/4.

 電車を逆に三つ。


「来てしまったのね」そのひとは笑みを浮かべながら、そう呟いた。その瞳はわかりきっていたかのように、わたしを見つめていた。


 笑っているのに、かなしそうだった。なのに、やさしい、穏やかで、嬉しそうな目をしていた。


「けれど、今日が最後。本当の本当に、最後よ。だってもう旅立つもの、私。この砂浜はあなただけのものになるのかしらね?」


 血は、吸ってくれなかった。


 どうして、とわたしが問うと、そのひとは一歩引いて思い切り、まるでこれから飛び立とうしているかのように、腕を広げた。


「決まっているじゃない。もっと、長く、若く、楽しみたいからよ。この世界の何処までも、永遠に」

 吸血鬼は夕陽を覆う。

「もしあなたがそうしたいと、心から思える日が来たのなら、そのときは。考えてあげなくもないわ」

 逆光のなか、空色の瞳だけが、夕陽を透かして鮮やかに見えた。


 名前は。

 わたしは尋ねた。

 もしここから消えてしまったとしても、探し出せるように。あなたにわたしが、わたしにあなたがわかるように、名前を教えて、と。


 そのひとは目を丸くした。名前などないといわんばかりに。


「――……」はじめて、このひとに似合う言葉を耳にする。聞いたことのない外国語。「……――」細い顎に手を当てながら、耳慣れない音が、低く、呪文のように並べられていく。

 その後、「……イリオラ……」と、そのひとは告げた。

「イリオラ……それなら、あなたも云えるかしら」


 イリオラ。


 こくと頷くと、吸血鬼は満足気に目を細めた。

「そう、イリオラ。私の名前、イリオラにするわ。――あなた、お名前は?」


 ――また会いましょう。艶やかな陽のひかりに、そう約束した。


 イリオラ。わたしとイリオラだけの、名前。


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