1-6.いつもと違う帰路


 どうやら魔獣は二体のアルヴィエール狼アルヴィエールウルフのようだ。この辺りに巣でも有るのだろうか、今までそれらしい所は見なかったが、一体どこから来ているのだろう。とは言え、ここの魔獣は割りとレベルが高い。彼女らは持ちこたえているようだが、常人はどのくらい耐えれるのもなのだろうか。助ける義理もないのだが、さっき見た顔の死体が散策中の森に転がっているというのも気分が良くない。今のボクなら狼程度なら軽くあしらえる暗いのステータスはあるので、やれる事はやろうと思う。


 取り敢えず大きな音を立てながら突っ込んで行き此方へ注意を向けよう作戦を決行する。あの狼は耳が良い。声を上げなくても大きな足音が聞こえれば警戒し、動きが止まるだろう。木々を縫って物の40メートルも走れば遭遇だ。

 案の定動きの止まった一体のアルヴィエール狼を通りすがりに爪で切り上げ、即座に収納し残りの一体へと突き進む。腐葉土が足を取りそうになるが、爪を食い込ませる事で事なきを得た。狩りですっかり足捌きが慣れたもので、以前なら木々を避ける度すっ転んでいただろう事を思うと感慨深い。

 なんて逡巡している間にもう一体の前に躍り出る。此処へ至るまでに何人かの子供の横を通り過ぎたが、あの荷馬車に入っていたのは彼らだったのかもしれない。そりゃ乗ってるのが子供なら必死に守りもするか。あの子も大人には見えなかったけど。


 突然視界に割って入ってきたボクに驚いたのか、咄嗟に飛びついてきたアルヴィエール狼の首を下から掴み上げて止める。左腕で持ち上げているので、前や後ろの脚ががりがりと左腕を引っ掻くが、今のボクの防御力を持ってすれば傷一つ付かない。痛いけど。痛い。”苦痛耐性”効いてないの?効いててこれなの?そう……。

 まあいっか、”アサシンブレイド”で喉を貫き息の根を止める。そのまま収納する。直ぐにミニマップを確認して、紅い光点がない事を確認する。表示範囲の外周には幾つかのオレンジ光点が点在しているが、僕らの周辺には近付こうともしないので、これで一安心だろう。


 さて、と目下にへたり込んで黒髪の猫耳幼女を抱えているのは先程も相まみえた緑の鱗を持つ美少女。この人いつもへたり込んでね?彼女はまた呆然とボクを見上げている。びっくりしたのはわかるけど、そろそろ帰って欲しい。


「えっと、馬鹿なの?」


 思わず口を出た暴言にびくりと肩を震わせ、どうやら我に還ったようだ。危ないからと忠告したのに、この子らは一体此処で何をしているのかとか考えてたらイラッとしてしまった。いかんな、これじゃあ。


「まあ、良えけども。それじゃあ、森の出口まで送っていくから、はよ帰るんやで。」

「あ、あの。」

「ん?」

「……きれい。」

「んん?」


 鱗の彼女が何か言いたげだったが、それを遮ったのは彼女の腕に収まっている猫耳幼女で、右腕を此方へ掲げ、幼いなりの低めの声を上げていた。触りたいのかな?え、今綺麗って言った?鱗の彼女も猫耳幼女が声を上げたのに驚いたようだ。


「綺麗?ボクが?」

「ん……とってもきれい。しろい。」

「白い。」

「しろい。」


 目を細めた猫耳幼女は乱雑に切られた様な短い黒髪と黒目で、足や指先は薄汚れて、ぼろ布の服も相まってすこぶる見窄らしい。それは鱗の彼女もどうようだ。幼女の年の頃は幾つだろう。喋れるのだから、五歳前後だろうか。の割にはしっかり受け答えできている様に思える。伸ばした手が何時迄も降りそうになかったので、仕方なく拳を丸めて猫耳幼女の掌に押し付けてやった。幼女は無感動な顔でてしてしなでなでとボクの白い中指を非力に弄んでる。


「……あ、あの。」

「ん?ああ、なんです?」

「私達に、帰る場所はありません。」


 呆気に取られていた鱗の君だが、幼女がボクに触れた辺りで我に返って、意を決して話を戻し、ぽつりと言葉を紡ぎ始めた。


「私達は奴隷で、他所の町に売られていく道中でした。」


 背後から枝を踏む音がした。ミニマップで敵性個体でない事は確認しているので取り敢えず放っておく。


「私達の仮の所有者であった奴隷商の主人は先程の魔獣に殺されてしまいました。私達には、この森を出ても、行く場所がありません。」


 そこで言葉が詰まる。何か言おうとしているのだろうが、上手く言えない様子だ。


「それで?」

「そ、それで、あの、貴方様はこの森の名の有る神格者であるとお見受け致しました。」


 知らない単語が出てきたぞ。こんな時はナビィえもんの出番だ。


――しんかくしゃって?

