第14話 さらわれて
ダンベル体操はそう時間もかからない。木刀を振っての訓練もしたいところだが、さすがに迷惑だろうしやめておく。
都合よく迷惑にならない広い場所が見つかるとも思えないし、その分の時間はランニングに使うしかないだろう。
「あ、わたしも一緒に行っていい?」
「私は別に構わぬが」
宮永さんの申し出を断る理由はない。この辺りの道は私も詳しくないし、そう遠くまで行くつもりもない。あまり広くなりすぎない範囲を何度か周回すれば良いだろう。
「あ、そうだ。この辺にコンビニはありますか?」
金髪オジサンこと土井副社長なら、それくらい知っているだろうと聞いてみる。
「ローソンならビルでて左に行って、最初の交差点左にあるぞ」
「ありがとうございます」
「礼は言えるんだな……」
「よく勘違いされるが、私は狼藉者ではないぞ?」
剣術なんて人殺しの技を極めようと頑張っているが、別に誰彼構わず暴力を向けるつもりはない。
軽く走って行ってみると、コンビニは思ったよりもすぐ近くにあった。
「梅がない……だと?」
「ツナマヨあるよ」
コンビニの棚は割とスカスカだった。時間的に夕食の需要が終わった後だし、残っているだけマシなのかもしれないが、できれば梅と鮭がほしかった。
ないものは仕方がないので、ツナマヨとおかかの二つに玉子サンドで我慢しておく。宮永さんが「そんなに食べるの?」と驚いていたが、別に大した量でもないだろう。
食べた後すぐに走り出すことにも呆れたような顔をされたが、流石にこれはいつものことではない。
近場を周回するといっても、一丁角をぐるぐるするのもつまらない。コンビニを出て五百メートルくらいは道なりに進み、適当なところで左に折れる。さらに五百メートルくらいを目処に左に。
そうして走っていればまだ一周二キロくらいなる。これを五、六周すればちょうど良いだろう。
一周では問題なく宮長さんもついてくる。ペースについて聞いてみたが、いつもより若干速いが、苦しいというほどでもないという。
異変が起きたのは三周目だった。小さな公園の前を通り過ぎようとしたところ、何人かの男が立ち塞がったのだ。
「よう、ねえちゃん。ちょっとオレらに付き合ってくれねえか?」
「断る」
私一人だったら少し付き合ってやっても良いのだが、宮永さんを巻き込むのもよくない。穏便にお断りできるならばしておいた方が良いだろう。
と、せっかく私が見逃してやろうと言っているのに、男たちはニヤニヤ笑いながら掴みかかってくる。
どういう順番で殴り倒せば良いかと少し考えていると、ワゴン車がすぐ横にやってきてドアが開けられる。
しまった、完全に判断ミスだ。何も考えずに目の前の奴から殴り倒すべきだった。宮永さんの方は腕力で全く敵わないようで、離してと叫びながらワゴン車に押し込まれている。
仕方ないので私も同じように叫び、抵抗するふりをしながらワゴン車に押し込まれる。
てっきりそこでイヤラシイことをされるのだと思っていたのだが、男たちは特にそんな素振りはせずに手足を押さえて腹を殴ってくるだけだ。
狭い車内だし、力を込めた打撃は難しい。私を倒すには程遠い攻撃ではあるが、宮永さんの方は気を失ってしまったようなので、私もそれに倣ってぐったりとしておく。
クルマで走っている時間はそんなに長くはなかった。十分ほどで停まり、私たちはクルマから担いで降ろされ、どこかの部屋に連れ込まれる。
そしてベッドに寝かされ服を剥ぎ取られるが、それ以上は手を出してこない。いや、胸や尻は触られているが、それだけだ。
「おい、ほどほどにしておけ。コウノさんに見つかったらやばいぞ」
なんて言っているあたりをみると、コイツらのボスが女を攫ってこいと命令したのか。
少し待っていると男たちは部屋から出ていくし、部屋を見回してみると刀が飾ってあるし、アイツら馬鹿なんじゃないかと思う。
人を攫っておきながら、見張りもなく縛りもせずに武器のある部屋に放置するとか頭悪すぎだろう。あれを使って皆殺しにしてほしいとしか思えない。
ベッドから降りて刀を手に取ってみる。鞘から抜き確かめると、残念ながら真剣ではなく刃はついていない模造刀だった。それが打刀に脇差の一組で置いてある。
丁度いいのでこれは貰っていこうと思う。たしか、真剣は所持するだけでも届け出なければならないが、模造刀ならば特に必要な手続きはなかったはずだ。
