1-8.初めての食事


 結局勘違いは正せなかった。いや、理解した旨の事は言われたけれど、どうにも本心は別の所にあるように見える。解せぬ。まあ良いです。ボクは言うべき事は言ったしね。後は皆の問題です。はい。

 問答はこのくらいにして、そろそろ陽も落ちてくる。子供らの寝床を用意すべきだろう。良い物がある。アイテム欄から回収した荷物入りの荷馬車を選んで中身を分離する。便利機能さまさまである。

 空になった荷馬車を岩壁に立てかかった流木の手前に取り出した。ついでに荷物の中に紛れていた寝具を放り込んでおく。寝具、と言っても粗末な毛布が四枚だけだが。小さな子供達が多いので、ひとまずはこれで十分だろうと、後ろを振り向いて寝床が出来たぞと報告しようとすると、なんだか珍妙な顔をした年長二人の顔が映った。


「……流石です、シロ様。」

「え?何?どうした?」

「もしや今のは、”宝物庫マジックボックス”と言われる魔術ではありませんか?」

「”宝物庫マジックボックス”?」

「はい、亜空間に物を出し入れ出来ると言われる高等魔術で、使い手は国に数人程しか居ないと聞きました。」


 へぇ、そんなスキルがあるのか。”無限収納”とはどう違うのだろう。しかし、収納系のスキルって異世界物では定番だと思うけど、この世界では結構レアスキルなんだな。スキルって言うか魔術か。これも違いがよくわからない。


「ふぅん。でも今のは”宝物庫”じゃないよ。”無限収納”って似たようなスキルやで。」

「生後数ヶ月でそのような高等魔術を惜しげもなく扱えるとは、流石ですシロ様。」


 ……もう誤解を解くのは無理かもしれない。


「あの、シロ様。スキル、と言うのは聞き覚えがないのですが、何なのでしょう?」

「え、聞いた事無いん?」

「私も初めて聞きました。」


 ん?どういう事だ。スキルってのはステータスに次いでこの世界の根本じゃないのか?


「スキルってのは、何ていうか、使える技って言うか。技術というか、言葉にすると難し良いなこれ。」

「魔術の事でしょうか?」

「魔術だけじゃなくて、手に職なんかの技術も総じて言うよね。出来る事、って言うか。」

「出来る事、ですか。」

「やっぱりそのような言い方は聞いた事ありませんね。」

「うーん、君ら、ステータスはわかる?」

「ええ、それはわかります。」

「確か、国や冒険者ギルドが発行しているステータスプレートに載っている項目の事ですよね?」

「人の強さを数値化出来る魔術道具ですね。」


 ステータスの概念はあるのか。しかしあるのか、冒険者ギルド。あ、もしかしてあの広場に有った役場みたいなのは冒険者ギルドの建物だったのかも。あの洞窟がダンジョンの入り口なら有り得る話だ。おっと話が逸れた。


「ああっと、忘れてた。あれ、取り敢えずの寝床にしたらええから。もう寝る準備でもしとき。」

「はい、ありがとうございます。アリー、お願い。……あの、シロ様はどうなさるので?」


 他の子の世話を任されたアリーは、失礼しますと荷馬車へ向かって行った。他の三人も一緒だ。


「ちょっと君らが食べれそうな物を取ってくるわ。肉とか。」

「シロ様、でしたら私もお連れ下さい。」

「うーん、直に陽も暮れるし、一人の方が早いから。」

「そうですか……。」


 うぐ、そんな顔しないで欲しい。でもいつも一人でやってる狩りに誰かついて来られたら邪魔なのは変わりないのだ。連携が出来るような間でもないし。彼女には彼女のやれる事をやって貰おう。


「今日は残って他の子の面倒を見ててよ。狩りはまた今度一緒に行こうや。」

「は、はいっ。」

「あ、火も起こしてて欲しい。これ荷物の中にあった火付け道具ね。」

「はい。お任せ下さい。」



 ボクがベースに戻ったのは、それから二時間足らずが経った、陽が完全に落ちきった後の事。五人はユーライカが灯したであろう焚き火の前で並んで佇んでいた。獣耳の子らはボクが森から出た時点で気づいていたようで、じっと此方に瞳を向けている。水を掻き分ける頃には皆気づいたようで、火の前で立ち此方を見ていた。焚き火がぱちぱちと爆ぜる音が聞こえる。

