第24話 交錯、姉の到着
5月19日10時。
黄空ひたきと元いろはは宇宙港にいた。
気付けば、二人が出会ってから一週間が経過していた。
宇宙港銀河間線。
航行が制限されたそこに、ようやく一般人である元いろはの姉が到着する。
順番待ちは大変な苦労を極めただろうことを、黄空は社内の話を聞いて把握していた。
今日の日に休みを取るために黄空はここ数日少し残業をしていたが、その分、入ってくる情報も多かった。
黄空はまだ新しい出張の予定を立てられない状況にあった。
いろはが姉と再会したら、黄空家からは立ち去るのだろうか。
黄空はその話をいろはとしそびれていた。
元いろはと黄空ひたきは銀河戦のものものしい雰囲気を避け、姉の到着時刻が近付くまで、星間線のロビーで時間を潰していた。
手持ち無沙汰をごまかすように、いろはが口を開いた。
「姉の名前は元
「詩歌さん」
「……実は姉は実の姉ではありません」
「おっと」
突然の新事実だった。
黄空ひたきは少し驚いたが、珍しい話ではない。
「まあ、だからといってどうというわけでもありません」
いろはは気負いなく続けた。
「たとえ実の姉で無くとも私にとっては姉であることに変わりありません。そういう姉です」
「そっか」
黄空は頷き、複雑な事情を聞くことは控え、話題を変えた。
「ところでお姉さん蕎麦好き?」
「和食好きですね、はい」
「じゃあお姉さん着いたら蕎麦屋行こうよ。私の行きつけなの」
黄空ひたきは思い出す。
一週間前に青山春来と出会った行きつけの蕎麦屋『まるぼろ』。
「いいですね。黄空さんの行きつけのお店、私も興味あります」
「うん」
ふたりは微笑み合い、元詩歌を待つ。
その到着が何をもたらすか、知りもせずに。
一方、その頃、リリークリーフ中の幹第一区画に位置するエメラルド恒星警察本部の広域捜査課の捜査官の中に青山春来、剣ヶ峰捜査官、そして紫雲英がいた。
赤い男の追跡は難航を極め、暗礁に乗り上げていた。
「黄空ひたきと元いろはに見張りをつけたがそちらも特に動きなし……と。まあ、俺の印象は白でしたが」
剣ヶ峰が調査書をめくりながらぼやく。
青山は肩をすくめる。
「俺の印象はグレーだ」
紫雲は二人のやり取りを黙って聞いている。
元々紫雲は外部の、入星管理局の人間だ。捜査本部において紫雲は必要のないときには基本的におとなしくしていた。
「今日はとうとう元いろはさんのお姉さんが到着されるそうですね」
「ああ、それで何が動くと言うこともないだろうが……元いろはにとっては幸いなことだろう」
青山は淡々と続けた。
「それにしてもこの監視カメラまみれの社会でみごと行方をくらました赤い男……しかし何にせよ、人がやることだ穴は必ずある」
「ただその穴が眼鏡に空いてりゃ分かりやすいが、靴下じゃ分からないっすよねえ」
「靴を脱がしてやらないとということだな」
「そして、そもそも裸だったら?」
「穴だらけと言うことか」
しばらくの間、二人の軽口を成長していた紫雲がとうとう口を挟んだ。
「お二人とも言葉遊びも大概に」
気分を害したと言うよりは、不毛な会話に飽きたという風情だった。
「我々は現実の災害……いえ犯罪と向き合っているのです。青山捜査官、剣ヶ峰捜査官」
「これは失礼」
「ごめんなさい」
青山と剣ヶ峰は素直に頭を下げた。
紫雲は苦笑いを返す。
「とはいえ私もあのレッドとかいう男が裸の王様であることに同意したいですけどね」
「どうしようもない愚か者です。我々の世界にあってはならないレベルです。強権ふるえる王でなかったのがもっけの幸いです」
「いやまったく」
結局それらの言葉は次の指針をなくした彼らの軽口でしかなかった。しかしその軽口の時間は急に破られた。
紫雲英のデバイスに連絡が入った。
「もしもし紫雲です……はい、ええ、了解。伝えます」
通信を保ったまま紫雲は青山と剣ヶ峰に向き合った。
「宇宙港から入星管理局に入星データ不一致者に関する通報がありました」
入星データは全天コンピュータによって管理されている。
青山は素早く立ち上がったが、剣ヶ峰は椅子にかけたままぼやく。
「はあ。今の時期ですから大いに警戒するのは分かりますし、入星管理局の管轄でしょうけれど……たまーにあるじゃないっすか。データ不一致なんて。いかに全天コンピュータの管理が偉大とはいえ端末は人のやることですからねえ」
剣ヶ峰の軽薄な態度に紫雲は表情を崩さず続けた。
「はい。剣ヶ峰捜査官のおっしゃるとおりです。しかし今回の件は我々が追うレッドに大きく関係する人物に関するものでした」
「といいますと」
剣ヶ峰は合いの手を打ちつつ立ち上がった。
