第23話 交錯、青山といろは
5月16日11時。黄空家。
元いろはは鳴らされたチャイムに困った。
ここ数日、黄空の家で過ごしていたが来客が来たことはなかった。
どうしたらいいかと迷っていると、コンシェルジュロボが近づいてきた。
『元いろは様、来客者を投影します』
空間に投影されたのは背筋を伸ばして黄空家の玄関の正面を見つめる青山春来の姿だった。
「青山さん……」
黄空から無事を聞いてはいたが、元気そうな姿に改めていろははホッとした。
『アオヤマサンを登録しました。どう応対されますか?』
コンシェルジュロボは青山の映像の周囲に選択肢を投影した。
「留守を通達」「迎え入れる」「音声を開く」「他」。
いろはしばらく迷ってから、「音声を開く」を選択した。
『アオヤマサン、音声通信を開きました。ご用件をどうぞ』
「エメラルド恒星警察本部広域捜査官の青山春来です。黄空ひたきさんのお宅と存じ上げますが、元いろはさんはご在宅ですか?」
淡々とした声色と表情で青山は尋ねた。
「は、はい。おります。私がいろはです。あ、でも黄空さんはお留守です」
「承知しております。少しお話よろしいでしょうか? お時間頂けるのなら外でもよいのですか」
「ええっと、じゃあ外で」
主人不在の家に勝手に人を上げることが躊躇われ、元いろはは外出を選択した。
『行ってらっしゃいませ、元いろは様』
「いってきます」
コンシェルジュロボに手まで振って、いろはは青山の待つ外へと踏み出した。
リリークリーフの地理に疎いいろはにかわって青山が選んだのは黄空の家から歩いて5分もかからない喫茶店であった。
青山はビジネスの話をしたいのだと店員にしれっと嘘を告げた。ふたりは奥の方に案内してもらった。
スーツ姿の実直そうな男とほとんど手ぶらの普段着の女。
一体どんなビジネスに見えるのだろうといろはは少しおかしく思った。
コーヒーを2人分注文し、一息ついたところで青山は頭を下げた。
「すみません、急にお呼び立てして」
「いえ、大丈夫です。あ、青山さん退院されていたんですね。よかったです」
赤い男の直接的な被害者である青山が元気にしていることは、いろはにとって肩の荷がおりるような出来事であった。
ボルケーノサラマンダーの一件で無事とは聞いていたがこうして直接会えたことがいろはには喜ばしかった。
「ええ、おかげさまで。仕事にも復帰できました」
「ということはお仕事で参られたんですよね?」
「ええ、仕事です」
そう言って青山はメモ用デバイスを取り出した。
「これからお訊ねすることは一度私の同僚がお聞きしたことと重複するかもしれませんが、あまり気にせずお答えいただければ幸いです」
「分かりました」
あまり気にせず、あまり緊張を表に出さず。いろはは自分に言い聞かせる。
「あの後、何か困ったことはありませんでしたか? たとえば赤い男に居場所を嗅ぎつけられたなど」
「そういう空気はありませんね。昨日は黄空さんと年の輪第六区画にお買い物に行きましたけど……」
「おや、そうでしたか」
青山は淡々と続けた。
「では、ボルケーノサラマンダーの一件もご存じですか? 実は自分もあの現場に居ましてね」
「はい、警報が鳴っていましたね。被害はありませんでしたけど」
「それは何よりです」
青山はそう言って頷いた。
「それ以外だと基本的に黄空さんの家に引きこもりっぱなしだったので赤い男に嗅ぎつけられたかどうかは私には……黄空さんでしたら違う答えになるかもしれませんが、彼女からもそういう話は聞いていません」
「そうですか」
「……あの、そういう危険性があるという事でしょうか」
いろはがおそるおそるした質問に青山はゆるりと首を横に振った。
「念のための質問です。はたしてどういうことが起こり得るかどうか、われわれには想像もつきません。断言も出来ません。しかしとりあえずここまで歩いてきましたが、特につけられている形跡はありませんでしたので、今のところは大丈夫かと思います」
「なるほど……」
すでに警戒はしていた。
青山にとっては職務上当然のことかも知れないが、なかなかどうして抜かりがない。
「場合によっては特殊緊急通報システムを適用することが可能です」
青山はデバイスを操作し、いろはには見慣れない機械を投影した。
