1-5.遭遇


――はー、帰ってきたぞーい。


 スライム討伐から更に五日程かけてようやっとベースの河原へ戻ってこれた。長かった……。

 あの後も延々と河原を歩き、偶に魔獣や獣と遭遇して屠ったり屠らなかったりが続いた。結構な数倒した気がするが、レベルは上がっていない。やはり河原を歩くだけではエンカウント率は高くないらしい。ミニマップ上には幾らかの光点を認めていたけれど、森に入った訳では無いのだから仕方ない。

 森の中と言えば、途中六割を過ぎた辺りで岸壁側に低い岩場が広がるエリアに遭遇したけれど、光点がちょとえげつない数光って居て、流石に無双できる自身も無いので止む無く森に入ってやり過ごした事も有ったっけ。あの岩場はきっと何かの魔獣の巣だったのだろう。藪を突いてなんとやらはご勘弁。

 ともあれ無事アルヴィエール大森林の外周遠征は恙無く終わって一安心である。大体一周八日前後、走ればもっと短縮できそうだ。人間の足だともっと時間かかるだろうなぁ。ドラゴンボディさまさまである。


 昼も過ぎている事だし今日はもう久しぶりの我が家(野ざらし)でゆったりしよう。そう言えば、この遠征で得たスキルは全てアンロックしていて使い途のないものを除いた幾つかのスキルはスキルポイントを割り振ってレベル2になっている。魔法を初めて使った時は感動に打ち震えたが、制御が難しく大きく膨れた火球が爆発した時は死ぬかと思った。お陰で”火炎耐性”を得る事が出来たのは行幸だったが、暫くは触りたくないです、はい。


 明日からは、そうだな、あの人工の道路を遡って見ようか。あの道があの出口に真っ直ぐ続いているのなら、道路を区切りとして内側の森を散策しよう。かなり広大な森だ、隅々まで見て回ろう。此方側の森の散策が終われば次は道路の向こう側だ。森の探索が終わって、それなりのレベルになったら、例のダンジョン疑惑の有る縦穴や大滝の上部への遠征も視野に入れようと思う。最終的には、あの強力な結界をどうにかして抜けて外に出てみたい。こんな身体じゃあ人里には降りられないだろうけど、遠くから見るだけでも気分転換になるだろうしね。


――んあ?


 ぽつり、と鼻先を一粒濡れた感覚だあった。途端ぽつりぽつりと地面に、身体中に、派に、水面にと次々打ち付けていく。雨だ。


――さっきまで晴れてたのに……。ていうか生まれ変わって初雨かも知れんな。……んお?……おお!?


 次第に雨粒が地を打つ音が大きくなり、勢いも激しさを増してきた。痛いくらいに身を撃つ雨粒に慌てて身体を起こし背後に岩壁から聳える大木の陰に飛び込んだ。大木と言っても、落下したボクを受け止めた際に大きい枝や細々とした枝葉を犠牲にして貰ったお陰で、雨からの防御力は目に見えて落ちては居たが。自分の巨躯も相まって大した効果は無いようだが、まったく無いよりはましという物だろう。


――うぇえ……何やねん急に……。ゲリラ豪雨かな?


 生来雨は好きではないので、心底うんざりである。雨具がほしい。


――やっぱ屋根欲しいよなぁ。そうなると壁も欲しい……むりぽ。


 所詮無い物ねだりである。作ろうと思えば出来なくはないんだろうが、この身体で日曜大工している姿を想像するがシュール過ぎる。道具もないし……。まぁ、ゲリラ豪雨なら直ぐ止むだろう。暫くは雨粒が身体に張り付く不快感に耐えるしか無いだろう。



 結論から言えば雨はゲリラ豪雨ではなく、それから一日と18時間の間降り続けた。延々の土砂降りで土ばかりの所は雨粒のその強さに地形が変わった所もあるだろう。

 40時間以上も豪雨が続いたのだ、当然の事と言えば当然なのだが、川の水位が上がり氾濫状態になっていた。やばい、と気付いた時には流れの強さに横切れる塩梅では無くなり普段は絶対に上がって来ないような位置まで水位が上がってきていた。本格的に焦りだした時には岩壁まで水がかかっていた。木々の悲鳴や吹き荒れる雨風、荒ぶる濁流の音が恐怖心を煽る。