青山は手元の端末でパトカーの手配をすでに始めていた。
「元詩歌」
紫雲英はその名を告げた。
「はじめ……」
剣ヶ峰は、顔をしかめた。
「キューブヒルズに本籍を置く元いろはの義理の姉です」
紫雲の言葉に青山は頷き歩き出した。
「急ぐぞ、剣。紫雲さん、車は5人乗りが手配できました。同乗してください」
「了解」
「承知しました」
三人は歩き出す。
廊下を行く途中で、青山はふと警察内部の状況に気付いた。
「最近は保安官たちも忙しないな」
広域捜査官である青山たちが事件の捜査を主に担っているのに対し、保安官は治安の維持を担当している警察官だ。
「ああ、こないだの怪獣事件でビル工事に遅れが出たせいで、準保留施設の再利用案が浮上したらしいですよ」
準保留施設とはリリークリーフの開発区域の中でもまだ開発に着手されていない部分にあたる。
先日の怪獣事件で火災が発生した年の輪第六区画の開発ビルよりも優先順位は低い場所になるが、ボルケーノサラマンダーの一件でそうも言っていられなくなったのだろう。
「で、まずはそこを根城にしてる根無し草さんたちの規制をやるとか……根城にしている根無し草ってなんかおもしろいっすね」
「なるほど、どこも大変だな」
「そうっすねえ」
淡々と、日常会話を交わしながら、青山と剣ヶ峰は歩みを進める。
紫雲英はやはり沈黙を保ってそれに続いた。
11時15分、宇宙港、星間線。
「そろそろ、行こうか」
「ええ」
黄空の促しでいろはは立ち上がった。
銀河間線の中は普段より混雑していたが、到着出迎えロビーはむしろ閑散としている方だった。
「来ました」
元いろはの声に黄空ひたきはその人を探した。
元詩歌は、いろはにすぐ気付きいろはと視線を合わせた。
そして横の黄空に気付き深々と礼をした。
元いろはとはあまり似ていない女性だった。
年は黄空とそう変わらないくらいだろう。
トランクを片手に元詩歌が一歩一歩こちらに近付く。
元いろはもまた駆け寄るようにして詩歌に向かう。
黄空もゆっくりそれを追いかける。
二人が落ち合おうとしたその時、横から介入してくるものがあった。
「エメラルド恒星警察本部広域捜査官、青山春来です」
身分証デバイスを元詩歌に見せながら、青山春来はそう言った。
横には剣ヶ峰と黄空たちにとっては見知らぬ女性、紫雲英。
剣ヶ峰だけは黄空といろはに視線をやって小さく礼をしたが、すぐに詩歌に向き直った。
青山と剣ヶ峰、そして紫雲英が緩やかに元詩歌を包囲した。
黄空は思わず周囲を見渡す。
こちらに向かって走ってくる制服警察官の姿が見られた。
気付けば詩歌の周りを三人が、黄空たちの周りを何人かが取り囲んでいた。
周囲の通行人がざわめく。
何人かが動画記録デバイスを起動しているのが横目に見えた。
「元詩歌さん。全天コンピュータによる銀河間線システムへの介入の容疑で拘束させていただきます。こちらは全天保全法に基づくものであり、あなたに拒否の権利はありません。黙秘権はありません。あなたおよびあなたの共犯者はこれより容疑の全容が判明するまでエメラルド恒星警察および入星管理局の監視下に置かれます」
青山春来は淡々と令状を読み上げた。
全天保全法はすべてに優先される全天連合加盟星の法だった。
何人たりともそれに逆らうことは許されていない。
「お姉ちゃん……?」
元いろはは驚天動地。突然の出来事に目を白黒させて一歩前に出ようとしたが、青山の背中に阻まれて、元詩歌には近付けなかった。
一方の元詩歌の顔は思いのほか平然としていた。
「……分かりました。同行します」
青山たちにそういうと元詩歌はこちらを見た。
元いろはではなく、黄空ひたきを見た。
「ごめんなさい、黄空さん。妹から話は聞いています。もうしばらく妹のことをお願いします」
「わかりました」
黄空は自体の掴めぬまま、そう即答していた。
「……一切、何も分かりませんがいろはさんのことはお任せください。責任を持ってお預かりします」
「お姉ちゃん!」
いろはが青山の背中にぶつかるように前に出た。
青山の背中は微風に揺られたように揺るがず、こちらを振り向くこともなかった。
「いろはちゃん」
黄空はいろはの肩をおさえた。
何が起こっているかは分からなかった。
しかしここで取り乱しても何にもならないことだけは承知していた。
真実の一端をもたらすと思われていた元詩歌が遠ざかっていく。
元いろはがうなだれた。
それはもちろん真実を失ったからではない。身内を連れて行かれたから。
黄空ひたきにはどう声をかけていいのか分からなかった。
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