うきうきで刀を眺めていると、ガチャリと部屋のドアが開けられた。
「お? 目ェ覚ましてるじゃねえか」
言いながら入ってきたのは私よりも頭一つ以上デカい裸の男だった。身長二メートルくらいあるのではないだろうか。
筋肉はあるが、縦に長いせいかムキムキといった印象ではない。とはいえ、純粋な力比べをしたら私の方が下だろうと思う。
「く、くるなぁ」
わざとに変な声をあげて、刀を正眼に構える。素手では不利と見て武器を取りに部屋を出ていこうとするならば背後からぶちかますだけだ。私は剣道家(笑)ではないので背後から切り掛かるし、尻や太腿を狙いもする。
しかし、この男はニヤニヤと下品な表情を浮かべながら近寄ってくる。
「自慢の剣を打って来てみろ。面はここだぞ?」
嗤いながら右の親指で頭を指して言うが、そんなところを狙ってどうするのか。もっと確実性の高い急所なんて他にいくらでもある。
「ならば行くぞ」
小さく言って右足を大きくに踏み出す。
それと同時に正面に構えた刀を左へと弧を描いて下ろし全力を込めて右上に振り上げる。
初撃の狙いが逸れることはない。男の右脇の皮膚を抉り、腱を断つ。
続けて切り返しての袈裟斬り、さらに真下から顎を狙っての切り上げと三連撃を叩き込み、一歩下がる。
男の反応も中々のもので、二撃目の首を狙った攻撃は左手を上げて防いでいる。
しかし、それは無事で済んでいるというわけでもない。
いくら刃の付けられていない模造刀でも金属の塊だ。力一杯撲りつけられれば当然に怪我をする。さらに、剣術の攻撃の場合は打撲だけでは済まない。得物が鉄パイプや木刀であっても、力を込めて素肌に押し当てた状態で引けば切り裂けるものなのだ。
厚手の服を着ているだけ防がれてしまう攻撃ではあるのだが、相手が裸ならば
つまり、一瞬で男は血塗れとなっている。「ぐおあっ」などと苦鳴を上げるが、即座に防御や反撃の構えにならないのは訓練されていない証拠だ。
その隙を逃す私ではない。左から素早く横へ回り込むと右脚の膝の裏、腱を狙って体重を乗せた一撃を叩き込む。
「がああああ!」
凄まじい激痛のはずだし、この腱を断裂しては立っていられない。体勢を大きく崩したところに回し蹴りを叩き込んでやれば男は床に転がる。
ボクシングなどとは違うのだから、ダウンしたくらいで油断したり攻撃の手を止めたりはしない。軽く跳び上がって左腕を踏み折り、左太腿に刀を突き刺してから肉を抉り切る。
これでもう、この男は戦うことはできまい。後は二度と動けないように各関節の靱帯や腱を狙って刀を突き立てていくだけである。
手足を滅多刺しにしていると悲鳴の合間に「このアマァ! 許さねえぞ!」なんて叫んでいるが、どう許さないのか教えて欲しいものだ。まさか化けて出てくるつもりだろうか?
それはそれで面白いので是非やってみて欲しい。オカルトは最近下火らしいが、撮影して売り込めば幾らかのお金になるだろう。
カチャリ、と音がして振り向いてみると怯えた顔の漢が一人、ドアのところで硬直していた。
「こうなりたくなければ、手を上げてそこに正座しろ」
「ひいっ! た、助けてくれ! 殺さないでくれ!」
情けない声と手を上げて座り込み、いや平伏す男に対して殺してやるという気は湧かない。
「条件がある。まず、服を返せ。そして、有り金全部差し出せ。この男の金も全部だ」
シーツの端で刀に着いた血を拭い鞘に納めつつ要求事項を伝えて反応を見る。金を出せと言ってキレてくるようならば容赦はしない。
「べゃ、う、あ、あううあうあ」
「言いたいことがあるなら、落ち着いて話せ」
「別の部屋、にある。けど、あっちには他の奴が……」
仲間が他にいるのに、金と服を持ってくることはできない、と言いたいらしい。考えなくても仲間が四、五人いることは分かっている。
「その部屋はどこだ? 案内しろ。立って良い」
許可を出してやると男は立ち上がり部屋を出る。身長は私と同程度、筋肉もあるようには見えない。いわゆる下っ端というやつだろうか。
度胸も無いようだし、何故こんなチンピラグループに入っているのか不思議なものである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます