交錯
第21話 交錯、黄空と剣ヶ峰捜査官
5月16日6時半。黄空家ではニュースを鑑賞しながらの朝食が楽しまれていた。
連続放火魔が怪獣だったニュースは世間では大きく取り上げられた。
宇宙港の火災もボルケーノサラマンダーによるものではないかという風説も流れ出した。
捜査当局および入星管理局はそれをもちろん否定した。
しかし赤い男の行方は杳として知れず、ボルケーノサラマンダー犯人説は根強い噂となりつつあった。
それを黄空ひたきと元いろははただの噂だと知っている。
ボルケーノサラマンダーはキューブヒルズに引き渡されたという。
それらを伝える朝のニュースを眺めながら黄空は食事を口に運ぶ。
「……あれを飼える施設とかあるんだね」
「ありますよ通称動物園。一般公開は例の如くそんなにありませんけど」
さらりといろはは応えた。
黄空から見れば常識の埒外の生物も、いろはにとっては慣れ親しんだ生物のひとつのようだった。
「……青山さんよく知ってたよな、ボルケーノサラマンダー」
「そういえばご無事だったんですね、あの捜査官さん」
「元気そうだったよ」
「よかった。ほんとうに良かった」
いろははしみじみと噛み締めるようにそう言った。
自分たちを助けようとしてくれた恩人の無事はふたりにとって良きニュースだった。
「……黄空さんのことは報道されていませんね」
「そうだね。まあどちらかというとありがたいけどさ」
当局が何を考えているのか、現場に乱入したイエローのことは何一つ報道されていなかった。
ボルケーノサラマンダーへの対処方法に関する報道もなされていた。しかし事情を知っている黄空たちから見ればどこかお茶を濁したものに見えた。
「仮に箝口令が敷かれているのだとしても関わった人間の数的にどうしたってバレそうなものだけど……そうまでしてイエローの存在は伏せたいってことか」
「……リリークリーフではこのような情報統制は当たり前なのでしょうか?」
「うーん。事件の詳細を伏せて犯人しか知り得ぬ情報を隠してた、みたいな報道は裁判でたまに聞くけど……情報統制されてたらされてることに気付かないからねえ」
「ああ、まあ、そうですね」
情報統制。キューブヒルズではどうなっているのだろうか。
黄空は少し気になったが、それを聞くには少し時間が足りなかった。
「それじゃ、そろそろ行ってきます、いろはちゃん」
「行ってらっしゃい、ひたきさん」
黄空ひたきは誰かに行ってきますと言うのにもだいぶ慣れてきていた。
外に出る。
空はいつも通りに黄色の筒が走っている。
黄空ひたきはそのさらに上に思いを馳せた。
会社において黄空ひたきは午前の業務をつつがなく進行していた。
そんな彼女に突如として受付からの連絡が入った。
『黄空ひたきさん、リリークリーフ広域警察から剣ヶ峰捜査官がお越しです。2階の応接室がお使いいただけます。お通ししてよろしいですか』
「お願いします。向かいます」
受付係員からの連絡に黄空は即答した。
剣ヶ峰という名はうろ覚えだったが、モニターに映された顔には見覚えがあった。
剣ヶ峰は赤い男が宇宙港を襲撃したあの日、黄空たちに事情聴取をした男だった。たしか青山の同僚と言っていた。
「……ふうん。ボスちょっと休憩いただきます」
「おう、せいぜい無能な官憲に協力してやってこい」
「無能はかわいそうですよ」
依然として知れない赤い男の行方。
しかしあの無軌道な暴力を追う仕事は黄空は想像しただけで同情してしまう。
捜査こそが彼らの仕事であるとしても。
そこにイエローという第三勢力が参戦したのだ。
あの場では受け入れてもらえたとは言え、捜査がどのように進展しているのか、申し訳なさとともに気になっていた。
剣ヶ峰捜査官は応接室をうろうろしていた。その目は好奇心に輝いていた。
若さが際だつ顔つきは明るくいっそ軽薄そうにも見えた。青山とは受ける印象が正反対だ。
青山があのボルケーノサラマンダーの火災現場で声をかけていたのはこの男だろう。
黄空はそれをなんとなく思い出しながら、気を引き締める。
ボロを出さないように、秘匿すべき物を秘匿し続けられるように。
黄空ひたきは扉をあけながら声をかけた。
「どうも、剣ヶ峰さん」
「どうも、黄空ひたきさん。こないだぶりです。お仕事中にすみません」
「構いませんよ」
黄空は応接室の椅子を剣ヶ峰に示す。
剣ヶ峰は軽く一礼してそこにかけた。
「お茶入れましょうか?」
「職務中ですのでお気持ちだけいただきます」
「わかりました。青山さんはお元気ですか?」
工事現場でお会いしましたけど、とは言えない。
しかし嘘というわけでもない。
あの後、元気にしているかは心配の種だった。
