じゃあ、またね。
湊賀藁友
じゃあ、またね。
2xxx年、科学が発達した地球。
しかし一向に減ることはない犯罪・事件に、 悲しむ遺族の為として政府はある政策を発表した。
その名も『クローン政策』。
死んだ人間が蘇る、まさに奇跡のような政策……。
■
君と最後に会って話したのは、7月の帰り道。
僕はただ、いつも通りに君と話して、いつも通りに君と別れて、いつも通りに家に帰って、いつも通りにテレビを見ていた。
──別れ際の、君の悲しそうな笑顔にも気付かずに。
午後6時頃、見ていた番組も終わりニュースに切り替わる。ローカルなニュース番組だからか、それとも単に報道するようなことがないのか。普段なら新聞にも載らないだろう小さな事件を中心に次々と変わっていく話題を、何を思うでもなく淡々と見ていた。……のに。
──ねぇ神様、どうして?
ぼくはヘッドフォンをした。
音の出ていないヘッドフォンでは意味が無いことは分かっていたけれど、どうしても聞きたくなかったんだ。認めたくなかったんだ。
君が────────、
ぼくはふと、君が最期に言った言葉を思い出した。
「じゃあね、
いつもなら必ず、またねって言うのに。
……ねぇ、君は何で自殺なんてしたの?
■
次の日、君のクローンが造られた。
でもいくら君に似ていたって、記憶があったって、『キミ』は『君』じゃない。
一緒にいたから。大好きだったから。だから、君だと思いたくても思えないんだ。
いっそ君だって思えてしまえたら。偽りの甘さを飲み下せてしまえたら、どれだけ幸せになれただろう。
……なのに、苦いんだ。
君に似たキミを見る度。思い出を塗り潰してきそうだと思ってしまうほど君に似ているキミを見る度。それでもただ似ているだけなんだと理解する度。
舌を、喉を、苦味が焼き焦がすんだ。
……君のいない世界なんか、ぼくにとって世界じゃない。
だったらせめて、『君』と同じ場所で同じように最期を迎えよう。そんなありきたりな思考回路で、ぼくは君が自殺した河原へ向かった。
■
河原に着いてから、少しだけ思い出にひたっていた。
この場所は君とよく遊んだ場所だった。最近は遊んでいなかったけれど、君が死ぬ1ヶ月ほど前だって一緒に────……一緒に、……?
そこでふと、違和感に気付く。
おかしい。1ヶ月前、ここで君と遊んだ時のことが思い出せない。思い出そうとすると、頭が割れるようにガンガンと痛くなる。
痛い。痛い。
本能が囁く。
「思い出さなければいけない」と。
『何か』が囁く。
「思い出してはいけない」と。
家に、家に向かわなければ。
『何か』がそれを阻止しようとするが構わない。
家に向かえば何かがあると本能が言っているから。だから──
──帰る途中の赤信号。痛みに耐え兼ねて下を向こうとしたその時だった。
『2XXX年6月○日、ここでひき逃げが発生しました。
目撃された方はホシヤマ警察署まで連絡お願いします。
電話番号は○○○-□□□□です』
そんな看板が目に入った途端、痛みは一気に引いて間もなく頭もスッキリしてきた。
……あぁ。そういうこと、だったのか。
自分の中で組み立てられた確かな『解答』が、空いていた穴にストンと落ちる感覚。
そうか。
ぼくは──いや。
『僕』はもう、死んでいたんだ。
「『ボク』が、クローンだったなんて」
青に変わった信号を見て歩きはじめた人々の声と男が小さく感じて、自分の呟いた言葉が自分の耳に嫌によく響いた。
君は、『ボク』が『僕』じゃないから死んだのでしょう?
■
気が付けば、またあの河原にいた。
"僕達は、『僕達』じゃなくなるまで僕達でいよう"
『
あの日『ニセモノ』になることのないこの木の下で、変わることのない『僕達』だけの約束を。
……『ボク』には、何の関係も無い約束を。
──あぁ。『アノヒ』の木は、こんなにも大きくなったのか。
……ボクが死んでも、次が生まれる。
次が死んでも、また次が生まれる。
河原でゆっくりと目を閉じる。
“私は、次の私達にも生きてほしいよ。”
頭の中に響いたその声に、はっとした。
“確かにクローンは人間じゃない。人道的な政策でもない。”
“それでも、彼らには彼らの人生がある。たとえこれまでが嘘でも、これからは本当だから。”
“だから私達は、私達らしく生きていこう。”
ぽろぽろと涙が零れてくる。
優しすぎる君の言葉が。
優しすぎる君の笑顔が。
優しすぎる君の心が。
優しすぎる君の願いが。
ボクの存在を赦すように囁くから。
「ボクも、『ボク』として生きていいのかな……?」
甘えることを、赦して欲しい。
『ボク』を生きることを、赦して欲しい。
『ごめん』はきっと違うから。
『ありがとう』、大好きな人。
もしかしたら、君を好きだというこの感情すらも作り物だったのかもしれない。『僕』のトレースでしかないのかもしれない。
……でも、それでもいい。たとえこれまで大切にしていたその感情がニセモノだったとしても、ボクはこの先も君を想っていこう。だってボクが、『ボク』自身が、君に恋をしたんだから。まぁたった今なんだけど……なんて言ったら、君に笑われてしまうかな?
たとえこれまでの思い出が、感情が、全てニセモノだったとしても、ボクは
そっちに行ったら『僕』にも逢えるかな?
嗚呼、愛すべき人よ。
じゃあ、またね。
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