 皆一様に口を閉じているが、何だかそわそわしているようにも見える。


「おかえりなさいませ、シロ様。」

「はい、ただいま。ちょっとまってね。」


 アイテム欄から獲ってきた普通の猪を選択し、排泄物の除去と食用部位を解体する。一緒に獲ってきた大きな葉を地面に何枚か敷いて、その上に解体した肉の塊をどんと取り出した。実際は”無限収納”から取り出したので音など出ないが、イメージと言うやつだ。大目に見て欲しい。


「これ好きに食べて、猪やで。道具も有ったから使って……どうしたん?」

「い、いえ。」

「分かっていても、驚いてしまいますね。」

「す、すごいですっ。お肉いっぱいです!」

「これ、既に切り分けられていませんか?」

「おにく……?」


 どうやら既に肉が解体されている事に驚いているようだ。そりゃそうか。まあ僕も普段、肉を解体してから喰うなんて事しないので新鮮な経験ではあった。


「あー、そういうスキルが有るんよ。ほら、遠慮しないで食べちゃって。」

「は、はい!ありがとうございます、シロ様。」

「ありがとうございます、シロ様。じゃあ切り分けますね。」

「手伝います!」

「ぼ、僕もお手伝いします。」

「では皆の食器の準備をお願いします。」

「お皿の数が足りませんよ?」

「ではクロは私と使いましょう。」


 皆がわちゃわちゃと遅めの夕食の準備に取り掛かった。クロは涎を垂らしながら肉を凝視している。荷台に乗っていたのは鍋と薄いフライパンだけなので、一気に調理は出来無さそうだ。どこの部位かはわからないが、ユーライカとアリーが協力してブロック肉を切り分けている。犬顔のエトとくりくり金髪の美少年ルーデリアは並べた皿の上に人数分のフォークを乗せている。

 そうこうしている内に、ユーライカはフライパンで肉を焼き始めたらしい。辺りに肉の焼ける良い臭いが漂い始めた。子供が多い為か、肉はどれも一口サイズに切り分けられていて、火が通るのが早い。さっと一枚だけ有る大皿に肉を放り込んでいき、それにルーデリアが一摘みの塩を振るって行った。これも荷物の中にあったもので、他にも幾つかの調味料が少量ずつ揃っていた。森の中では補充も出来ないだろうから、大切に使ったほうが良さそうだ。肉を焼き始めると、エトは戦力外通告されたようで、と言うのも彼も肉の匂いに負け涎が止まらなくなっていたのだ。仕方がないのでクロと揃って隅で大人しくさせられていた。尋常じゃない量の涎を垂らしながら膝を抱えている姿はとても愛らしい。


 なんてやっている内に大皿には焼けた肉が山と積まれ、食事の準備が終わったようだ。それでも肉は使い切れなかったようで、と言うかこれ以上皿には乗らないと判断したのか、半分ほどの肉の塊が残っていた。腐るとあれなので”無限収納”に収めておいた。”無限収納”内は時間が止まっているそうなので腐る心配がない。それと、各皿には僕が散策の折に見つけて採取しておいた、無害の食べられる木の実を添えてある。偏食は怖いって言うしね。

 皆もう待ち切れないのか、あちこちから腹の音が聞こえて来る。早く食べればいいのに、皆律儀に号令を待っているようだった。……なんでこっちを見てるの?


「なにしてんの?早くお食べよ。」

「シロ様、どうぞ。」


 ユーライカがすっと僕の前に焼けた肉の盛りつけられた皿を差し出した。


「これらはすべてシロ様のお恵みです。まずはシロ様から。でなければ、我らには手を付ける事は許されません。」

「また宗教臭い事言う……。」


 だがまぁ、僕が食えば始まるのなら、一口さっさと食べて食事解禁してもらったほうが良いか。皆の視線が痛いし、低年齢組の、眉根を寄せて涎を垂れ流しながら腹音を響かせている姿を見てるのも辛い。別に食べなくても死なないし、お腹も空かないので食事自体は必要ないが、已む無し。

 観念して手を合わせる。


「……では。いただきます。」


 ぱくり。これで君らも食えるだろう。と見渡すと、揃っていただきますと声を上げた。途端皆一斉に肉に喰らいついた。と言っても、皆どこか品があるというか、大人しい食べ方だ。以前の持ち主の教育の賜物なのだろうか。特にアリーとルーデリア等はとても品が有る気がする。一口サイズの肉を更にナイフで切り分けて、小口を閉じながら咀嚼している。とは言え、とても喜んでいるのは見て取れる。皆一様に涙ぐんでいるが、目元の見えないエトはそんな事関係無い程涙を流しているのが見て取れる。そんなにか。

