武具屋

 世界には人間のほか、亜人と呼ばれる生き物が存在する。

 よくある歴史書などに書かれている一節だ。えらく人間寄りの言い分だが、事実も多分に含まれているので参考にはなるだろう。

 亜人の特徴は、人間に近い見た目を有しており、理性的な生物であること。代表的な種族だとエルフやドワーフである。

 とくに今挙げた二種族は精霊系亜人と言われており、祖先は精霊の一種であったが、時を経て血肉を纏い、俗世に生きることになったと言われている。

 ほかに代表的な種族で小人、獣人、魚人、竜人というものがあり、身体的特徴がそれぞれある。

 特に人の暮らす町中でもよく見かけるのはドワーフと小人であった。彼らは人の間に塗れることを特に厭わず、またお互いの損得利益の関係もあり同じ社会の中で生きることができた。

 小人は陽気でせっかち、音楽や裁縫、料理などを得意とする。性格も温厚で滅多に怒らないので最も人間と親しい関係を作り上げている。

 ドワーフは短気で豪傑、火の精霊との親和性が高く鍛冶や装飾品の加工などが得意。性格自体は温厚なので気に入られさえすれば良好な関係を築ける。戦争時においては欠かせない存在だと言われている。



 ……などと前置きをしたのには理由がある。

 目の前には、本日の戦利品を机に叩きつけたダルと、やれやれと頭を振るヒュース。

 そして彼らと睨み合いの応酬を続けている、毛むくじゃらの背の低い御仁。こちらは腕を組み、机の上に置かれた素材をちらりと一瞥はしたものの興味がなさそうに鼻で息を吐いた。

「懲りねえな手前ら。どうせなら美味い酒のひとつでも持ってこいや」

「お前が出した注文だろうが! 大体、ドワーフの気に入る酒なんてこんな田舎町にあるわけねえだろ!」

 米神に青筋を浮かべてダルが怒鳴る後ろで、ヒュースは見慣れたのか、頭を掻いて二人を眺めている。自分も入口を潜ったはいいものの早速始まった言い争いに立ち竦んでいる状態だった。

「ドワーフの方はお酒が好きなのですか」

「そうですね。暇があれば飲んでますよ。それも、人間には少しきついぐらいでないと満足しないので」

「酒豪ですね」

 なるほど、ドワーフは酒好き、と。

 入口付近でのんびり話し込んでいたら流石に気付いたようだ。ドワーフの彼がこちらに視線をやったので挨拶する。

「初めまして。冒険者のオニキスと申……」

「おう、ひょっとして倅か? いやソレからこんなまともなのが出てくるわけねえか。がはは」

「ちょっ」

 挨拶の途中からずかずかとやってきて頭を掴まれ髪を揉みくちゃにされる。ヒュースが止める間もなく、握力が強く首から上が振り回された。

「で、何だって? 冒険者? どこの坊ちゃんが抜け出してきたのか知らねえが、夢を見るのも善し悪しだ。ほどほどにしておけよ」

 頭に手を置いたままそう忠告される。子供好きなのだろうか。言動は荒々しいが言っていることがまともなので素直に頷く。

「はい。ほどほどですね」

「そうだ。冒険者なんて馬鹿共は向こう見ずでいけねえや。せっかく拵えた防具も死んだら意味ねえのによ」

 その言葉にはどこか実感が篭っているように感じた。これまで何人の冒険者に同じように言ってきたのだろうか。

 まあ、いずれは冒険者以外の職に就きたいとは考えているのだが。そもそも冒険者は職業名ではないし。

「あの、それで皆さんは何を相談していたのですか?」

「いや、その」

「おう、聞いてくれや! こいつらときたら、知り合いに見繕ってほしいが金がない、だから素材を持ち込むって言いやがんだ。俺が頷いてもいねえのに毎度毎度律儀に持ってきやがる。ま、ガラクタでもないよりましだがな。がっはっは」