 このままじゃ流されてしまうとの危惧は当然の事で、むしろ遅すぎたくらいだが、咄嗟に岩壁から生えた大木にしがみついていた。低い位置に有った太い枝に片足をかけて無理やり木に乗り上げたのだ。冷静に考えればこの巨躯が伸し掛かれば折れてしまわないか懸念が走りそうなものだが、その時は梅雨とも思わず、結果として大木は折れる事はなかったのだが、自分の軽率さには冷や冷やさせられる。真っすぐ伸びている訳でもないのにどうやってこの重量を支えているのか後から疑問にも思ったが、そんな事を考えても仕方がないので直ぐに頭の隅に流れていった。

 雨が晴れ、暴風雨に揺れる事はあっても水位が収まるまでボクの重量を支えてくれた大木に敬意を払いつつ、雨の間眠れなかった事も有って直ぐに眠りについた。



◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇



 雨が上がって二日後の昼前。ボクは前回来た人工の道路、その入口まで来ていた。少し日を空けたのは雨に泥濘んだ道を慮っての事だ。流石にぐちゃぐちゃな泥の上を歩くのは嫌だ。万が一魔獣の襲撃でも有った場合、足元が覚束ないと咄嗟の対応に困るだろうというのもあるが、ミニマップやら感知系スキルを持ってすればそうやすやすとは奇襲を受けないとは思う。

 そんな訳で日を改めた訳だが、まだ所々泥になっている。それでも大半は乾いてるらしかったので歩くには問題ないだろう。


「よーし、行くぞう。」


 前回来た時は結界のぴりぴりとした感覚が続いた物だが、現在レベル2の”魔力耐性”のお陰か殆ど感じない。20%軽減らしいが、もっと多く感じるな。

 因みに今日は”腹話術”の練習がてら出来るだけ使っていこうと決めていた。誰かに使う予定はないが、日長一日耳にするのが水の音と草木が揺れる音、何かの獣の鳴き声、それにたまにナビィの声くらいなので、いい加減他の音も聞きたくなってきていた。”腹話術”でのしゃべりに慣れたら、思いつく限りのアニメや漫画の台詞や歌を覚えてる限りの声で再現して遊びたい。その為の練習なのだ。また、先の台詞は駄洒落ではありません。


 どっぷり闇が降りてしまったが、まだ延々と人工道が続いている。ワールドマップで確認すれば、未だ中程にも到達していないのがわかる。まさか一日では着かないとは思わなかったが、考えれば当然の事だった。

 道の終点は外縁の遠征時に確認していたが、このまま真っ直ぐ続いているとすればあと丸一日では足りない距離だ。目測で、今の進み具合なら丸二日ちょっとはかかるだろうか。延々真っ直ぐな道を眺めるのも早々に飽きてきていたので、終点まで寝ずに進んでしまおう。今の身体なら二日くらい余裕だろう。


 そうこうして50時間程度。終点に着いた。間に二箇所程黒曜石の結界柱を見たが、それ以外は特に代わり映えのしない道だった。終点は出発点と同じように結界中が二本立っていて、緩やかな上りの洞窟の奥から光が漏れていた。案の定此方も強力な結界が張ってあって、通り抜ける事は出来なかったが……。広場への道のような脇道は無かった。

 ただ真っ直ぐなだけの道だったし、これ以上の成果物もないので、外周の河原に辿ってベースに戻る事にする。実は此方からの方がベースへは近かったりする。帰ったら寝よ。


 帰った翌日から、予定してたように人工道からベース側を散策していた。南側外周に沿って終点付近へ行き、そこから始めて南へ、南から北へを西方向へ進んで地図を埋めて行く。既に狩りの過程で半分以上の部分は埋め終わっているのだが、いい機会だ。この辺りは以前狼魔獣と激戦を繰り広げた辺りだ。木々はベース付近に比べて細めだが、凸凹とした不規則な勾配で、腐葉土の地面が敷き詰められている。現在は終点側の結界柱がそびえる中継地点を幾らか過ぎた辺りだ。全体の三割くらいだろうか。

 南へ降りて折り返し、人工道付近に差し掛かった時ミニマップに変化があった。表示範囲の端、人工道を終点付近へ進む光点が一つ二つと見えた。光点の速度からして徒歩ではない。獣かもしれないけど、人工道を進んでいるって事は恐らくヒトだ。馬車か何かだろうか。