「こちらは重大事件の関係者に適用されるシステムで、この機器を使えばワンプッシュで警察その他への通報が位置情報と共に発信可能となっております。ただしリリークリーフからの移動に多少の制限がつくなどの条件があります。申請されますか?」
「ああいえ、結構です。今大丈夫なら、大丈夫だと思います。たぶん。あんまり危険なとこ、ええっと監視カメラとかないとこに行かないようにしますね」
いろはは慌てて答えた。
制限がつけばアメツチデバイスのことも露見するかも知れない。
そういう警戒心が彼女の中に芽生えていた。
「そうですね。そうしていただくのが最善かと」
青山はデバイスを操作し投影していたものを消した。
「それでは質問を続けさせていただきます」
「はい」
「赤い男は私を下した後、あなた方を襲った、間違いないですね?」
「はい、青山さんがトロッコ起動してくれなかったら危なかったです。その節はありがとうございました」
いろはは改めて頭を下げた。
「どういたしまして。その際、赤い男は何か言っていましたか?」
「……いえ、ほとんど意味の通じるようなことは何も……ああ、なんか青山さんのことは褒めてましたよ」
いろはの記憶が正しければ、赤い男は青山のことを、立派だとかなんとか言っていたはずである。
「あの男に褒められてもうれしくはありませんね……」
初めて青山の顔に感情が浮かんだ。いろはも気持ちは分かる。
「それは、そうですよね」
「赤い男と会話は成立しなかった。そう言う理解でよろしいでしょうか」
「よろしいです」
こればかりは嘘ではない。目的は分かっていても言葉が通じない。赤い男はそういう男だった。
「ありがとうございます」
青山はいったん言葉を切った。
「こうなるとやはり解せないのは退却した理由ですね……」
深刻そうな顔で青山が黙り込む。
赤い男が退却した理由。
そのひとつは黄空に撃退されたからだろう。
しかし黄空から聞いている限りでは赤い男に余力はあった。しかし追撃はなかった。
それはもちろん幸いなことだったが理由は確かに気になるところだった。
「時間切れとかかもしれませんね」
なんとなく、元いろははそう言っていた。
「時間切れ?」
「すみません、ちょっとした思いつきです。ただあんな熱量のパワードスーツ、長時間駆動できるのかなって、そう思っただけです。素人考えです。忘れてください」
かなり早口になってしまった。
実際、アメツチデバイスに駆動時間の制限などないのだ。
これを真に受けられて対策を練られては少し困る。
しかし時間制限なんてないんですと今更言うわけにもいかない。
なぜ知っているのだという話になってしまう。
「時間切れ……何もパワードスーツの時間に限ったことではありませんね。宇宙港に警察がくる時間。なにかの待ち合わせの時間。……考え出したらきりがないな。しかし時間切れ、ですか」
いろはの思いつきは青山になんらかの天啓を与えたらしい。
それもいろはの考えよりも深い方向に。
いろはは少しホッとした。
とはいえ、それらをいろはが考えて何になるというのだろう。
父からの預かりもの、できれば取り返したいが、危険を冒してでもというほどの強い動機も、賭けるだけの力量もない。
赤い男の正体も目的も現状も、考えたところでいろはには何もできないのだ。
「話を戻します」
青山春来はその後、いくつかの質問をしたが、いろはに答えられるようなものはなかった。
その後、青山はいろはを黄空家に送り届けてその場を辞した。
黄空ひたきが帰宅して、初めていろはは黄空の元に剣ヶ峰捜査官が訪ねていたことを知った。
「探り、だろうね」
あえて深刻にならないように黄空はそう言った。
「……疑われているのでしょうか?」
「どうかな……」
黄空はそれが考えても答えの出ない問いだと知っていた。
「まあ私といろはちゃんの証言に多少のブレがあっても人間だもの間違えることはある。あんまり気にせず堂々と構えてれば良いさ」
黄空ひたきの軽快さに元いろはも心が軽くなるようだった。
「ああそうだ、ひたきさん。姉から連絡がありました」
「うん?」
「エメラルド恒星系に着くめどが立ったと」
「それはそれは」
真実の一端。元天地の指示を持っているはずの人物の予兆に黄空は複雑な顔をした。
いろはの姉の来訪が自分たちをどの方向に転ばせるのか見当もつかなかった。
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