「そうやって毎回くすねていきやがって! いつになったら用意してくれんだ!」

「ああ? うるせえ! 手前の気に入らねえ相手に何を売れってんだ! そこらの三流防具で十分だろうがよ」

 そう吐き捨てながら顎で指し示したのは、入口近くに飾られていた防具一色だ。この町の冒険者もよく付けている普通の革鎧やプレートメイルなどが並んでいる。

 確かに自分達のランクならこれでも相応な品だと思うのだが、誰に贈るつもりなのだろうか。

「良さそうじゃないですか。この辺りでは駄目なんですか?」

 指差しながらそう言うと、二人は何故か肩を落とし、視線を逸らした。どうしたのだ。

「それでいいならいいけどよ」

「口調」

「いいと思いますが、どう見ても実力に合ってないと思うというか……」

 ごにょごにょと後半が聞き取れなかった。

 しかしそれを聞いた彼がひょいと片眉を釣り上げた。

「阿呆かお前。そのレベルで上等な防具に頼っちまったらそれこそ実力が釣り合わねえだろう。技術もなく一級品を身につけたところでなまくらしか育たねえぞ」

「だ、か、ら、俺じゃねえよ。知り合いっつっただろうが」

「低ランクのお前らのパーティーで飛び抜けて強い奴なんざ信じられるか! 見栄を張ってんじゃねえぞ」

 だんっと振り下ろされる拳に机が振動したが、聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。

「パーティーの」

 ぎくりと肩を跳ねさせた二人が再び視線を逸らす。えーととかそのうとかもじもじしだしたが成人男性がやっても可愛くはないが。

 記憶が正しければ、彼らは午後は二人だけで、そして午前は毎日自分と三人で依頼を受けている状況だが……

「え、それ、私に?」

「うっ」

 完全に固まってしまったダルの隣であらぬ方角を眺めていたヒュースも固まった。もはやその言動で丸わかりではあるが、まさか冒険者ギルドに卸していないと思ったら持ち込みをしていた方だったか。いやしかし本人用ではなく自分にとはどういう訳か。

 暫くして折れたのか、大きく肩を下げた二人が弁明してくる。

 何でも、詫びの品にするつもりだったとか。

「何となく流れでパーティー続けてるけど、もう固定というか、ギルドからも認定受けてしまったし」

 ああ、最近はギルドの受付で「パーティー名は決まりましたか?」とよく聞かれるようになっていたな。

「それで、まあ、最初の経緯があれのままというのも……」

 あれのまま、というのは初めて外で出くわしたあの日のことだ。そういえば人攫いされかけたのを強引に仲間にしたのだったか。最近その面影が二人の中からどこかへ消えてしまっているので、思い出してもあまりしっくりこない。

「律儀ですねえ。有難いですが、本当にその辺りの装備で十分だと思いますよ。前衛でもないですし」

 どちらかというと後衛で魔法か弓か、というスタイルを最近はこなしている。二人が前衛型だからそれを補う位置に落ち着いたとも言う。

 この武具屋の入口に並べられているのは、片側が手入れされ直した中古品、もう片側が新品そうだがよく見かける安革や金属でごく質素に纏められたものとなっている。駆け出しから中級まで、幅広く愛用されそうな品揃えだ。

 かく言う私が身につけているのは、腰に巻いた厚手のベルトと、一度買い替えた草臥れたブーツ、三着ほど着回しているシャツやベスト一式。よく見返したらベルト以外ただの町の服だった。ついでに節約中なので新品はひとつもない。

 確かにこの見た目で冒険者と言っても信じられないか。ナイフや短剣は町の人でも護身用で比較的普及しているし。

 何ならこの場で自分で買うかとまで考えたところで思考を遮られた。

「そう言われると思って誘わなかったんですよ。俺達で決めちまおうって」

 まるで行動を把握されているかのような台詞だった。

 ヒュースは室内を見渡してしげしげと説明してくれる。

「ここの装備は低ランク向けと中級、上級と全部揃ってますし、どれも品が良い。町の入口近くの露天や店でも買えますが、ここには外からも買い求めに来る客がいるほどですよ」

