアだった。ルーデリアは普段はこの年頃の男の子にしてはやけに大人しく、しかしエトのように気の弱いと言う風では無い性格で、自ら進んで何か言うような、前に出るような子ではないと思っていた事もあって少し驚く。しかしルーデリアはアリーと同じく貴族の家の出身で、頭も良いので何か知っているかもしれない。


「どうしたん?」

「僕、知ってるかもしれません。昔、読んだお話の本に今と似た事が書いてあったんです。」

「本か。それってノンフィクションの奴?」

「のん……?」

「あっ、えーと。作り物じゃないっていうか、現実の話を書いてる本?」

「作り物のお話を書いた本が有るんですか?」

「え、無いの?……って言うかその話は後でしよ。それでその本にはなんて?」

「あ、はい……。」


 脱線しかけた話を戻すと、ルーデリアは少ししゅんとした。本が好きなのかな?


「それで、その本は騎士や名のある冒険者の偉業や冒険を集めた本なんですが、ある冒険者のお話に迷いの森を彷徨ったって所があるんです。」

「ほう。」


 なんだかドンピシャな名前が出てきたな。相槌を付きつつ、話の続きを待つ。


「その森では方向感覚が正常に働かなくなり、何日も凶悪な魔獣を相手に生き延びたって書いてあって……。僕、初めてこの森に来た時、ここが迷いの森なのかもって、思ってたんです。でも、確証もなくて、言い、出せなくて……。」


 話す内、ずっと心に貯めていたであろう罪悪感に耐えられなったのだろう、見る見るその細い瞳が潤みを増し、端々から溢れだした。小さな嗚咽も聞こえ始める。眼の前で子供が急に泣き出した事に内心でぎょっと焦りつつ、宥めにかかる。


「だ、大丈夫大丈夫、別に何も悪い事になってへんねやから、な?むしろ、ルーデリアが知ってておじさんすごく助かったわ―!いやールーデリアえらいなー!よくやったよいやマジで!だ、だからほら……な、泣き止み?」


 クールぶりたかったけど、傍から見てるとてんやわんやなのは、わたわたと動かしてる腕を見れば誰にでも分かるだろう。だって子供の宥め方なんかしらんもん!

 ボクの必死の慰めもルーデリアを落ち着かせるには足りないようで、突然響き出した嗚咽を聞いて不安そうな表情だった他の子も、次第に釣られてぽろぽろと泣き始めてしまった。じ、地獄絵図だ……。

 真っ先に泣き出したエトに、普段は気丈に振る舞っているアリーも、表情に乏しいクロまでもがわんわんと声を上げ、あるいは押し殺すように泣き声を発し始めた。


――ああ……どうすんのこれ……。あっ、あかんで、キミまで、あっ、あー。


 ついにはまとめ役で皆のお姉ちゃんたるユーライカも、右往左往瞳を彷徨わせながらその瞳は次第に潤みを増す。

 思えば皆、ここまでちゃんと泣いている姿を見なかった。

 前の世界の常識なら、皆親や兄弟、家族が側にいて、友人と遊びに行ったり、お母さんの作るご飯を食べたり、喧嘩したり、笑ったり、怒ったり、そういう事をしている年齢だ。最年長のユーライカですら16歳、高校に上がって思春期真っ只中で、親に反抗したり化粧や恋に青春を賭けていてもおかしくない年頃のそんな子供達が、こんな世界で、家族と引き離され、奴隷に売られ、挙げ句人里離れた見知らぬ森で、魔獣に怯えながら魔獣に守ってもらい、そして例外なく戦う事を強いられている。

 不安で無い筈が無い。恐ろしくない筈が無い。辛いだろう、苦しいだろう。それでも文句も言わず、周りに気を使いながら生きなければならない。恐ろしい化物の機嫌を伺いながら。

 この世界で、この子達のような境遇の子供は珍しくもないのだろうと容易く想像がつく。それでも、彼らの心中は察するに余り有る。

 そんな子供達に、ボクが、ボクなんかが言える言葉があるのだろうか。人生を投げ出し、自ら終わらせる事も出来ず棚ぼたでここに居る自分に。


 呆然としていた。


「シロ様……?大丈夫、ですか?」


 ボクは気づけば膝を付き、頭を垂れ項垂れていた。声の主は眼前、ルーデリアが涙で濡れた頬のままボクを心配そうに覗き込んでくる。そこで気付いた。先程まで暗い森の中に木霊していた泣き声や嗚咽が聞こえなくなっている。視線を動かすと、ルーデリアの後ろには、こちらも心配そうにボクを見つめる四対の視線があった。皆一様に涙で濡れた顔にも構わずボクの様子を窺っている。なんだか、可笑しくなって来た。