「おかげさまで、青山なら元気です。翌日に目を覚ましたかと思えば報告書を仕上げてすぐ現場復帰。先日の連続放火ニュースご覧になりました? あの現場にも青山いたんですよ。青山春来は人間じゃない。ロボットだ、ともっぱらの噂の種です」
「それは何よりです。あの放火現場にいらっしゃったということは、警察の方でも連続放火はあの狼藉者の仕業であると考えていらっしゃったのですか?」
「ええ、あの狼藉者……通称レッド、と呼ばせてもらいます。レッドの関与を疑う向きもありましたが……いやあ幽霊の正体見たり鬼だった、って感じですよねえ」
軽薄そうに見えてこの捜査官、なかなかに古い言葉を知っている。
黄空の記憶が正しければそれは地球時代の言語の言い回しのもじりだった。
「ええっと、それで本日はどのようなご用件で」
「ああはい。ええとですね」
剣ヶ峰捜査官は胸ポケットから使い古した手帳を取り出した。今時珍しい紙とペンの手帳だった。
警察官という職業上の秘密が多い職業を考えるに、こちらの方がセキュリティ性能は高いのかもしれない。
「あの後、何か変わったことなどありませんでしたか?」
「家に同居人が増えた以外は特に何も」
いろはは黄空の家で何をしているだろうか。
そろそろお昼の準備でもしているだろうか。
「そうですか。そういえば元いろはさんのご様子は? たいそうショックを受けてらっしゃったと記憶しますが」
「普通……ですかね。当初のショックはある程度癒えたようです。彼女の平時をそもそも知りませんので自信はありませんけれども」
ここ数日に出会ったばかりの他人。
いっしょに買い物にまで行ってずいぶんと馴染んでしまったけれどいろはと黄空は本来そういう関係だ。
「ああ、そもそもお二人はあの日が初対面でしたね。それはそうですよね」
「……実は昨日、年の輪第六区画にいたんですよ、私たち」
「あれっ、そうでしたか」
「買い物に行ってまして、いやあ警報には驚きました」
「買い物……例の大型ショッピングモールですか? いいですよね、俺も行きつけのお店ありますよ」
「そうそう、そこです」
「あの距離なら避難も最低限でしたよね?」
「ええ、おかげさまで」
「いやあ、宇宙港でレッドに巻き込まれ、年の輪第六区画で火災に接近して……なんか大変ですね、黄空さんと元さん」
「ただひたすら驚きましたねえ」
ただの世間話になっている。
これでいいのだろうか。
そう思って黄空は話題を転換した。
「他に何かご質問は?」
「あ、はい。ええっと、なにかあの赤い男について思い出されたことなどは? 些細なことで構いません」
「特にはないですね。そのような質問を改めてなさるということは、赤い男、尻尾も掴めていませんか?」
「いやあ、お恥ずかしながら」
剣ヶ峰は頭をかいて苦笑いをする。
「報道等でレッドと呼び続けているということは、身元すら不明?」
何故自分が質問する側に回っているのだろう。
少し戸惑いながらも黄空はそう言っていた。
「はい。顔を始めとする情報を銀河庁のデータベースと全天コンピュータに送って照会しています。しかしそれらしい情報はあがっていません。リリークリーフの正式な住人でもなければ正式な入星者でもないことは確かなようです」
「それはまた、大事だ」
黄空の知る限り、不法入星は大罪だ。
レッドが宇宙港に与えた損害を思えば些細なことかも知れないが、過去にそう例を見ない犯罪の一つだ。
「もう宇宙開闢以来の椿事です。セキュリティの穴の種類によっては何人の首が飛ぶのか想像するだに恐ろしいです。場合に寄っちゃ準管理社会未満の国家への風当たりが強くなる国際問題に発展しかねません」
この全天時代、国家はおおむね四つの社会に大別される。
管理社会。
準管理社会。
準放置社会。
放置社会。
全天連合に加入できるのはこのうち管理社会と準管理社会のみ。
全天連合の定めた最低限の規定に沿って国家運営を為しているかどうかで、全天連合ひいては全天コンピュータの恩恵を受けられる。
管理社会は厳しい国民の管理が行われている。
全天連合の中で圧倒的に多いのは準管理社会である。
地球時代の法治国家とほぼ意味を同じくするのが準管理社会といえる。
放置社会とは、人の自由を謳い、全天連合の定める最低限の国家要件を満たしていない恒星系および惑星の呼び名である。
原則として全天連合には加わることが出来ず、全天コンピュータの恩恵も受けることが出来ない。
リリークリーフは準管理社会。標準的な国家運営が為されている。
赤い男の行動を見て、放置社会の出身者ではないかと思うことは準管理社会の人間にはごく当たり前の思考である。
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