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電車を逆に三つ。
「来てしまったのね」そのひとは笑みを浮かべながら、そう呟いた。その瞳はわかりきっていたかのように、わたしを見つめていた。
笑っているのに、かなしそうだった。なのに、やさしい、穏やかで、嬉しそうな目をしていた。
「けれど、今日が最後。本当の本当に、最後よ。だってもう旅立つもの、私。この砂浜はあなただけのものになるのかしらね?」
血は、吸ってくれなかった。
どうして、とわたしが問うと、そのひとは一歩引いて思い切り、まるでこれから飛び立とうしているかのように、腕を広げた。
「決まっているじゃない。もっと、長く、若く、楽しみたいからよ。この世界の何処までも、永遠に」
吸血鬼は夕陽を覆う。
「もしあなたがそうしたいと、心から思える日が来たのなら、そのときは。考えてあげなくもないわ」
逆光のなか、空色の瞳だけが、夕陽を透かして鮮やかに見えた。
名前は。
わたしは尋ねた。
もしここから消えてしまったとしても、探し出せるように。あなたにわたしが、わたしにあなたがわかるように、名前を教えて、と。
そのひとは目を丸くした。名前などないといわんばかりに。
「――……」はじめて、このひとに似合う言葉を耳にする。聞いたことのない外国語。「……――」細い顎に手を当てながら、耳慣れない音が、低く、呪文のように並べられていく。
その後、「……イリオラ……」と、そのひとは告げた。
「イリオラ……それなら、あなたも云えるかしら」
イリオラ。
こくと頷くと、吸血鬼は満足気に目を細めた。
「そう、イリオラ。私の名前、イリオラにするわ。――あなた、お名前は?」
――また会いましょう。艶やかな陽のひかりに、そう約束した。
イリオラ。わたしとイリオラだけの、名前。
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