 一方ユーライカはと言うと前のめりのクロに一口サイズの肉をナイフで半分に切り直接食べさせていた。自分はクロが一生懸命咀嚼している内に噛みしめるように口へ運んでいた。彼女も目元には光る物が見受けられた。こうも嬉しそうに食べてくれると、狩ってきた者としても何だかとでも面映い。


「そう言えば、ここの人もいただきますって言うんやね。」

「食前の挨拶、ですか?そうですね、前のお屋敷ではその様に挨拶していたものですから、すっかり馴染んでしまいました。」

「いただきます、は過去に現れた勇者様が広めたのだそうです。」

「え、勇者?居るの?」


 驚いた。やっぱり居るのか、勇者。そりゃあ冒険者ギルドもあるんだ、勇者も魔王も居ないと話が回らないもんな。なんだ話って。現実と虚構の区別は付けて下さい。


「ええ、世界には何人もの勇者様の伝説が残っています。前回勇者様が現れたのは40年以上前だそうですよ。」

「それは聞いた事がありますね。魔王が生まれる度に勇者も生まれるとか。」

「ええ、そして全ての勇者様には別の世界の知識があるそうです。”いただきます”や”お辞儀”も過去の勇者様が持ち込んだものだそうですよ。」

「そうなのですか。」

「ええ、この程度は教養ですよ?」

「私の村には無い習慣でしたし、勇者の話もお伽噺でしか聞いた事がありません。」


 そう話をしていると、粗方食べ終わって満足したのかクロがユーライカの側から立ち上がり、此方へとてとてと駆けてきた。


「シロさま、ありがとう、です。」

「ん?」

「クロ、おにくたべたの、はじめてなの。とってもおいしい。だから、ありがとう、です。」


 ぺこりと頭を下げ、少し上げた口角周辺は肉の脂でべとべとだ。こうも素直にお礼を言われると、思わず否定したくなるが、そこはぐっと堪えて大人の対応に努める。


「うん、どういたしまして。」

「シロさま、まだのこってる。たべないの?おいしいよ?」

「ああ、そうだった。これも食べてええよ。」

「いいの?」

「ええよ。肉もどうせなら美味しく食べてもらいたいやろしな。」

「ありがと、ですっ。シロさま。」

「シ、シロ様。よろしいのですか?」

「ええって。どうせ味なんて分からんねやし。」

「味がわからない、のですか……?」

「うん。ボク、何食べても味感じないんよ。」

「ええ!?」

「それに腹も空かんしな。そう言う体質やから、気にせんといて。」

「そんな事が……?」

「シロさまかわいそう……。」

「お肉の味がわからないなんて……シロ様……。」

「やはり、神は居ないのですか……?」


 それほどか。神の存在を疑うほど肉の魔力は強いのか。まあ確かに、食事の味がわからないというのは場合に拠っては死よりも辛い事だろう。まあ、今の所困ってないので別に良いんだけども。

 尚も、クロが気遣わし気に見上げてくるので、肉の皿を手渡してやる。少しふらついてしまったのでユーライカが補助をしにやってきた。


「まあ、そう言う訳やからボクの分は用意せんでええよ。」

「かしこまりました……。」


 ふっとユーライカの表情が曇る。え、そんなに御飯作りたかったの?そういう顔をされると、何だか悪い事をした気分になる。受け取った皿を持ってユーライカはクロと連れ立って戻っていった。

 見やると、先程まであんなに和気藹々とした、と言うか明るい雰囲気だった焚き火周りの食卓が、お通夜のようにしんとしてしまった。涙を流してまで肉を喜んでくれたこの子らを見てしまった後だと、罪悪感で酷く胸が痛む。むう……。

 ボクとしては、食べる必要の無い者の為に無駄な労力を使わないでも良いようにと気を使ったつもりだったのだが、どうも下手を打ってしまったようだ。……ま、良いか。


「……あー、やっぱり食べたくなってきたナー。やっぱり作ってもらおうかナー。」

「っ!は、はいっ、お任せ下さい!」


 花が開くように場がわっと明るくなるのがわかる。どうやら盛り返す事に成功したようだ。別に食べて死ぬ訳でも無いのだから、やりたいと言うのならやって貰うとしよう。


 それから皆はたっぷり時間をかけて皿に山と積まれた肉を平らげていった。時間がかかったのは、肉の量も有ったが皆が一切れの肉を時間をかけて咀嚼していたからだ。がつがつと行きそうな見た目のエトですら、噛み締めるように顎を動かしていた。