《神未満の、神に近付いた、上位存在の俗称。安心して、貴方は神格者では無い。》

――……さいで。


 因みにナビィの声や姿は他人には見えないと聞いていたが、どうやらその通りのようだ。


「我らは貴方様を崇拝致します、ので、我らを庇護しては頂け無いでしょうか。」

「庇護?」


 つまり、お前を信仰してやるから守ってちょ、と言う事だろうか。ナビィに確認すると、どうやらこの世界には神に近付いた強者が度々生まれるらしく、彼らは自らを信仰するものを得る事で新たな神として昇華する事が出来る、と言い伝えられているそうだ。それ以上の事はエラーが出て聞けなかったが、どうにも胡散臭い話である。そもそもボクは神格者じゃないので、その枠には入らない訳だが。


「ボクは神格者じゃないので、お断りします。それに、自分の命で精一杯なのに、他人の命に責任なんて持てません。」

「!……そうですか……。お手数をお掛けして、大変申し訳ありませんでした。」


 なんだか偉く引き際が良いな。目に見えて落胆と言うか、絶望と言うかした顔を見せられると謎の罪悪感に見舞われる。うぅ……、嫌な感覚だ。メンタル耐性仕事して?もっとレベルを上げねば。


「そ、それじゃあ、出口までは送るから。行こか。」

「はい……。」

「お、お待ち下さいっ!」


 気まずい雰囲気を引きずり倒し、さっさと終わらせようと人工道へと向かおうとした矢先、背後に隠れていた三つのオレンジ光点の主、残りの子供達が飛び出してきた。男の子が二人、女の子が一人だ。声を上げたのは女の子だった。いやしかし、これには驚いたな。


「あなた達、諦めなさい。私達を庇護して欲しい等と、厚かましい事だったのです。」

「それでも、私達には道はないのよ?庇護を得られなければ、死ぬしか……っ。」

「それは、そうとは限らないでしょう。」

「そんな訳……!」

「あ、あのっ!」


 後から来た女の子はその大きな瞳の色を強めていた。なんだか嫌な感じになってきたぞ。と眺めていると、犬耳の、というか、犬度がとても高い風貌の男の子?が割って入る。意を決し、と言った感じだ。


「エト……。」

「なに?大事な話の――」

「白竜さまの前ですっ。」


 はっとして此方を見やる女性二人、顔面蒼白で頭を垂れて謝意を述べてくる。


「申し訳ありません、白竜様。」

「も、申し訳ありません……。」

「いや、謝られても困るけど……。」


 困った。話を聞く限り、出口まで送ってもその後生きていられないと言う話のようで、これじゃあボクの取れる道が狭まってくる。つまり、見殺しにするか、責任持って世話をするか、の二択になる。うー。

 赤の他人の責任なんて持ちたくないが、見殺しも寝覚めが悪い。どうしたものか。あーめんどくさい……。なぜ生まれ直してまでこんな人間味溢れる選択に迫られているのだ……。解せぬ。


 と、視界の端で犬顔のエトと呼ばれた少年と、その背後に寄り添っている猫耳幼女が此方をじっと見つめているのが映った。無感動なその瞳を見つめていると、次第に考えるのが馬鹿みたいに思えてきた。……そうだな。

 どうせどっちを選んでもしんどいなら、気分の良い方を取る事にするか。女性二人も、それから少し離れたところにいるもう一人の少年も、じっと縋るように此方を見つめている。


「……ま、良いか。」

「え?」

「それは……っ!」

「ついて来たいなら好きにすればいいよ。」

「ああっ!白竜様、感謝いたします。」

「本当に、本当にありがとうございます!」


 取り敢えずの同行の許可を出すと、焦りと不安でいっぱいだった子供達の表情が花開くように明るくなった。なんだかむず痒くなって来る。前世では此処まで誰かに感謝される事など殆どなかったな……。キョドったらごめんね。