「んふふふ、なんなん君ら。さっきまで泣いてたんちゃうん、んふっ。」


 そこまで言って、堪え切れなくなって大笑いしてしまう。先程の泣き声に負けないくらいの大笑いに、視線の先の子供達は目を白黒させていた。


「あーはっはっはっはっ、ひーあかん!はっはっ、ひひっ、ひー!」


 頭を地面に打ってもんどりうって、なんとか笑いを抑えようする。もの魔獣が跳梁跋扈する深い森の中で、自ら音を発するのはどうぞ襲ってくださいと言わんばかりの危険な行為だ。そんな事を冷静に考えている自分も頭に居る事がやけに面白くって、余計に笑けてくる。どうやらツボに入ってしまったようだ。

 暫く戦って何とか引き始めた笑いに顔を上げて皆を見る。


「んふー、ふー。はぁぁ……。よし、よしっもう大丈夫。大丈夫よ。」

「シロ様……。」

「大丈夫やってば。んふふ。」


 急に動かなくなって、急に狂ったように笑いだした眼前の白爬虫類を心配してくれているのだろう。優しい子達だ。誰かさんとは大違い。


「よし、ルーデリア。」

「は、はい!」


 気を取り直して話を戻そうとすると、ルーデリアが弾かれたように姿勢を正した。


「お前が悪くないとは言わん、人に言われても納得出来ない事もあるやろう。だから次や。次からは、俺じゃなくて他の子でもええから。どんなちっちゃい事でも言うようにし。前にも言ったな?”報連相”や。言わなかった事に引け目を感じるなら、反省したなら、後悔したくないなら、もう同じ間違いはせんな?どうよ、出来るか?」

「……はい、出来ますっ!ちゃんと、次はちゃんと言います。後悔したく、ないです。」


 静かだけど、僅かに開かれた瞳には確かな何かが見て取れた。もう大丈夫だろう。


「よぅし。なら続きや。ルーデリア、この森がその迷いの森やと思った理由は何やったん。」

「はい。初めにあれ?、って思ったのは森に入る手前のトンネルでした。」

「トンネル?」


 入り口の洞窟の事かな?しかし通じる英単語と通じない英単語があるのはなんなんだ。翻訳スキルガバガバなんジャネーノ?


「はいっ。その物語に出てくるんです。”トンネルを超えた先に広がる迷いの森”って……。その森が有る領地がダリア公爵領なのは知っていましたから、まさか来る事になるとは思っても見ませんでしたけど……。」

「それも本に?」

「そうです。なので、森に入った時、荷台の帆の隙間から見てて何となくそんな気がしてて……。次にそう思ったのは、僕達がシロ様を追い駆けて森に入った時でした。」


 そういやそんな事もあったな。


「その時も、真っ直ぐ追い駆けたはずなのに全然追いつけなくて……。ユーライカさんの様子から迷ったのだと思った時でした。でもその後、シロ様が僕達を助けてくれて、その後暫くは忘れていたんです。でも初めて訓練で、シロ様があの狼の魔獣を捕まえて来てくださった時に……。」


 あれ、何か有ったっけあの時。心当たりが無い。


「シロ様がおっしゃったんです、魔獣の名前を”アルヴィエール狼”だって。その時思い出したんです。本に書いてあった迷いの森の正式な名前が、確かアルヴィエールだったなって。」

――どんぴしゃやん!決定的やん!

「……あれ?それ以前にも何回かアルヴィエール狼の話題にならんかったっけ?ほら、料理の時とか。それに、って事はその時点で確信してたって事?」

「い、いえ!その時はまだ確信してたわけではないんです。シロ様が迷う事無く森へ出入りしている事を見ていたので、迷いの森じゃないんだなって思ってたんです。この時点ではまだ半信半疑で……ごめんなさい……。」

「ああ、責めてる訳じゃないから。」

「はい、ありがとうございます……。それと、訓練の時までシロ様はアルヴィエール狼の事を単に”狼”や”狼肉”と仰っていたので、正式な名前を知ったのは訓練の時です。」

「あー……。」

「確信したのは、さっき、シロ様がユーライカさんに質問された時でした。やっぱり――って……。」

「なるほどね……うん、やっぱりルーデリアには落ち度はないみたいやね。」

「そんな、僕は……。」

「うん、だからこれ以上は何も言わん。後は自分で折り合いつけ。僕は言う事は言ったから。」

「はい……。」


 ルーデリアの話で、この森が”迷いの森”と言う俗称で呼ばれている事がわかった。……ん?この程度の話なら、何故ナビィがエラを出したんだ?


――……そうか。”何故”、が問題か。

「ルーデリア、この森の何がヒトを迷わせるかは分かるか?」

「ごめんなさい、わかりません。本には理由までは……。」

「そうか。かまわへんよ。」


 やっぱり、ナビィの禁則事項は”何がヒトを迷わすか”に引っかかってエラーになったんだな。つまりその辺の事は考えても仕方ないという事だろう。煩わしいが、諦めるしか無いだろう。


「シロ様。」

「なに?」


 頭を捻って唸る僕に言を発したのはユーライカだった。


「森がヒトを惑わせるのなら、遠征訓練はどうなるのでしょう?」

「あー……。」


 その通りだ、この訓練の目標である『森を独力で自由に歩き回れるようになる。』がほぼ達成不可能になるんじゃないか、これ。


「ムリゲー……。」

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