暇潰し

 アポイントの約束を取り付けた後、特にすることもないので街を散策することにした。

 取り敢えず目印になりそうな所から歩くことにして、遠くからでも屋根が見えていた建物へまっすぐ進む。

 壁外から見た通り南東方面に大きな舘が聳えており、その手前に庭園と柵が設けられている。領主館だ。

 その柵の前も芝生の敷かれた広場になっているので、待ち合わせらしき人々や昼寝をしている人がいた。

「ひとつ下さい」

「はいよ。熱いから気をつけてな」

 炙ったばかりの何かのロースト肉を削いでバゲットに挟んだものを受け取る。広場の端には似たような露店がいくつかあった。

 木陰は先客で埋まっていたので花壇の縁に腰掛けて頬張る。麦の食感と、シャキシャキのレタスのような野菜と、塩や香草で味付けされている肉の歯ごたえが食欲をそそった。

 完璧な配置で揃えられているわけではないが、小ぶりな花が色とりどりに咲き並んで目を楽しませる。思わず寝そべって昼寝したくなる気持ちも分かる。領主館の前でそれが許されているのは凄いと思うが。

「ほんとにそんな武器でいいのかよー」

「うるさい! 買えなかったんだからしょうがないだろ」

「早くしないと始まっちゃうよっ」

 のんびりしていたら目の前を少年少女たちが小走りで駆け抜けていった。

 私より歳はあるが、十には満たなそうだ。服装はお世辞にも裕福とはいえない価格帯、何故か両手に抱えているのはよく中古品で出回っていそうな剣だ。一人、女の子だけはその手に水晶らしき玉を付けた杖を握っている。

