ジェーンの疑問
「気になっていたんだけど」
「何か」
「薬しか納品しないのは、どうして?」
冒険者ギルドの事務室。
資料室から戻ったところで休憩中だったジェーンと出くわし、流れでお茶を頂くことに。
他の冒険者がいないからってカウンターを通して良いのだろうか。そう心配していると、裏口から帰れるから大丈夫と言われた。余計に大丈夫か気になるのだが彼女は気にしていないようだ。諦めて奥の部屋に連行される。
休憩時間なのか人が少ない。作業台の上に散乱する書類を端に避けてスペースを作る。今度お裾分けにハーブティーでも作るかと考えつつ待っている間、初日に対応してくれた受付嬢がいたので挨拶する。何故か信じてくれなかったのでジェーンが戻ってきて説明して貰うはめになった。
髪が……と絶望的な表情を浮かべられても、そのうち生えるからとしか慰めようがない。説明の時しか会話していないのにそこまで落ち込む事案だろうか?
出されたお茶を飲みつつようやく落ち着いたところで、隣に腰掛けた彼女から先の問いかけである。
別に大した理由ではない。というか、他の依頼より身入りが良いのだから偏るのも当然だ。感染症の心配をしながら害獣駆除に勤しみたいとも思えない。
そう答えたのだが、彼女は納得がいかないようだった。じっとこちらを眺めてくる。
「でも、材料は外へ取りに行ってるんでしょ」
「そうですね」
「それで薬草しか拾ってこないわけ」
「目的を絞った方が効率が良いですし。依頼分以外の薬草類だって集めていますよ」
「…………」
ついに顰めっ面を向けられる。
何が気になるのだろうかと首を傾げると、やや呆れを交えた声が出る。
「あんな毎日納品できるほどの分量をこの近辺だけで取れる訳ないじゃない。遠出してることくらい、誰だって分かるわよ」
「まあ、そこそこ歩きますが」
最近はパーティーメンバーの腕が伸びてきて、行動範囲も広がってきている。
暢気にそんなことを考えていたのだが、彼女はさらに問い詰めてきた。もしかしてお茶の誘いはこの為だったのか。
「一匹も掠らず採取ができる訳がない。なのに魔物の素材は持ってこない。どういうこと、ってなるでしょうよ」
気になるのよと言われてようやく合点がいった。
「魔物ですか。そこはほら、薬が専門外の二人がいますから。大抵のものは任せっぱなしですよ」
自分を狙う魔物やこの間の蛇もどきのような敵でなければ、基本丸投げである。むしろ二人が魔物を引き寄せている間にいそいそと採取する方が能率が良いのだ。
その言葉に胡散臭そうに目を細められる。
「嘘は言っていないようだけれど……。でもあなたの連れも、あんまり素材置いていかないのよね」
「それは預かり知らぬところですが。町の武具屋に流しているのでは?」
「そうかもしれないけれど。それを差し置いても、あなたが全く戦わないなんてこと有り得ないと思うんだけど」
紅茶を堪能する私に向かってじっと見つめてくる鋭い眼光。
「本当はランク上げられるんじゃないの?」
それを受け止め、ひとまず飲み終えた茶器を置いてのんびりと首を回す。
「無茶をして背が伸びなくなったら困るので」
「……はあ?」
「幼い頃から運動しすぎると身長が止まると聞きましたので」
資料室の彼女からの情報である。
もはや手遅れな気がしないでもないが、かといって見過ごせない問題だ。性別的にどうしても昔のようにはならないだろうがせめて平均的な身長を目指したい。あるいは十センチ伸びるだけでも大分楽になれるはず。
この国では十五にもなれば立派な成人として扱われ、十歳くらいで出稼ぎに行く。貴族はもう少し遅いらしいが、十八歳になれば跡目を継ぐ者もいるそうだ。
あと四年すれば十歳という節目を迎えられるので、その時に身体が貧相だとどこも雇って貰えない気がする。何より自分が、その時になっても幼い子供扱いされるのだけは耐えられない。
ランク1は依頼を百回こなすと自動的に昇格するようになっており、毎日二つほど依頼を並行している現在、放っておいても来月には上がっているはずだ。急ぐ旅でもないし毎日黒字なので、逆にどうしてそこまで催促されるのか不思議だった。
「ということがありましてね」
「……………」
なんとも言えない顔で沈黙するダル。
「そういう斜め上の回答が欲しかった訳ではないんじゃ……」
その横からヒュースが遠慮がちに口を挟んできた。斜め上。どの部分がそれに当たっていたのだろうかと考えつつ、黙々と手を動かす。
スモールボア、額に小さな角が生えている猪だ。森の中でも比較的よく見かける魔物で、怒りっぽいが単調な攻撃しかしてこない。
ホーンラビット、スモールボアより鋭利な角を持つ兎だ。逃げ足が早く、追い詰めたとしても突進してくる危ない魔物だ。
スモールボアに追いかけられていたホーンラビットがこちらに向かって逃げてきたので、土魔法で前方の地面を隆起、転倒させ後頭部から氷の矢を一刺し。追いついたスモールボアが死体に気を取られている内に同じく一刺し。
氷魔法は水の応用技で、冷却する分発動まで時間がかかる。一気に作り溜めるか時間稼ぎをできれば今のように有効に使うこともできる。火魔法はどうしても森の中だと使いにくいし、氷魔法は肉の品質を落とさず冷凍するにもうってつけなので重宝していた。完全に凍らせてから影収納に入れておくと解凍までの時間が遅くなる。何日か経ったらまた魔法を掛け直せば長期保存ができて大変便利だった。
この間、二人から氷魔法だけでなく土魔法まで使えるのかと驚かれたが、何てことはない。屋敷のカリキュラムでは六歳のあの時までに基本属性のうちの火、水、土、風の初級だけは最低限習得していなければならなかった。特に自慢出来ることでもないので肩を竦めるに留めた。
しかし水の応用技、氷魔法を使っていたからてっきり得意属性は水なのだと思っていた、と言われた時は驚いた。聞いたところだと良くて一つ二つ、三つ以上の属性を使いこなせるとかなり珍しいそうだ。そんな者達なら今まで沢山見てきたのだが……屋敷内で。
会話のズレが激しく、互いの認識を共有したところとんでもないことが発覚した。いや、予想通りというか、とにかく彼らが大変な非常識集団だったことが分かっただけでも僥倖だった。知らないうちにやらかすところだったと安堵すると、もう遅い気がすると突っ込まれる。そんなことはない、はずだ。まだ雷魔法も出していなかったし。
「学園都市に行けばまともな情報が入ると思いますよ」
「学園都市」
有名な都市らしい。魔法学園という魔法の素質を持った者達が集まる学び舎があり、身分、年齢関係なく受け入れているそうだ。暗に常識を学べと言われたようである。
まあ、その話は置いておこう。まだそこに行くと決めたわけではないし、聞きたいのはそれではない。
「確かに肉以外は全て渡していますが、どう処分しているんです? 武具屋に持って行っているなら装備として誂えていても良いはずですが」
二人とも大した防具は持っていない。あるかないかも分からないような弱い防具をするくらいなら攻撃を受けないよう闘えと指示しているのだ、せいぜい剣を新調したくらいか。では全て売り払ったのだろうか。ギルドに納品すればポイントを稼げると思うのだが。
ダルとヒュースが顔を見合わせ、肘で小突き合う。何やら無言で一悶着あったあと、咳払いしてダルが改まった。
「あーっと、リーダー。この後、ちょっといいですかい」
「うん?」
何だろうか。
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