白い魔女戦記

@eriretarurera

君は腐れ外道と呼ばれたことがあるか

第1話 プロローグ

 「おまえに、こうして助けてもらう日が来るとはなぁ」料理長が微笑んで言った。「私はやっと恩返しができてる気分。だって料理長が居なかったら、私はごはんも食べられなかったもん」彼はラテン系らしい陽気な笑い声を上げ、テーブル越しに私の手を優しく叩いた。私の手にはタロットデッキの『太陽』、テーブルの上には〈ケルト十字法〉展開(最後の1枚は私の手に)。

 彼は艶やかな黒髪をかき上げた。帽子を被っていないとまるで別人のようだ。仕事中は陽気だが腕の良いプロに徹する料理長で、少し老けて見える。今 私に占いを依頼した彼は、歳より若く見え、情熱的な黒い目とオリーブ色の肌の魅力ある30代半ばの男性だ。「ああ、まったくな。ここに来た時にゃカタコトのイタリア語と、いくつかの英単語だけで」「ホーント!料理長がイタリア語話す人じゃなかったら、私ひとりで注文出来なかったからねー」「よくここまで出来るようになったもんだ。それに、言葉だけじゃない」私はくすっと笑った。「ありがとう、ジャン=クロード。でも、こんな状況じゃやるしかないでしょ?」彼も笑った。「違いない!」

 「それにしても…あの男がおまえを連れて来た時にゃ驚いたぜ。女嫌いだって噂だったはずが…それに」と料理長は言葉を切った。私が後を受け持つ。「連れて来たのが、こんなんでびっくりしたんでしょ?」私はデッキを置いて、自分を両手で示した。「ああ、想像してた女とは正反対の娘っ子でな!」「ジャン=クロード、その正直なところが好き!」

 ひとしきり笑って、料理長が少し真面目な顔になった。「なぁ、その娘っ子が何でまた あんな男と知り合った?おまえの居た国じゃ、真っ当な家の娘は出会う事もないんじゃないか?良かったら聴かせてくれ」私は下を向いてテーブルの上のデッキを片付けた。そのまま答える。「…長い話になるよ?」「頼んだのは俺だ。イヤならいいんだぜ?」キッチンはメンテナンスの為休業だった。それなら、と私は話し始める。

 窓の外では、この冬初めての雪が降っていた。「私の生まれた所はね、ここと似たような土地なの。日本ってね、小さな国だけど、島ごとに気候がかなり違うんだよ」十数ヶ月、と数えるような期間なのに、十何年も経っているように感じる。距離的にも心理的にも、遠い故国。






 バブル期、と後から呼ばれた頃の話だ。ひょんなことで知り合い、意気投合した友人(ここではリカと呼ぶ)に誘われ、私はある集まりに参加させてもらうことになった。

 東京S区の高級住宅地の中、そこそこの大きさの個人宅に案内された。田舎者で貧乏人の私が気おくれしていると、リカが「主催者は華僑のカネ持ちやねんけど、気前良うて気取らない男や、家も好きに使うてええて言うてるし、タダ酒飲ましてくれるで!」と、私の背中をど突いた。

 玄関ドアが開いて、ハウスキーパーの男の子が我々を迎えてくれた。その中国人留学生マオ君が、たどたどしい日本語で「ようこそ!初めての方ですね、ここでは敬語禁止、本名も職業も基本明かしません。その方が面白いと言う主催者の意向です」というようなことを言う。

 面食らっている私に「アンタには何て呼び名が付くやろなぁ!」とリカがけらけら笑い、半ば押すように家に入れた。金曜の夜遅くはなかったので、まだゲストはリカと私だけだった。

 広々したリビングでマオ君の手料理(絶品飲茶)を頂いていると、外から中国語とおぼしき話し声が聞こえてきた。どうやらこの家の持ち主が帰宅したようだ。ところが、部屋に入ってきたのは どう見ても欧米人の2人の男性。後から入ってきた男性が、最初に入った男性に何やら耳打ちしてすぐに部屋から出て行った。なので ちらっと顔が見えただけだったが、そのインパクトと言ったら。(怖い!エラい怖い!)

私が凍りついたようになっていると、リカが「ラム!こないだ言うてた子ォ連れてきたで」私を主催者のラム氏に紹介した。

 なんでもラム氏は香港の富豪一族の出で母親が英国人であるという。(なるほどお母様似なんですね!)

 「ところでもう1人の方は…?」リカに尋くと「ああ、彼はラムの運転手や」

(運転手ー?用心棒でしょ⁈居るだけで充分抑止力だわ!怖いわ!)

「ラニって呼ばれてる。ハワイの言葉で天国って意味や。空という意味もあるて言うてたな」

(はぁっ⁈また正反対の名前付けたもんだ…)でもハワイアンではない、謎が深まる。

「あ、彼 日本語通じないで」(そうですか、でもたぶん話しないと思うけど。怖いから)

 さて、リカとお酒を飲んでいると他のゲストも何人かやってきた。着替えると言って外していたラムとラニもリビングに戻ってきたが、今度はフランス語で会話している。

 ラニが私を一瞥して何やらラムに呟いた。ラムが大笑い。私に向かって説明した。「ラニは君を見て、中学生が酒飲んでると思ったって驚いたんだよ」「君、リセエンヌにしか見えないってさ!これはいい、呼びやすいようにリセンと呼ぼうかな!」


 これが、私にリセンという呼び名が付いた件。

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