第2話 遭遇、宇宙港の彼女たち

 飲食スペースの外は騒然としていたが、ほとんどの利用客が統制のとれた行動を取っていた。

 あちこちから各々の役職を超えて出動してきたのだろう種類豊かな係員ロボの誘導に従い、利用客はおのおの不安そうな表情のままおとなしく避難をしていた。

 人波は切れ目がなく、黄空はそこに飛び込むのが躊躇われた。


 人々を誘導するロボットの筐体に反射する光がやけに目についた。


 通り過ぎるロボットが十機をこえた頃、人波に逆行して進む一人の女性が黄空の横を通り過ぎた。

 黄空より年下。まだあどけなさの残る顔。避難をするのではなく、明確な目的を持って人を必死で避けながら、どこかに向かっていた。

 黄空ひたきにそれは放っておけない。


「危ないよ」


 黄空は人をすり抜け彼女に追いつき、その手を掴んだ。

 彼女はとても驚いた顔で黄空を振り返った。

 戸惑いの中、彼女はぎこちなくほほえんだ。


「親切にありがとう。でも、ごめんなさい。行かなきゃいけないんです。私、行かないと」


 黄空を振り切り、彼女は歩いて行こうとした。

 その表情は決意と不安で揺れていた。


「待って、こっち」


 どうしても行きたいという人を止める手立ては黄空にない。

 義務も権利も力もない。

 だからせめて安全な道を示そうと、黄空は彼女を従業員用通路に導いた。

 その道は、青山が向かったことで確実であるように黄空には思えた。


 しばらく道なりに行くと宇宙港の制服を着た係員と行き会った。


「お客様、こちらは従業員用通路になります。この先の通行はご遠慮いただけますよう……」

「先ほど捜査官が先行したと思います。彼はどちらに?」


 青山の事を念頭に置いた黄空の言葉は功を奏した。


「捜査官でしたらこちらの道をまっすぐ行ったところのエレベータを使って降下されました」

「ありがとう。急ごう」


 まるで黄空たちが捜査官の一味であるかのような嘘をついた形になる。

 連れ合いの彼女は、何かものを問いたそうな顔をしたが、黄空はかたくなな表情でそれを抑える。

 平時ならこのような嘘はまかり通らないだろう。この混乱に乗じた嘘だった。

 しばらく行くと、エレベーターの中でも無骨な、いかにも業務用のエレベーターに行き会った。

 黄空は足を止めた。

 エレベーターにはロックがかかっているようだった。


「どうする? どこもこんな感じだと思うよ」


 それは最初から分かっていた。これを見せて諦めてもらえればいいと思っていた。

 同行者が前に出た。

 懐から小ぶりな端末を取り出しエレベータの操作基盤に押し当てるとエレベータは光の点滅を返した。

 小さいモーター音。

 エレベーターが到着した。


 何をしたのだろう。

 この子は何者だろう。

 彼女はエレベーターに乗り込みこちらに一礼した。


「ありがとうございました」

「待って」


 もしかしたらとんでもないことの片棒を担いでしまったかもしれない。

 その焦りと責任感から黄空もエレベーターに乗り込んだ。

 彼女は特に拒絶することもなく受け入れた。


 業務用のエレベーターは宇宙港の利用客用のエレベーターと違って外が見えない。

 重苦しい沈黙がエレベーターを包んでいた。

 黄空にそれは耐えがたく口を開いた。


「あなたの名前は? 私は黄空ひたき」

ハジメいろは、です。元日のガンでハジメ。あの、黄空さんの空は空中の空ですか?」

「その通りだけど」


 黄の方は訊かないのだろうか。


「そうですか」


 何かを確認するように元いろはが頷いた。

 再びの沈黙。

 黄空はエレベーターの階数表示を見た。

『銀河間線にて火災発生中。星間線も特別警戒中。続報に注意』

 非常事態を示す文言の横で、階数を表すデジタル数字がぐんぐんと下がっていった。

 元いた32階から1階まではもうしばらくかかりそうだった。


 落ち着かない気持ちで何か情報ははいっていないかと、デバイスを起動し、通信機能を立ち上げたが、圏外と表示されていた。

 黄空はけげんに思う。

 宇宙港は各通信会社の補助により、通信環境が充実している。

 今まで通信禁止区域以外で圏外の経験はない。

 あの爆発で通信系がやられたのだろうか。

 しかし銀河間線での災害が、星間線にそこまでの影響を及ぼすだろうか。


「いろはさんは、リリークリーフの宇宙港にはこれまで来たことある?」

「いいえ。私、今回の旅が故星のキューブヒルズから出るのも初めてで」

「そう」


 それではこの違和感は共有できない。

 それにしてもキューブヒルズと来たか。

 キューブヒルズはエメラルド恒星系の中にある惑星の一つで、学徒の星と呼ばれている。

 学者たちの集う星まるまる一つが研究機関となっている惑星だ。

 そこが故星ということはいろはの保護者がキューブヒルズの研究者ということになる。


「どうかしましたか?」


 いたずらに違和感を伝えて不安にさせることもない、黄空は何も言わないことにした。


「いいえ、なんでもないの。ただ、これはリリークリーフの日常じゃないよって」

「ええ、そりゃ、そうですよね」


 黄空が冗談で場を和ましたと受け取ったのか、いろはは少し笑った。

 黄空もつられて少し笑った。


 エレベーターが小さく振動した。到着。目的の階。

 一階に着くとそこに人影はほとんどなかった。すでに一般客の避難は終わったのだろう。

 忙しく駆け回る宇宙港の関係者は互いに必要以上に頓着していない。

 彼らはあまりにせわしく、黄空たちを気にかけるものも止めようとするものもいない。

 いろはが、あわただしい光景にひるんだのか、立ち竦んだ。

 それを好機と黄空は問いかける。


「戻る?」

「いえ、戻れません。戻っちゃ駄目なんです」


 何かを思いつめているような顔。


「……そう、きっと、こっち」


 黄空は記憶を頼りに宇宙港銀河間線方面へといろはを導いた。

 銀河間線と星間線の間には客が使えるものだけでも10以上の通路がある。職員や荷物の運搬するための通路であれば、もっと多くあるのだろう。

 その中でも1階の通路はあまり使われない。少なくとも黄空は使ったことがない。


 銀河線と星間線の間の連絡通路。

 黄空が見た人影が落ちた場所でもあるそこでは避難誘導ロボと火災対応ロボが行き交っていた。

 連絡通路に向かう扉には投影ホログラムで「封鎖中」の文字が一面に書かれている。

 今度こそ進めない。黄空は胸をなで下ろした。

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