 明らかに冒険者らしい持ち物なのに「冒険者らしい行動」ではなかったのが目を引いた。

「今日の先生、ゼンメルさんだよ」

「げ! 間に合うかな!?」

「うわー、怒られる」

 慌ただしく駆けて行った三人組に、隣で寝ていた男が何だ何だと顔を上げたが、煩わしげに彼らを見てから再び体を横たえた。

「今の子達は何をしていたんですか?」

「……あ? ああ、あれだろ、訓練所」

「訓練所?」

「観光客か。冒険者ギルドでやってるところだよ、北の……」

 それだけ言うと眠たげに揺れていた瞼を完全に閉ざしてしまった。

 冒険者ギルドがそんなことをやっていたとは知らなかった。あの町にそういった施設はなかったはずだ。

「ということは、今の子達は将来の冒険者の卵……」

 なるほど、駆け出し冒険者にはありがたい機関だろう。

 どんなことをやっているのだろうか、案内くらいはしてもらえるだろうかと興味を引かれた。





 領主館から北門までは真っ直ぐだ。ちょうど正反対に位置するので大通りを突っ切って行けば迷わず辿り着ける。

 暇だったので探してみることにしたが、北門まで来てから番兵に聞いたところ、端にある無骨な建物がそれだと教えてくれてあっさり見つかった。

 大通りから外れた日当たりの悪い、所々に雑草が生えている区画の奥にそれはあった。

 外見だけだと体育館のような、四角いのっぺりとした三階建てほどの建物である。さらに塀で見えないが、かなり広い敷地も有しているようだ。

 看板も門番もおらず、解放されたままの門と、奥の開けっ放しの扉を暫く眺め、誰も出てこないしいいかと入ってみることにした。

 エントランスのようだが、飾り気はなく、必要なものだけが置かれているような印象を受ける。

「おや、授業はもう始まっているよ」

 横から声が掛かった。

 広間の脇に置かれたテーブルに男が一人座っている。手元には書類を広げており、どうやら作業中だったようだ。

「ん、見かけない顔だね」

「こんにちは。初めて来たんですけど」

 そう言うと、にこやかに笑みを浮かべながら立ち上がった。やや癖のある髪を後ろに撫で付けた、柔和な面立ちの青年だ。

 背の高い男性を見上げるこのなんとも言えない敗北感。

「どうかしたかい」

「いえ、何でも」

 昔は自分も背丈はある方だったのだ。

 そんなことは置いておき、彼から話を伺う。親切にもガイドのようなことまでしてくれることになった。丁度時間が空いていたそうな。

「君ほど若い子は滅多に来ないからね。七、八歳くらいかな」

「そのくらいです」

 大体その位である。間違いではない。

「それで、君も将来は冒険者になりたいのかい」

「ええと、実はランク1なんですけど」

「もう登録したのか! へえ」

 目を丸くされたが、どことなく呆れたような雰囲気だ。

 彼の名はディアク。この施設で働く職員で、講師もしているらしい。どんなことをするのかと聞くと、自分が得意なのは座学と剣だという。

「ここに来るのは冒険者になったは良いものの、ランクが上がらず苦戦している人や、将来冒険者を目指す人、あとは専門の分野を学びたい人が多いね」

「専門ですか」

「そう、剣や弓、得意不得意があるだろう? 時には何が得意なのかを見つけてあげるのも僕らの仕事だ」

 穏やかに話す口調はなるほど、教師になれば生徒から人気が出そうな雰囲気がある。

「君はどうしてここに来たのかな」

「街でこの施設の話を聞いて。時間もあったので、どんなところかなと」

「じゃあ、特に目的はないわけか。分かった、日が暮れる前にいくつか見て回ろうか。家族の人には言ってあるかい?」

「それは……」

 今は身寄りはないことを話すと、それまで笑っていた顔を驚きに染めて見下ろしてきた。

「え? 孤児?」

「はい」

「まさか」

 どうにも信じられないとその表情が物語っている。

 孤児などどこにでもいると思うのだが。この街にも協会には身寄りのいない児童たちが集まり保護されていると聞いている。

 彼は目を眇め、口元に手を添え、ぎこちなく頷いた。

「確かにそうだけど……君の身なりから、てっきり商家か貴族の子息が来たのかと……」

「はい?」

 今度はこちらが驚く番だった。

 身なり、と言われて自分の格好を見下ろす。

 相変わらずの白黒コーデ、しかし一般的な服装になっているはずだ。内側の素材はかなり良いものを使っていても、外側には普通の布地を利用しているし、派手さもない、飾りも皆無。

