0-17.ばいばい人生


 暫く追いかけた所で、元の平地の森へ戻って来ている事に気づく。何で此処へ?と思ったが、僕自身平地の方が立ち回りやすいので有難くは有る。さっきまで居た場所は、足音が隠れるので悪くは無いのだが、如何せん踏み込みがし辛いのだ。案外相手もそうなのだろうか。とは言え、こちらにもデメリットは有る。樹木の密集度が高いので、大きい動きが……あ、それが狙いか。

 何だかどんどん不利な方へ誘い込まれるような焦燥感から、出来るだけ早く決着を着けるべきだと結論付ける。脚にぐっと力を込める。


 だんっ、と大きく跳ね、前方を走るアルヴィエール雷狼へ掴みかかる。気づいたアルヴィエール雷狼が体を反らすが、避けきれず爪の先が毛皮に突き刺さって少し抉る。痛みに体制を崩し二、三度転げたが直ぐに立て直したアルヴィエール雷狼は、前方の木に飛びつくと、更に脚を弾ませ角から飛びかかってきた。

 咄嗟にこちらも回避行動を取ろうとするが、思いの外深く踏み込まれていたようで、アルヴィエール雷狼の角がするりとボクの方を撫でる。よく見ると、角の下側は鋭利に研がれた刃のように尖っていて、撫でられた肩口にはふさわしくパックリ傷が出来、血が溢れた。


――いったぁ!?痛い痛い!


 ”苦痛耐性”スキルが聞いているはずだが、それでも痛い。全然痛い。やばい。

 血の溢れる肩口を抑えつつ想定以上の自分の出血に動け無いで居るボクを見て好機を捉えたのか、アルヴィエール雷狼が助走をつけて突進してきた。一角兎なんて目じゃ無いくらいの威圧感だ。

 さっ、と血の気が引いたかと思うと、咄嗟に手が出ていた。あわや串刺し、という既の所で、左手はアルヴィエール雷狼の角を、右手は奴の首根っこを掴んでいた。角の下側を掴んでいる指からは血が溢れている。痛い。

 正直どうやったか覚えてい無い。状況が一瞬理解出来なかったが、それも直ぐに解け、チャンスとばかりに腕に力を込める。アルヴィエール雷狼もジタバタをもがくが、気合を入れて抑えつけ、勢いをつけて傍らの大木に打ち付けた。


「ぎゃん!」


 打ち付けた衝撃で手が離れ、体制を崩し倒れてしまう。左側の出血が酷く見える。それでも、HPバーは六割半程残っているので、見た目よりは余裕があるのだろう。対するアルヴィエール雷狼も今の一撃で五割を切っている。押し切れる……!

 ふらりと立ち上がり、激しい痛みと、肺を打ち付けたのだろう、呼吸困難になって地をもがいて居る。

 ようやく息を吸えるようになったアルヴィエール雷狼の首根っこを再度がしりと掴み直し、力を込めつつ引きずり進む。


――はぁ、はぁ……もっと広いとこ行こか……。


 ずるずると引きずる最中もアルヴィエール雷狼の抵抗は弱まらず、暴れる爪に身体の右側を傷つけられ続ける。

 遂に痛みに耐えきれず膝が落ちてしまう。それでも首をつかむ腕は解か無い。

 気合を入れ直し、再び立ち上がる。一息吐いて、アルヴィエール雷狼を大きく振りかぶり、放り投げた。奴は木々の葉を突き抜け少し行った所で落ちてぎゃん、と悲鳴を上げた。ぼたぼたと液体を流しながら歩みを進める。


 森を抜け、ベースの河原まで戻ってきていた。奴は広場の真ん中辺りで短く息を吐きながら横たわっている。追いかけっこ(命がけ)をしている内にこの辺りまで戻ってきていたのをミニマップ越しに確認していたのだ。

 ここは奴らに殺されそうになった場所でも有る。ここまで来たのだ。決着を着けるなら、ここで。そう思った。


 ボクを見つける否や、奴は震える身体を持ち上げてぐるぐると喉を鳴らして威嚇してくる。ボクも近くまで歩みを進める。

 お互い血だらけで息も荒く、満身創痍。HPバーも二~四割程。なのに――。


――終わりに、しようや……。


 胸は不思議と、高揚感で満たされていた。こんなに痛いのに、こんなに苦しいのに、頭ははっきりとしている。こんな感覚感じた事が無い。ある種の心地良さまで感じている。何なのだろう、これは……。


 数拍の後、アルヴィエール雷狼が此方へ向かって駆け出した。真っ直ぐボクを見据え、ボクを殺す為のただ一つの獣として跳ねる。ボクは迎え撃つために半身下げ、右の爪を剥いたままの姿勢で待ち構える。

 アルヴィエール雷狼は二メートル程手前で大きく跳ね、その角や爪で獲物の身を盛んと落ちてくる。あわやのタイミングで、ボクも剥き出しの爪を振り上げた。

 しかし目測を誤ったか、振り上げたボクの腕は空中で身を捩る事で交わした奴の眼前を通り過ぎる。狼は瞬間がら空きになったボクの脇腹に狙いを定める。だが、何の事は無い。ボクの本命は――。


――こっちじゃ!


