あなたのお涙頂戴します

@Tane3

単話

 祖母が亡くなったのは、三日前の出来事。

 お通夜と葬式を終え、慌ただしさも落ち着いた今日。

 ようやく、実感したのだった。本当に祖母は居なくなったのだ、と。

 大きな感情が暴れ狂い、けれど、一筋の涙も流れてはくれなかった。

 昔からそうだ。どれだけ感情を抱えていても、表にはそれが出てくれない。

 感情が薄い、薄情だなんて言われることもあったけれど、それでも、祖母は私のことを理解してくれていた。

 悲しんでいる時は、それに気づき、おどけた様な言葉で私を元気づけてくれていた。

 けれど、祖母はもういない。

 ぐるり、ぐるりと思考は同じ場所を回り続けている。

 そうやって暫く蹲っていると、不意に、誰かの声が聞こえた。


「初めまして、お嬢さん。あなたのお涙、頂戴します」


 それはどこかおどけたような、私の心情からするととても場違いな空気を纏っていた。


「貴方は、誰?」


「僕は僕さ」


 その返事はどうにも的をハズレている。

 顔を上げてみると、そこには仮面の道化が佇んでいた。


「涙を頂戴しますって、何をするつもりなの?」


「僕は道化で、君は泣いている。

 なら、することは一つだろう?」


 きっと、仮面の下はしたり顔なのだろう。

 何故だか、そう確信した。


「泣いてなんかいない。放っておいて」


「それは出来ない。何より、君が望んでいない」


 分かったように言う道化に、ふつふつと怒りが湧いてくる。

 私のことを解ってくれていたのは、今は亡き祖母だけだった。

 だからこそ、祖母との思い出に踏み入られたようで……


「貴方に私の何が分かるの」


「分かるさ。君は今、とても泣いている。例え、涙が流れていなくても」


 道化の言葉が、思い出の中の祖母と重なる。

 その度に、祖母との思い出がとめどなくあふれ出してくる。


「ただ、君は感情を表に出すのが人よりも少し苦手なだけ」


「やめて!それ以上は――」


「僕はもう、君の前に現れることはない。そうしたくても、出来ない」


 道化は静かに仮面を外す。それは、いつか見た写真の中の――


「――え?」


「いつかきっと、あなたのことを理解してくれる人が現れるはず。だから、ふさぎ込まずに、どうか元気でね」


「ねえ、待って!なんで、そんな」


「残念だけど、もうお別れ。それじゃあまた、いつの日か。出来れば、遠い未来に会えることを祈っているわ」


 いつの間にか、道化の姿はなくなっていた。

 あるいは、夢だったのかもしれない。

 けれど――気付いた時、私の頬は確かに濡れていた

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