 改めてみても理解できず、困ったような視線を相手に返す。

「下級貴族なら地味な服を着る者も多い。その代わり、下町の住人と違って汚さはない」

 そう言いながら全身を眺められる。

「君の服も薄汚れた感じはしないし、髪も指も綺麗だし。何より言動が、きちんと教育を受けたことのある様子だったから」

 ああ、と合点がいった。そっと視線を逸らす。

 つまりどこぞのボンボンが興味本位でやってきたと思い、丁寧に接してくれていたということか。

「昔、色々と教えてくれた人はいました」

「……そうだったのか。悪いね、勘違いしてしまって」

 深く追求されなかったのは孤児に対する配慮だろう。ボロが出る前に話を切り上げられて助かった。

 ぽんぽんと頭を撫でられたので、悪い人ではないと思う。しかし撫でるのはよしてくれ。

「……正直、まだ半信半疑だけど」

 ぼそっと囁いた言葉が不穏であった。

 そんな話をしているうちに教室に着いた。中から賑やかな声が聞こえてくる。

 生徒と教師がいるのはよく見るが、四隅ごとに別の教師がおり、彼らを囲うように生徒が集中している。

「進度や分野によって必要な知識も変わるからね。気になる話だけ聞くこともできるよ」

「楽しそうです」

「何なら混ざるかい」

 そう言いながら入ると、何人かがこちらを見て怪訝そうに顔を顰めた。

 どうしてディアク先生が、あの子は誰だ、と声が聞こえてくるが、講師が注意するとまた顔を前に戻した。

「今は何をやっているのですか」

「採取、基本の心得、パーティー間の役割、食べられる動植物、だね」

 ひそひそ声で話したのに合わせて腰を屈めてくれる。食べられる動植物はあれだろう、実食しているようなので。人だかりも一番大きい。

 採取は気になるが、そちらもそこそこ人が多い。

 比較的空いている塊に近付くと、教師が気付いて話しかけてきた。その教師もまだ若い二十代前半くらいだ。中には、生徒の方が年上なこともあるらしい。

「ディアクさん、この子は?」

「ああ、見学でね。ちょっといいかい」

「もちろん」

 にこりと愛想よく微笑まれるが、これも見た目効果かとつい疑ってしまう。

 邪魔にならないよう後方に残っていた席に座る。生徒達は十代前半から二十代後半と、年齢にはばらつきがあった。

「じゃあ水辺で気をつけることは以上だ。次はお馴染みの洞窟だな。基本、暗くて整備もされていない穴の中を進むことになるが、何が必要か思いつくか?」

 どうやら基本の心得コーナーだったようだ。

 洞窟、お馴染みなのだろうか。

「松明は必要だよな」

「その前に水、水。あと食べ物」

 次から次に話し合う彼らに教師が満足げに頷く。

「そうだな、どれも大事なものだ。ああ、君も何か思いつくかい」

 混ざらないでじっと聞いていたのを気遣ってくれたのか、話しかけられてしまったので考える素振りをみせる。

「ロープとか?」

「ロープ?」

「あれば便利かなと」

「ロープかあ。まあうん、確かに便利だね」

 首を傾げていたが、最後は納得したような様子だ。

 水、明かりは魔法で揃えられるからいいとして、意外とあったら便利なのは縄だろう。洗濯や罠になど用途が多く、使い勝手が良い。

「あとは薬とか」

「確かに」

「この間、腹を下してさあ」

「回復薬、高いんだよなあ」

 机もないので思いついたらすぐ話し合いになる。盛り上がっているのを眺めつつ、たまに話題を振られて答えたりする。





「じゃあこの辺りにしようか。君、ありがとうね」

「いえいえ、この位は」

「有難うございました」

 結構楽しかった。洞窟に行く機会は果たしてあるのだろうか……採取以外の依頼に出てくるのかもしれない。

「時間は大丈夫かな」

「はい」

「なら、演習の方も見てこようか」

 せっかくおすすめしてくれたので行くことにする。

 同じような造りの敷地内を進み、裏の広場に出た。どうやら奥にもう一軒建っていたらしい。

 倉庫のような四角い建物の中から、今度は打ち合うような音が漏れ出ている。

「ここが実習用の部屋ね」

 案の定、剣の打ち合いや、離れた場所で杖を持って唱えたりしている生徒が散らばっていた。

 実はまともに杖を持って魔法を使っているのを見るのは初めてだったりする。数回しか握った覚えがないし、しかも手作りだった。あれは市販の杖だろうか。

「気になるのかい」

 視線の先に気づいた彼から問いかけられる。気になるのは杖の方だが。

「魔法使いをあまり見かけないので」

「まあ、仕方ないね。魔力は持っていても、それを使いこなせるかどうかは別だから」

 第一あの微量な魔力で魔法を使おうという気にもならない。

「水よ、集え、集え。纏まりて落ちよ。水球」