「そうなんですか」

 中々有名な店舗だったようである。

「ただ、出来合い物はいいとして、特注品となると、かなり厄介でしてね。リーダーの背丈だとどうしても既製品じゃ間に合わないし……噂で聞いてはいたんですが、まさかここまでとは」

 そしてちらりと横に見遣る。しかし先程から何も発さなくなっていたが大丈夫だろうか。

 見ると、その毛むくじゃらに縁取られた目が丸々と開き、私を凝視していた。

「お前、仲間だったのか?」

「ええ、そうですね」

 倅ではありませんよと付け加えるが、軽口は無視されてしまった。というよりかなり驚いているようで他に構っていられない様子だ。

「リーダーって何だ」

「さあ……」

「そりゃ強いからに決まってんだろ」

 自分が首を傾げた横で自慢げに腰に手を置いて胸を張るダル。どうもこの御仁の驚く姿に気を良くしているらしい。いや、本当に何故リーダーなのか知らないのだが。彼らはこんな年下に上にいられて構わないのだろうか。気にしていなさそうではあるが。

 彼はその言葉に口を開け首を振った。

「まじか。お前さんが」

「はい」

「こいつらのパーティーメンバーで最強」

「はい」

「……こいつらが弱過ぎるだけなんじゃねえか?」

 どうも俄に信じられず別の可能性を考えた様子だ。

 それを聞いたダルが再び怒り口調になる。

「これでもランク3はあるんだぜ」

「万年ランク3の間違いだろ」

 ズバリと言い返されぐうの音も出ない、といった様子で悔しげに拳を握っている。品行方正も見られる試験に受からないままだったということか。確かに中級者は荒々しさは残るものの犯罪を犯しそうな外見はしていない。そして身につける武器も徐々に格好よくなっていく。

「妙な奴らだな。その坊主にするように丁寧にしてりゃあ受かりそうなもんだが」

 変なものを見る目でこちらを眺められる。まだ付け焼き刃なので油断すると素が出てしまうのだ。それに最近は私がランク1から自主的に上がるつもりがないと聞いて、追いつくのを待っているらしかった。ランク3までなら試験無しでもそのうちなれる。

 どちらにしろサイズがないのでオーダーメイドにするしかない。そう自分で頼んでみると、あっさりとOKが出た。

「そりゃお前さん、こんな背丈で、その格好で外に出られてみろ。寝覚めが悪いったらありゃしねえ。子供用の既製品も切らしてるしなあ」

 いつもこの姿で出歩いていたのだが、野暮なことは言うまい。ついでに、せっかくなので細かく注文してみる。

「普段着っぽくしてほしいだと。そのチョッキみたいにか」

「いつも着れそうな見た目にして欲しいです。そこの鎧みたいなものはちょっと」

「ふーむ。どれ、測ってから考えよう。お、腰に提げとるもんも中々……」

 勝手に抜き取られそうになったので慌てて右手で抜き放つ。そのまま中腰で構え、相手を真半身に捉えた。

 滅多に使うことの無い、ノルンのナイフである。

「……いい動きをするじゃねえか」

 驚いた後で、にやりと口元だけで笑ってみせるドワーフ。

「別に奪いやしねえよ、何なら手入れもしてやるぞ」

「………」

「柄が少し緩んでねえか?」

 そう言われ、思い当たることもあり渋々差し出す。刃の手入れは自分でできる範囲でやっていたのだが、やはり専門家に任せるべきだったか。

 丁寧に受け取った彼はそれを目線の高さに持ち上げ上下左右から確かめる。そしてほうと息を吐いた。

「こりゃあ奥に何か仕込んであるな。大丈夫だ、壊さないように手直ししてやる」

「有難うございます」

「何、いいってことよ。こっちも少し楽しくなってきた」

 その言葉通り機嫌良さげに奥の部屋に引っ込み、手だけ出してちょいちょいと誘われる。とりあえず三人でついていくと、向こうの部屋は壁にぎっしりと道具や抜き身の剣などがぶら下がっている。壁際が炉になっており、型が置いてある。ここで鋳造もするのだろうか。

