南下

 さて、今の自分の格好をおさらいしよう。

 ベスト。防弾チョッキとも言うが、表が黒い布地を使ったシックな仕上がりなのでそうは見えない。裏側はレッサーワイバーンの皮と、急所に蛇もどき変異種の鱗が張り付いているので中級冒険者が心臓を突いてきても一先ず安心できる。

 ジャケットと靴は市販のもの。

 ズボン。ベスト同様の見た目と、同じくレッサーワイバーンの裏地。足への刺突攻撃は大抵防げるが、ギーガー相手なら無理かもしれない。

 ベルトとポーチ。中身が濡れないというのは大変便利な機能だと思う。

 革のグローブ。指の部分がないタイプで、ナイフなどの滑り止めとしての機能に特化しているものだ。実用的で使い勝手が良い。因みにこれも黒い。

「………靴、買いますか」

 黒っぽいコーディネートの中で、明らかに履き潰された薄茶のブーツが浮いている。仕方なく靴屋に行って同じような色味の物を買ってしまった。

 ウェスと会った次の日、その姿で二人と合流した訳だが。

「おお! 中々いい感じに……小さい給仕……」

「黒で統一感があって……バーテン……」

「分かります。分かります」

 最初は似合っていると思ったものの、やはりそう見えてくるのは自分も体験しているのでうんうんと頷いた。

 そして、いつものように採取に向かう。

 もうほとんどの初歩的な材料の特徴を覚えてしまった二人はどの依頼か聞いただけで勝手に集め始めてくれている。

 それも、適度に互いの距離を空け、いざ魔物が近くに来ればすぐ集まれるよう辺りを警戒するのも怠らずに。また、動きの良くなった剣さばきは小さな魔物くらいなら難なく仕留められるほどになってきている。

 もうランク4くらいあっという間ではないかと思うし、実際にそう勧めたのだが、二人とも試験は受けていない。

 午後の町での依頼の質も、最初はごみ清掃とかだったらしいが護衛や店番などまで頼まれるようになり、収入がだいぶ安定したのもあるだろう。がっつかなくても生活に困らなくなった様子だ。

 こんもり溜まった編みかごを見て、よし、と頷く。

「二人に話があります」

 少し改まったのが伝わったのか、それまで成果を見ながら和やかな会話をしていた二人が笑顔を引っ込める。

 ……そう言えばこの間、まったく今と同じ流れで森の中の走り込みを始めたので、どちらかというと警戒されただけかもしれない。深く考えないようにしよう。

「実は所用でエアリスに行くことになったので、当分このパーティーから抜けさせて貰います」

「え?」

 一拍間を置いてダルが上擦った声を上げた。

「どうして突然?」

 ヒュースが慎重に聞いてくる。割とダルが感情的になっているときは落ち着いて後ろから全体を眺めている性格をしており、二人の相性は結構良い。

「少し気になる噂を聞いて、確かめるために……個人的な事なので満足したら戻ってきますよ」

「ああ、それならそんなに時間はかからないですね」

 どことなく緩んだ目尻とともにそう言われ頷く。何もなければ行って調べて戻ってくるだけなので、きっとそう時間はかからない。何もなければ。

「ダル?」

 ずっと黙っていた彼に声をかける。

 眉間に僅かに皺を刻んだ彼の腕をヒュースが叩いた。

「まあまあ、仕方ないだろ」

「……待っています」

 宥めるような言い方をした相方に流された感じで、一言だけ押し出した。

 エアリスまではさほど距離もないので馬車で数日乗り継げば到着するだろうし、ここでの暮らしが安定してきた二人を連れていくつもりはない。もし行くと言ったら断ろうと思ったのだが、その辺りは流石に二人も理解していたか。

「では、この薬草を納品したら、暫く解散で」

「もう行くんですか」

「相変わらず行動が早いですね……」

 さっと行ってさっと帰ってくるつもりではある、なので宿もここに来る前にチェックアウトしておいた。

 兎肉のシチューは昨晩美味しく頂き、従業員の男にもお礼を伝えることが出来た。今朝、宿を空けると言ったら荷物を置いて行っても構わないと言われて驚いた。いつの間にか常連扱いにまでなっていたようだ。