 杖の先に何度も同じフレーズを繰り返して水を生成している少女を見る。あの杖は……先ほど広場で通り過ぎた子だ。

 ……あの量で詠唱と補助道具セットなのか。つい遠い目をしてしまった。なるほど訓練所があるのも頷ける。

「せっかくだから体験してみる?」

「え、いいのですか?」

「いいよ、興味あるようだし」

 先程からこちらをにこにこと観察していると思ったら、何に興味を示すのか確認していたのか。

 教師らしいなと思いつつ、彼が手招きした人物がのっしのっしとやってくるのを眺める。そう、のっしのっしである。

 肩周りが自分の腕の十倍はあるのではと疑うほどの筋肉。全身に擦り傷をつくり、巌のように厳しい顔には頬に一筋の古傷が。

「何故こちらに来るのでしょう」

「僕が呼んだからだね」

「相手はあの方ではないですよね」

「あの人だね」

「あ、急用を思い出しました」

 くるりと回れ右をしたところで肩を押さえられる。離してくれ、これは練習ではない、いじめだ。

「待ってくれ、確かに体格はあるけど、この中で彼ほど手加減の上手い奴もいないんだよ。特に小さな子に教えるなら彼こそ最適なんだ」

「でしたらどうして先程まで壁際に立っていたのでしょう」

「うん。まあ、あれだ。希望者がいなかったんだね……」

 然もありなん。

 引き留められてから改めてやってきた大男を見上げる。心無しか目尻が下がっているように見える……落ち込んでいるのだろうか。

「ま、まあまずは、基礎体力を見てみようか。ね」

 彼が焦ったように声をかけているのにこくりと頷く大男。やはり傷付いているのかもしれない、申し訳ないことをした。

「大変失礼しました。オニキスです」

「ゼンメルだ、よろしく頼む」

 腹の底から響くような声だった。

 握手をしたが、何か大きなものに握りつぶされるような錯覚を覚えた。何を食べてここまで大きくなったのだろう。

「オニキスは何ができるんだ?」

 教える気は満々のようで率先して話しかけてくれる。

 しかし「何ができる」か。

「ナイフは使えるんだろう?」

 悩んでいたところに後ろから助けの声。ディアクが見ていたのは腰に付けていたナイフだ。確かに使うが、ここ最近は採取ばかりで、たまに魔法を片手間に使うくらいだった。

 ちらりと見上げる。

 ゼンメルが背中に提げているのは幅広の大剣だ。どう見ても魔法を教える様子はない。

「護身用のナイフくらい、街の人も持っていますよね。得意かどうかが分からないんですが」

「護身用なのかい。随分手入れされているじゃないか」

「貰い物なので」

 遠目で見てよくそこまで分かるものだ。

「じゃあ他には?」

「ええと、弓なら」

「弓か。それなら適任がいるんだけど、今日は生憎休みなんだよね。実は僕も含めて剣士ばかりでさ、他になければ悪いけどナイフでいいかい」

「構いませんよ」

 了承すると、場所を移動させられる。

 入口付近ではなく片側の壁際へ。端には貸出用なのか、色んな種類の武器や防具が無造作に並んでいた。

「好きなのを使っていいよ。それは大事に扱っているみたいだし」

 腰の辺りに視線をやりながらそう言われ、有難く物色する。

「因みにどんなことを教えてくれるのですか?」

「それは君の腕次第だ。でもまあ、最初は動きの粗を直したり、基本的な事だね。護身用の技もあるよ」

 なるほど。

「ゼンメルさんは何を使うのですか」

「彼はあの大剣以外使わないよ」

 その言葉を聞いて、即座に棚に陳列されていたナイフの小振りのものを六本、全て掴み取った。あんなのを相手にしていたら一本では到底足りん。

「そんなに取って仕舞える……凄いな」

 ベルトの左右に差し込んで二本、ポーチから紐を出して太股に縛り付けて二本、残り二本を両手に持って完了だ。

 さて、教えてくれるとはいえ、どうやって始めれば良いのだろう。

「まずは持ち方から」

 そう言いながらディアクも棚からナイフを取り、隣に並んで構えをとる。それを見つつ同じように構える。

 刃先を前方に、身体を真横にして右手だけ伸ばす。

 この姿勢を維持するよう言われてじっと待つ。

 それからゆっくりと前に突き出し、身を引く。

 横に払い、身を引く。

 呼吸を揃え、同じように突き出し。





 全ての動作を緩慢に繰り返し、暫くして、温まってきたところで終了の合図が出た。

「良い動きだね」

 ディアクから合格点を貰った。結構楽しい。頭も冴えて、気分がすっきりしている。

 ほう、とゼンメルから感心したような声が聞こえてきた。

「中々」

「ああ」

 二人が目配せする。それが合図だったのか分からないが、すらりとその大剣が翻った。