――ん?灰色になった。


 青かった光点がふ、と灰色に変わった。近くには赤い光点が一つ。青の光点は初めて見たが、灰色の光点は見覚えがあった。これは、死の色。一角兎を初めて殺したときも、狼達の時も、あの広場に野ざらしで放り出された死体達も、灰色で表示されていた。つまり、この短い間に――。


「見に行くか……。」


 道路に出て、灰色の光点へと遡る。赤い光点が灰色の光点へ被さっていた。


 心持ち早めに歩いて、光点の主が見えた頃には止めときゃ良かったかな、と軽く後悔した。恐竜、ラプトルの様な風貌の魔獣が人間を貪っている最中だった。貪られ揺れる骸の頭には獣の耳のようなものが伸びているのが見える。あれが別種の人間かな?奥の方からは悲鳴が聞こえる。

 人のような外見の物体が無残にも啄まれているのは見るに堪えない。自分も人間を食べたと言うのに、おかしな話だ。しかし、この距離まで近付いたと言うのに一向にこちらを向かないラプトル魔獣。そんなに美味いのかヒトのはらわたというものは。ボクが近くに居ても警戒する素振りすらない。この隙に鑑定を終わらせて、腕の射出口を無防備な奴の頭へ向けて撃つ。飛び出た角は最後まで反応しないラプトル魔獣の頭に見事突き刺さり即座に絶命させる。

 この魔獣の名前は罪深い窟竜シンフルラプラゴン、レベル43の業深い奈落の底シンフルアビス由来の地竜だそうだ。他にも居るんだな、地竜。そりゃそうか。

 一先ず三つの死体を”無限収納”へ収め、ミニマップに映っていた別の光点群へ歩を進める。

 この地点の少し先、ここから目視出来る位置に大きな荷馬車が二台有って後ろの荷馬車は横転している。前の荷馬車の荷台には幾つかの青と緑の光点があり、幾つかの青い光点が外に逃げ出しているが、外の光点は程無く灰色に変わる。灰色に変えたのは荷車の外に居る二つの光点だ、その足元には他にも幾つかの灰色光点が点在している。赤い光点は二つとも罪深い窟竜だ。ちなみに青い光点と言うのは状態異常を表し、緑は平時のヒトを表すそうだ。


 外に居た人は軒並み殺された様で、数体の死体が転がっていてどれも微動だにしない。よく見るとぼろ布のような服を纏った人の方が多く、まともに見える服を着ているのは四人程のようだ。普通の人には無い部位を備えているようで、もしかしたらぼろ布の人達は奴隷というやつかもしれない。他には、荷馬車を牽いていた馬だろう、死体が四つ見える。

 二体の罪深い窟竜はそれらに目もくれず荷馬車の周りを回っている。全部殺してから美味しく頂くつもりなのだろう。と思った矢先、一体の罪深い窟竜が死体に齧り付いた。我慢できなかったのかな?もう一体がそれに気づき、小競り合い始まってしまった。ぎゃうぎゃうと牙や爪を空振りさせたり跳ねたりしていて、見ように拠っては可愛くも有る。


――なにやってん、緊張感無いなぁ。……んお?


 しばし小競合っていた二体だが、ようやくボクが遠巻きに眺めているのに気づいたようで、獲物そっち退けで臨戦態勢に入ったようだ。短くぎゃうっ、と威嚇してきたのだから、迎え撃つに吝かではない。ヘッドショットとは言え”角射出”で一撃なのだ、そう強い相手でもないだろう。視界の端では此方ににじり寄る二体の隙を突いてぼろ布を来た一人の女性が荷台から抜け出ていた。逃げるのだろう。さっさと行くと良いようん。凛とした目を不安気に燻らせた相貌はとても整っていて綺麗だ。年の頃は幾つくらいだろう?なんて思ってると、罪深い窟竜が走りかかって来た。

 瞬間気を取り直してそちらへすっと視線を移し、前を走っていた向かって右側の罪深い窟竜へ、取り敢えず”角射出”を放っておく。まさか飛び道具が来るとは思っていなかったのか、避けもせず突っ込んできたものだからすんなり命中した。首から胴の中程まで深々刺さった罪深い窟竜は、電源が落ちた家電の如く駆けた勢いのまま頭から崩れ落ちた。

 何が起こった、ともう一方の地竜の動きが一瞬止まったので、その隙に懐へ飛び込んで左腕で顎を打ち上げる。がら空きになった胸元へ、右の射出口から伸ばした骨製の”アサシンブレイド”を突き刺した。たっぷり15センチそれを根本まで差し込んで直ぐに引き抜き、がてら身体を捻って前蹴りで地竜を引き剥がす。暫く地面をのたうち回った罪深い窟竜だったが、程無く事切れた。