「はあ、湿っぽいよりはいいですかね。戻りますか」

 呆れたような声を滲ませつつヒュースがそう纏め、三人で並んで町に戻った。





「まあ、ひとりでお遣いにいくの? 偉いわねえ」

「ええ、まあ」

「あらあ、受け答えも大人びちゃって。私の息子に見習わせたいわあ」

 乗合馬車で待機していたら隣の主婦らしき女性につかまった。こんなとき、自分が歳相応の見た目をしていることを思い出させる。何だか最近のギルド職員やダルやヒュースやその他知り合いから子供扱いを受けた記憶がなかったのだ。

 冒険者とは接点がない住民だってそれなりにいる、彼女もエアリスで独立している息子夫婦に誘われて会いに行くそうだが、普段は町で仕立て屋の手伝いをしており篭もりっきりなのだとか。

「ところで領主の話を聞いていますか?」

「え、領主様の? あれかしら、お抱えの騎士様が怪我をして帰ってきたとかいう……」

 違う情報だったが、これも心当たりがある。

 しかし、行き当たりばったりな感じで行動してしまったため、これからどうするべきか迷う。もし、万が一、ヨーラの情報が出てきてしまった場合、どうするのが最適解か。恐らく相手は領主だろうし……。

 馬車の中ではガタゴトと相変わらず酷い揺れを体験することになったが、そのことでずっと考え続けていたお陰か時間はあっという間に過ぎていった。

 平坦な道と草原が広がるこのエリアには北側ほど魔物が出ない上、あまり強くない種のモノしか現れないらしい。馬車に魔物避けさえ忘れなければ襲われることも、近寄ってくることもないそうだ。

「あらあら、料理もできるの?」

「凄いわあ。ねえボク、お母さんに教わったの?」

 最初の女性のほか、同じような事情で乗り合わせた別の女性が反対側に張り付いている。こちらはまだ若く、二十代といったところ。街まで買い出しに行くそうだ。

 暇でしょうがなかったので挙手して夕飯の支度を手伝っただけでこれだ。膝に置いたまな板の上で干し肉を切ったりチーズをカットするだけの仕事にやたら時間がかかる。

 偉いわあ、偉いわねえ攻撃と頭をしきりに撫でられる何かの修行が続き、夜は女性陣に挟まれて朝を迎えることになった。行き場のない魔素の蓄積をどうすればよいのだろうか……。

 仕方なく、早朝にこっそり起き出して古い魔素を排出する。濃縮された石ころを収納して朝の支度を整えるのがここ数日間の日課になっていた。





 身体がなまった。

 四日間ほど荷馬車に揺られた感想がこれだ。

 女性陣は疲れはありそうだが自分を挟んできゃっきゃしていたので割と元気そうである。その傍で、一緒に乗っていた男性冒険者がじーっとこちらを見ていた眼差しが印象的だった。羨ましいのなら代わりましょうか?と何回言いかけたことか。

 太陽が天辺に昇った頃、街の外壁が見えてきた。

「あっ、あれよ、あれ」

 くすんだ色の外壁は、のっぺりと周囲を囲んで街を守っている。だが外堀もないし、造りはそこまで頑丈ではないとのこと。人の出入りが多く、魔物が暮らしやすい地形でもないので、ここまで強い魔物が来ることは滅多にないそうだ。寧ろそういう良好な土地だからこそ、ここまで立派に拡がったとも言えそうだ。