 重さを感じさせない動作で抜き放ったそれを中段に構える。

「さて、問題だ」

 と、ここで何故か問いかけをしてくるディアク。

「相手は自分の何倍も背丈のある大男と、大剣。自分の武器はナイフのみ。まずどうする?」

 どうすると言っても、できること自体が限られるというか。

 構えを取りつつ、彼の方へ歩く。

 ぎょっとした様子のディアクを無視して進むと、ある所で大剣が振り回された。

 すぐさま背後に飛び退いて事なきを得る。肘を伸ばしきらないことを考慮して、およそ半径二メートル強は彼の射程圏内のようだ。

 それに、振り抜く前にぴたりと剣を止め、元の位置に戻すのも負担を感じさせない軽やかな動きだ。

 とりあえず疲れるので腕は下ろす。

 さてどうしたものか。

 手首をぷらぷらと解しながら様子を窺っていると、僅かに切っ先が揺れたような気がした。

 それと同時に、寒気。

 ぶおん、と空を斬る音と共に、剣が鼻先を掠める。

 同じ呼吸で後方へ飛び退いてなければスプラッタ案件であった。

 軽々動かしているのを見ると、寸止めできるんだろうなとは思うものの……凶器を本気で当てにこられるのは心臓に悪くないか。子供なら本気で泣くぞ。

 間合いから一メートルだけ離れたところで再び待ち構える。

 どうやら、こちらが動かない場合は向こうから襲いに来るらしい。練習なんだからちゃんとやれ、ということかもしれない。

 しかしなあと次の手を想像しつつナイフを握り直す。

 いつの間にか漂う殺気に肌を撫でられながら、ゆっくり足を踏み出す。

 派手にやられるか、全力で頑張るか、二択しか思い浮かばん。

 どちらにしよう。悩むが、あと五歩の内に考えないと間合いに入ってしまう。

 一歩。

 外見は男児だが中身が女の子だからな。適当に負けて身体に傷でも付いたら責めそうだ。自分を。

 二歩。

 しかし全力で頑張るとして、無傷で回避できるのか謎だ。

 三歩。

 最初から逃げに徹すればあるいは。だが、練習させてもらう側が手抜きをするのも申し訳ない。

 四歩。

 ………先程から舐めるような視線を横から感じるのだが、ディアクには何をしてもバレそうだ。そんなねちっこさを感じる。とか意識がそれたところで時間がきてしまった。

 五歩。

 足を下ろし、前のめりになったところで再び白刃が飛ぶ。とんでもない速度だ。

 飛び散った前髪を残し身を屈め避ける。足元で動き回られたら狙いにくいだろうとの考えだったが、普通に突き刺そうとしてくる。

 それもぎりぎりで回避。「串刺し」が失敗すると、今度はそのまま横に振り回され、脇に避けた自分を狙ってくる。

 気分は鼠だ。相手は猫ではなく熊だが。

 ぶおんぶおん頭上で鳴る凶器を躱しつつ、間合いを詰めようとして失敗する。しばらく続けているうちに避けようのない軌道で迫られた。

 頭上で両手を添えてナイフを構え受け止める。斜め後方に逸らしたはずが、重すぎで膝が抜ける。

 よろめいたのに合わせ、前方に身を滑らせ足の間を潜り抜ける。

 ほとんど転倒に近いが、抜けた先で身体を捻り、仰向けになる。

 がら空きの後頭部目掛けてナイフを飛ばすが、身を屈めて逃げられた。どこに目があるんだ。

 もう片手に握っていたナイフも投げる。これは振り向きざまに剣の腹で弾かれた。

 それならと脚から引き抜いたナイフを、ちょうど振り回した腕で遮られた視界を利用して投擲。

 完全に死角になっていたはずだが、脇に刺さる前に無理やり捻った剣で弾かれる。

 しかしここで回転方向とは逆に腕を振ったせいで無理な姿勢を取らせることに成功した。

 身体が完全に倒れる前に回転して着地する。最後に取り出したナイフを投げず、そのまま走り抜けざまに健を狙って斬り付ける。

「そこまで」

 実際には寸止めされたわけだが。

 静止がかかったのでナイフを内側に隠し、そのまま彼の脇を駆け抜ける。

 最初の位置まで戻り振り返ると、相手も体勢を戻してこちらに振り返るところだった。

 ぎりぎりだな、という感想が浮かぶ。こちらが全体重を乗せても骨に届くか怪しいのに対し、向こうは一振りで頭蓋骨まで粉砕できる膂力の持ち主だ。

 最近、小動物ばかり狩っていたのもあるかもしれない。碌な打撃を与えられなかったのは反省すべきところか。どこか手頃な山に手頃な魔物でもいないだろうか。

 少し特訓せねばと現実逃避していたら、どうやら名前を呼ばれていたらしい。

「オニキス」

「あ、すみません」

 硬質な声に反応すれば、ディアクが刺すような視線を向けてきていた。

 心無しか、先程のような穏やかな雰囲気が消し飛んでしまったような。


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