――ふぅ、上手い事決まったな。ええやん使えるやん。


 いつもの習慣で少し離れた所で仰向けに横たわる獲物を回収しようと近づき屈むと、ちかりと目に光が入った。なんだ?と前を向くと先程の女性が荷馬車の前で此方に短刀を向けていた。刃渡り10センチ弱あるだろうナイフを持つその腕はぷるぷると震えていた。怯えているのだろうが、その目には光が宿っているのが見て取れて、悪意を向けられているというのに気が抜けてしまう。鼻から一息ついて、獲物の回収を続ける。ついでだ、転がっている他の死体も回収してしまおう。奥の荷馬車も要らないなら貰っていいかな?雨風を凌ぐのに使えるかもしれないしね。

 女性も人が居るだろう荷馬車も無視して回収作業に精を出す。やっぱり何人か純粋な人間じゃない人も混じってるな、うぅ、ぐろい。これからまた食べないとなぁ、と思うと憂鬱になってくる。


 一番奥に有った二頭の馬の死体と横転した荷車、散乱した荷物を回収して、途中だった散策を再開する為に人工道へ入った地点へ引き返す。そう言えばここは結界内だと言うのにあの地竜達は平然と侵入してたな。やはり一定の強さを持つ魔獣には効かないのだろうか、それとも竜種には効きが弱いとか、そう言えばダンジョン産の蛇の魔獣もこっち側に居たな。もしかしたらあのダンジョン由来の魔獣はこの程度の結界では防げないのかもしれないな。

 等と考えながら荷馬車の横を通り過ぎようとした時、視線を感じた。つい、と右側を見やると先程の女性がへたり込んだ状態で此方を見ていた。呆然とした表情を貼り付けていたが、ボクが顔を向けるとびくりと肩を震わせ、へたり込んだまま改めてナイフを突きつけてきた。


「こ、来ないで。」


 凛とした澄んだ声を震わせて、そう要求する美女。よく見れば顔や腕には緑色の鱗のようなものが幾つか張り付いている。視線を下げるとお尻の方にはすらりとした尻尾が土を舐めていた。この子も別の人類か、こういう種類も居るんだな。

 今尚唇を引き結び、きっ、と此方を睨みつけているが、逃げたいなら逃げればいいのに。あ、そうか。もしかして荷馬車の中の人達を庇っているのかなと思い至った。ならこんな物騒な所でいつまでも睨み合ってないで、引き返すかこの道を抜けるかすべきだろう。こんな美人に敵意を向け続けられ続けるのも良い気はしない。これがこの身のSAGAか。悲しい。気分が落ち込んできた。もう一度鼻で息を吐いて、さっさと帰ろうと思う。

あ、せっかくだから”腹話術”の練習の成果をここで見せよう。もう機会もないだろうし。


「こんにちは、ここは危ないからさっさと帰りや。」

「えっ……?」

「こっからならこのまま進んだほうが早くこの森抜けれるで。たぶんね。」


 咄嗟に親切にしてしまったが、前世での悪習、と言うか何と言うか、やたら人に気を使ってしまう癖が此処に来ても抜けてない。やだやだ。もう人間じゃないんだから人に気なんか使っても仕様が無いだろうに。

 一刻も早く此処を去ろうそうしよう。ほいじゃ、と別れを告げて有るき出す。歩き出してから挨拶する必要なかったなとまた後悔した。全然反省せんなこいつ。自虐に拍車が掛かる。あ、あの子らの鑑定し忘れた。もーやだ。あー。

 気持ち項垂れつつ森に入り、ベースへ向かう。今日はもう帰ろうと決めた。身体は疲れていないが、心が付かれた。”無限収納”内のあれやこれやも明日にしようそうしよう。


 ベースまで半分くらいの所まで来た辺りで、何やら背後が騒がしくなってきた。なんだぁ?と背後に振り返り、来た道を戻りつつミニマップを見ていると、表示範囲の端の方で何やら緑と青、赤い光点が暴れまわっている。いや、暴れと言うのは語弊があるな。動きを見るに人が魔獣に追い立てられているのだろう。そして、こんな所へ居る人なんて、心当たりは一つしか無い。光点の詳細を確認してみると、内一つが遭遇済みになっている。確定かな…?

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