 彼が向かったのはそちらではなく別の壁際、雑然と物が並ぶ棚と頑丈そうな台の置かれた区画だ。

「こいつは元々魔法が封じられている。いや、術式だな。【劣化軽減】と【魔素流動】だろうが、柄の内部に刻むとは中々やりおる……」

 台に置いたナイフを何かのレンズ越しに眺めてぶつぶつと呟くのを隣で聞き取る。そうだったのか。道理で魔物や獣を狩っても刃が駄目にならないと思った。刃こぼれもほとんどないのだ。魔素流動とは、魔力操作を補佐する補助魔法だろうか。どうやらナイフひとつまで抜け目なかったようだが、実に彼女らしかった。

 柄の部分にうっすらと刻まれた頭文字を指の腹で撫で付け、こちらを見る。

「これはどこで手に入れた?」

「私を育てた人から。餞別に」

「なるほど。ふむ。大事にしろよ」

 何か納得したように頷くとそんな風に言われる。もちろんそのつもりなので、なるべく丁寧に仕上げて欲しいところである。

 後ろで「そんな魔法あんのか」「さあ」というやり取りが聞こえてきたがナイフの点検中は無視した。

「さて、これは半刻もすれば出来る。その前にお前の体格に合うように確認しないとな」

「あ、結局、チョッキ型にするんですか?」

「希望じゃ仕方あるまい。ま、ぱっと見で防具だと分からないっつうのは便利だろうしな」

 防弾チョッキになるようだと思い浮かべつつ、続いて具体的な話になっていく。

「こいつらが持ってきた素材は小型の魔物が多かったんだが。そいつは小物とかに回した方がいい」

「足りないんですね?」

「お前さんを心配して丈夫な物をっていう話なら、全然足らんな。用途が違うんだよ、用途」

「なるほど」

 小物、防具、普段着、素材の用途は色々というわけか。

「それでしたら、私も少し出します。使えるものがあればいいんですが」

「がはは。坊ちゃんに負担してもらってりゃあ本末転倒だな」

「これとか」

「…………」

 にやにや二人を見て笑っていた彼がその顔のまま固まった。

 ずるりと足下から取り出したのは、冷気を纏う巨大な蛇の胴体の1ブロック分だ。自分の背丈くらいのそれを持ち上げるのは大変なので、ひとつ取り出してその隣に同じように他のブロックを取り出して並べていく。ついでに使い所の分からない蛇もどきの頭も。

 冷凍保存したはいいもののすっかり出すタイミングを逃していた粗大ゴミである。少しだけ出すと言っておきながら、ここぞとばかりに収納物の整理を始める。

 次に取り出したのはどこかの平原で絡まれた狼種の魔物の毛皮、五頭分。突然一匹だけで襲いかかり不快な鳴き声を上げる劣化竜種……レッサーワイバーンという鳥みたいな魔物の皮。栄養価の高い沼地に棲んでいた巨大蛙の魔物の皮。森の中で出くわした瞳が宝石のようで綺麗だった夜惑い鳥の目玉の魔石。などなど。名前だけ教わっただけでよく知らない魔物も多いが、いずれもギーガーと狩って分け合った素材だ。使えるから持っていけ、と別れの前に渡されていたものである。部屋に置いておくのもあれだが、そのまま売るのも暫く待とうと思って影の中に残していたのだった。

 どれがどう使えるのか全くわからないので適当に床に広げていく。部屋の床一面が素材だらけになる前にハタと気付いて手を止めた。いかん、収納し過ぎだ。まだ底に残っているのだが。

 一緒に冒険する前に狩ったものも多かったからか、二人まで硬直している。流石に出しすぎたようだ。あるいはどれも冷気が漂いすぎて寒いのかもしれない。

「おい、何だこれ」

「素材になりそうな物です。どうですか?」

「どう考えてもおかしいだろうが!」

 怒られた。

 何故だ。さっきまで私に対してはにこやかな対応だったというのに。

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