「取り敢えず、何時間か行った所に拠点にしている河原が有るから、そこまで行くべ。詳しい話はそこでするって事で。」

「は、はいっ。」


 はぁ、と一息吐いて皆を伴ってベースへの道を歩き出す。子供達は全部で五人。内訳は鱗の女の子と猫耳幼女、獣度の高い犬耳少年。大きな瞳の女の子にくりくり金髪細目の美少年である、

 この美少年には普通とは違う部位は見当たらない。鑑定でも人間だと出ているので、この中では唯一の普通の人間だ。鱗の彼女に食って掛かった女の子は、前述の通り瞳が大きい。いや、大きいなんてものじゃない。野球のボール程もある、単眼の女の子である。そう、単眼・・だ。深い青色の髪の毛を目の中頃くらいの所で切り揃え、後ろは短く来られた髪がまとめられている。なにぶんその大きな瞳のインパクトが凄くて、始めて見た時には心底驚いたが、口には出さなかった。偉い。

 彼女のような人種は単眼族モノアイと言うらしく、超可愛くしたサイクロプス然と言って良いだろう。幸い単眼には偏見はないので、嫌悪感などは抱かなかった。オタク趣味万々歳である。

 因みに犬顔のエト少年は狼人族ルーガルーと言う種族で、どうやら狼系らしい。それにしては可愛らしい。肌色の部分が全く無く、全身隈なく灰色の毛に覆われている。獣具合で言えば鼻が少し前に出ていて、鼻も犬のそれである。ケモナーでも結構レベルの高い方のやつじゃなかろうか。もちろん此方にも偏見はない。彼は頭上に二つのぴんと尖った耳を備え、その付近からは髪が伸び目を隠している。

 鱗の君は蜥蜴人族リザードマンと言う種族で、猫耳幼女は猫人族キャットマンと言うらしい。いきなり多種族に囲まれている状況に少し浮足立っているが、未だ道中なのである。気を引き締めなければ。

 そんな気配が伝わってしまったのか、どの子も口を開く事はしなかった。しかしこの子ら良くもまあ魔獣に助けを乞おうと思ったよね。この世界では普通の感覚なのだろうか。


 一時間程歩いた所で、子供達の顔に疲労の色が濃くなってきて、とても辛そうになっているのに気付いた。まずったか。


「大丈夫?」

「はい、問題ありません。お気遣い痛み入ります。」


 鱗の彼女がすかさず答えたが、そういう君も疲労困憊って様相じゃないか。初対面から酷い顔をしていたので気づかなかったが、そりゃああんな事が有って、立て続けに魔獣に襲われれば疲れもしよう。……仕方ない。


「白竜様、如何なさいましたか?」


 立ち止まり、すっとその場に屈んでみせたボクに怪訝そうな声をかけたのは鱗の彼女。ボクはね、早く帰りたいんだよ?


「全員、乗りなさい。はよ。」

「えっ!?」

「い、いえ、そんな、そんな恐れ多い事は出来ません!」

「うるさい。」


 いきなりのボクのライドオン発言に取り乱した猫耳幼女以外の女性陣だったが、無駄な問答が煩わしかったのでぴしゃり、と言い放つと、びくりと肩を震わせ止まってしまった。しかし構わず続ける。


「はよ。乗れ。小さい順な。」


 その言葉にいち早く反応したのは鱗の彼女に手を引かれていた黒猫幼女だった。幼女は鱗女史の手を離し、べたりとボクに張り付いた。ぴょん、と飛びつきはしたが、上までは登れなかったようでずりずりと地面に流れていく。そこで漸く他の子達もボクに群がり出し、小さい子は鱗女史と単眼ちゃんとで持ち上げていた。この二人が目下のまとめ役のようだ。

 子供達が全員乗り、最後に腰の位置へ鱗の彼女がおずおずと乗り込んだのを感触で確認し、ふっと腰を上げた。その瞬間小さい悲鳴が背中の上から上がったが、無視だ。始めて背中に何かを乗せたが、子供五人でも割りと余裕があるな。スペースの余裕は無いが、上手い事収まっていると思う。

 一歩二歩と歩みを進める度、身体が左右に揺れ、暫くの間小さな声は止む事はなかった。そうこうして更に一時間程かけて、ベースへ帰還したのだった。

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