とある男の話

湊賀藁友

美しい女

 これは今より遥か昔の、とある男の物語である。


 ■


 美しい女が、座っていた。

 あまりの美しさに足を止めてしまったほどの、本当に美しい女だ。


 長い睫毛まつげに黒く艶のある髪、そして玉のような肌。

 美しかったが女の顔は青白く、思わず幽霊の類いかと疑った程だ。

 しかし同じく玉のような肌の足を見る限り、幽霊ではない。


 大丈夫ですか、と声をかけようとして、いいや待てと己を律した。


 下手に声をかけると怪しい人間だと思われるのではないか、と。


 男として生まれたからには、そのような美人にはよく思われたい。

 いや、あわよくば親密になりたいと思うのがさがであろう。

 そこで私はいくつか声のかけ方を考えた。


 まず、優しそうな男に思わせる声のかけ方。

 次に、頼りがいのありそうな男に思わせる声のかけ方。

 そして、陽気な男に思わせる声のかけ方。


 どれが良いだろうかと深く考え、ふむ、やはり優しそうな男が良いだろうということに決定した。


 さあ、いざ声をかけようとしたところで、あることに気が付く。


 あぁそうか、あまりの美しさで気が付かなかった。

 驚きのあまりそんな独り言を漏らす。



 この美しい女は、既に死んでいるのだ。



 私は女のまぶたを臥せ手を合わせて、また京へと足を動かし始めた。


 女は元々美しかったのか、

 死んでいたから美しかったのか。


 結局、今も私には分からないままだ。

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とある男の話 湊賀藁友 @Ichougayowai

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