 ぶうんと空を切る音と共に、ボクの長い尾がアルヴィエール雷狼の横っ腹にぶつかり跳ね飛ばす。わざと早いタイミングで腕を振り切り、その勢いを遠心力にして尾を振る。一角兎を一撃で屠った、しかしあの時よりレベルの上がった”尾撃”が迎撃の本命だったのだ。

 アルヴィエール雷狼が大きく空中に弾かれている隙に体制を立て直し、次激に移る為に駆け出した。二歩三歩と地を駆けた所で、アルヴィエール雷狼が空中で身を翻し、此方を見据えている。その角にはばちばちと始める光を纏っていた。相当なダメージを受けただろうに、即座に身を翻し次の攻撃へシフトしている奴は、流石だと思わざるを得無い。

 このままでは奴が着地する前にあの電撃が降ってくるだろう。奴が地面に降りるのに10秒もかかるまい。残りの体力であんなものを受ければどうなるかわから無い。ぞっ、と恐怖心が顔を覗かせる。


――ふっ、っざけんなぁ!こんな所で、殺られてやる訳にゃあ、行か無いんだよぉ!!


 咄嗟に立ち止まり左腕を点に伸ばす。右手は左手首を掴んで固定する。アルヴィエール雷狼がかっと強い光を発し、雷槌を放った。

 同時に左腕に装填した角を天に向かって発射する。射出された鋭角が1メートル程行った所で電気の塊にぶつかり、その場から四方に稲妻を走らせた。轟音とともに、すっかり陽も落ちた暗闇が支配する世界を幾重物稲光が照らし開いていく。ある者は砂利を掻き分け地を焦がし、ある者は樹木に当たって焼き抉った。

 着地した巨石の上で、まさか、と言った形相で身を固めて立ち尽くすアルヴィエール雷狼。ぼうっとしている暇は無いぞ。

 ”角射出”の後、結果は見ず直ぐに駆け出す。後方から稲妻が追い越して行ったがボクに当たる事は無かった。力の限り地を蹴って、跳ねるように進むボクの姿に、一瞬の後に気がついたアルヴィエール雷狼だったが、その頃には奴の眼前まで迫っていた。右腕を突き出し”角射出”を放つ。やはり角は少し反れ、奴の脇を通って腿に深く刺さった。ぎゃいんっ、と痛みに身を捩り、刺さった衝撃に下がった左足からバランスを崩す。すかさず下から爪を振り上げ奴の胸から斬り上げる。

 浮いた上半身両腋に手を入れ掴んで爪を食い込ませる。突撃の勢いで横たわる巨石の中程まで乗り上げていた。

 両腋に手を入れられては、当然腕を下げる事も。首を下げて噛み付く事も出来無い。腕を伸ばせば疲弊した奴の後ろ足も届きはし無いだろう。その状態で少し息を整える。ボクの残りHPは二割程、奴は一割程だ。


 息も絶え絶えに奴とボクは睨み合う。この期に及んで、奴はまだ諦めてい無いのがわかった。ボクは両腕に角を装填する。肉の中で鈍い装填音が聞こえる。

 大きく息を吸って、吐く。未だ微量ながら抵抗を続けるアルヴィエール雷狼の身体に、両腕の”角射出”を打ち込んだ。HPが見る見る減っていく。

 アルヴィエール雷狼はがふがふ、と荒い息を吐きながら尚もボクを睨みつけている。

 奴の首に噛み付いて、捻る。ごきりと鈍い音がして、アルヴィエール雷狼のHPはゼロになった。


 ゆっくり牙を引き抜いて、奴の死体を”無限収納”へ入れる。辺りには静寂が支配していた。虫の声も、小動物の駆ける音も聞こえ無い。

 出血が酷すぎるせいか、ボクのHPも一割を切っていた。早く回復しなくては。

 ショートカットから獲得した獲物の汚物処理をして、先程屠ったアルヴィエール雷狼一体、アルヴィエール狼を二体、ボクが倒した訳では無いが、業深い毒蛇シンフルバイパーを一体を目の前に転がす。


 ふらふらとしながらも、アルヴィエール狼から手を付ける。


 ぼきりぐちゃり、と音を立てながら胃に放り込んでいく。


 何度か嚥下した頃、ぽろ、ぽろ、と玉の液体が流れ落ちている事に気づいた。


 何故かは分から無いが、泣いているらしかった。


 どんどん視界が潤んで、もうよく見え無い。


 走馬灯のように、前世での思い出が脳裏を過ぎっては消え、過ぎっては消えて行った。


 人間のボクは、もういい。ボクは、ドラゴンだ。


 これからもずっと、こうやって行きていくんだ。


 この時ようやく、人間だったボクが死んだ事を、飲み込めた気がした。


 三体の狼を腹に収めた時、ナビィがレベルアップを告げる。


 気づくとボクは、再び訪れた夜の闇に、大きな咆哮を轟かせていた。


――ばいばい、人生。

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