 やはり奴隷という境遇は辛いものなのだろう。やっぱり、性的な奉仕もしたのだろうか。そういう事はレベル3の鑑定でもわからないので、ちょっとヤキモキする。わざわざ言う事でもないが、生前は自他ともに認める処女厨だったのでどうしても気になってしまう。いや、処女だから童貞だからどうと言う事でもないんだけど。別に彼女らと付き合いたい訳でもないし、性行為したい訳でもない。そもそもボクに生殖器は付いてないのでしたいと思った所で物理的に無理。性欲も湧かないしね。ボクはこの生でも童貞ですね、はい。


 そうこうして、皆満足げに目元を拭っている。出会った時は痩せこけ薄汚れていた彼女らだったが、食事を終えた今は気持ち潤いが見て取れる。一足先に食事を終えたユーライカとアリーは進んで後片付けをしていた。食事終わった者からそれを手伝って居たのを見て、良い子たちなんだなと思った。


「シロ様。白竜様。」


 片付けも終え、後は寝るだけだなと考えていると、ユーライカを先頭に皆揃って膝を折り、跪いた。え、なに?


「私達は皆、貴方様に救われました。魔獣の凶刃から、奴隷として命を終える運命から開放して頂きました。生きる糧を、寝床を与えて頂きました。」


 そこで一呼吸置いて。


「だから、私達は矮小なこの身を、貴方様に捧げたいのです。この命尽きるまで、この身体を、この命を、貴方様の為に使う事をお許し頂けませんか?」


 正直、驚いた。

 ボクは、自分の出来る事をしただけだ。自分が気持ちよく過ごす為にやるべき事をやっただけなのだ。そりゃあ多少は感謝されるかもとは思ったが、自分の全部を捧げても良いなんて言われる程の事はしていないつもりだった。そこまでの恩を着せるつもりなんて無かったのだ。だが、考えれば二度も命を救われれば過大な恩を感じるのも不思議では無いのかもしれない。それでもやはり、ボクはそんな大それた事をした自覚がなかった。

 戸惑いが強くボクの心を占領したが、それでも何か言わなくてはいけない。

 でも何を言えば良い?はい?いいえ?ボクは誰かに身を捧げてもらえるほど高尚な存在ではない。彼女らは勘違いをしているのだ。そう思うほうが楽だ。だって、彼女らはボクを知らない。会って一日も経っていないのだ、無理も無い。だから当然、付き合いが長くなるに連れこう思うだろう。「思ってたのと違う」と。つまりがっかりされるのだ。ファーストインパクトが大きく強い為、落差が酷くなる。それが怖い。彼女らに、と言うよりも、誰かにがっかりされるのは、ボクにとっては恐怖そのものなのだ。それが仲の良い相手なら尚更。

 彼女らの容貌を飲めば、自然仲は深まるだろう。だがそれだけ、見放された時のショックが大きくなる。それが怖い。いやまて、何でボクはこんな事で頭を悩ませているんだ?人間でもないのに、人間の尺度で物を考えているのだろう。馬鹿馬鹿しい。阿呆か。お前は何様だ。お前は只の魔獣だ、何を期待しているんだ。他人と同じ土俵に立てると思っているのか。どうせ、その内強い魔獣どうるいに殺されるんだ。そうなればお前が今までしてきたように、別の魔獣の糧になって終わる。その程度の存在だ。

 求められているのなら、答えてやれば良いのだ。悪い気がしないのであれば、尚更。後の事なんて知るか。所詮我が身は畜生道を歩くただの獣。見放されれば、それまでさ。

 短いような長いような時間考え込んで黙りこくっていたのに、それでも彼女らはボクを見上げ、じっと見据えていた。僅かに不安の色が瞳に宿っている。一度目を閉じ、息を吐いて目蓋を上げる。


「……好きにしたら良い。」

「はいっ。感謝致します、シロ様。」

「感謝いたします、シロ様。」

「か、かんしゃしますっ、シロさま!」

「感謝します、シロ様。」

「……かんしゃ、します。シロさま。」


 三者三様に述べ、頭を垂れる。


――どうなっても、知らんで。


 誰に対してだろう。彼女らにか、自分にか。逡巡したが、直ぐに止めた。


 頭を上げた彼らの顔は、とても晴れやかに見えた。

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