 遠くから眺めた街中は平坦な地形で、奥に小高い丘と、大きな建物が聳えている。あれが恐らく領主の館だろう。

 近付くと中の様子は見えなくなった。代わりに、門の前に並ぶ人々の賑わいが近づき、その最後尾に馬車ごと並んだ。

「うーん、いつ来ても面倒ねこの列」

「そうね。まだマシらしいけど、他の街はどうなってるんでしょうね」

 うむ、某夢の国の祝日の列よりは百倍はましだろうと思えば、大抵の列は許せてしまえる気持ちになる。お嬢様を連れて行った時は大変……思い出しそうになって頭を振った。

 大人しく待ち、特に問題もなく通される。ここで彼女らとは別れた。町に戻るのはいつかしきりに聞かれたのだが、まだ決めていませんからと必死に伝えて振り切った。

 最後まで凄い圧で迫る女性陣だった。恨めしそうな視線と泣きだしそうだった気配の薄い男の記憶が暫く残りそうである。

 とりあえず近場のまともそうな宿を取りに行った。一人だと伝えた時の受付の訝しむような視線も慣れたものだ。

 そしてその足で冒険者ギルドに向かう。何をするにもここに顔を出しておき、冒険者証を見せておけばこの街で何かあっても助けになるらしい。互助会みたいなものだ。

 出入りのある出口の脇には町にあったのと同じような看板が飾りもなく置かれている。

 北方第六支部。

 創設時の関係か、この数字が若くなるほど国の中枢に近くなっていくようだ。

 因みに北方第八支部は存在しないらしく、あそこが北の冒険者ギルドの最北端だったらしい。道理でみんな辺境だと言っていたわけである。

 そして案の定というか、お約束というか、受付嬢が困惑顔で私を見てくる。その手元には今しがた渡した冒険者証。

 ギルド内を見渡せば、スーシュの町よりは洗練されているがそれでもガタイの良い男女達が集まっており、こちらをじろじろと眺めている。若い見た目の者もいたが、それでも十代以上しかいない。

 翻って自分の手の平を見る。細いというより短い、そしてふにっとした肌感。運動して同年代より引き締まっているとはいえ、六歳児であることに変わりない。

 まあいいかと頭を切り替える。どうせ何をしても目立つのだ、なら普通に接しよう。

「それで、薬草系の依頼は少ないと」

「は、はい、元々この近辺では採取が難しく、他所から纏めて仕入れて賄っているので」

「薬についても同じということですか」

 なるほど。確かに見渡す限り草原だった。薬草もそうだが、木材も遠方から貰っていそうだ。

 代わりに街中での依頼は多かった。人口が多い分、生活面で困っていることも増えるようだ。

 子供の世話、店の掃除、ネズミ捕り、芋の皮剥き……などなど。バイトの求人のような内容も混じっているが、どれも割は良くない。これなら討伐系を選びたいが、圧倒的に依頼数が少ない上、そもそもランク1では受注できなかった。

 まだ懐に余裕はあるのでもう少し逼迫してから考えるかと諦めつつ、一応全ての依頼に目を通す。すると、分厚いファイルの下の方に聞き覚えのある単語が出てきた。

「『特効薬の納品、最低保証で金貨十枚。特効薬の情報提供、金貨一枚』」

「それはもう無条件依頼みたいなものですから」

 依頼主はドナード・フォン・エアリス。エアリスの街の領主だった。

 書類の作成日が半年前になっている……一年毎に新しく出し直しているそうだ。

「では、この情報提供の方でお願いします」

「え………えっ?」

 素っ頓狂な声を上げた受付嬢に視線が集まる。顔を赤らめつつ身を屈め、ぼそぼそと話しかけられる。

「偽情報でも罰則はないですけど、報奨金は出ませんよ? それに真偽確認も含めて支払われるのは三ヶ月後ですし」

「偽かどうかは分からないですが、まあ駄目で元々なので」

 そう言うと顔を怪訝に歪めたまま書類に署名を促される。これで間接的なコンタクトを取る事ができそうだ。

「では、指定の場所に明日の昼いらして下さい。そこに迎えが来ますので」

「えっ、領主の方で迎えを出すんですか?」

「はい。いつもそのようにされています」

「因みに立ち会うのは」

「下働きの者ですけど、時間が合えば領主様もお会いするようですよ」

 間接どころか直接会えそうな予感がしてきた。


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