第8話 些細な想いの行き違い

11月5日


僕の通院が始まった。病院の医師は穏やかな口調で色々と聞いてきた。そして、医師が示したのはこういう事だ。


うつ病とは脳内物質の分泌バランスが崩れることにより発症する病気である。

それには投薬治療が必要であるということ。

脳内物質の分泌バランスが崩れる原因の多くはストレスからくるもので、ストレスから離れて休息をとる必要があること。


僕は疑問に思った。


休息とはなんなのか?

ストレスから離れるとはどういうことか?

いま離れるべきストレスは仕事なのだろうか?職場の人達なのだろうか?


医師はその疑問には「わからない」としか答えなかった。その答えのない漠然とした不安はすぐに津波のように襲ってきた。


仕事を休む事で職場の人達は僕の事をどう思うんだろう…

その間に僕は必要なくなるのでは…

僕の居場所はどこにもなくなる…

じゃあ居場所がなくなった僕はどこに行けばいいんだ? 僕はどこに行けば……

あぁそうか。健二が言っていたのはこういうことか…。


そんな思考は際限なく続き、僕を暗闇に引きずり込んでいった。



この日から翌年の仕事始めまでの9週間、僕は休職した。この期間、何もできない時もあれば散歩に行ける程度の意欲がある時もあった。

ある程度調子の良い時は決まって仕事の事を考えることが多かったが、会社から連絡がくることはなかった。そして詩織は毎日のように様子を見に来てくれた。


僕はいつも詩織に

「仕事はどうなの? 忙しい?」

と聞くが、詩織は決まって

「忙しいけど大丈夫。今はゆっくり休んで」と

しか答えなかった。


僕にはそれが、

「レンがいなくても大丈夫だから! 出てこないで! 」と言っているように聞こえた。


調子が良い時は、会社に行っていないとしても少しでも何か役に立てればという気持ちが湧くのだが、そんな時に詩織に状況を聞いてみても

「大丈夫だから。心配しないで」と言うだけで何も教えてくれなかった。


僕は社長に言われた〝俺はお前を認めているし、信じているから〟という言葉がずっと心に引っかかっていた。これは社長の優しさで言ってくれただけだ。本当は僕を辞めさせたいのだろうと。

でも、もしかしたら本当に期待されているのかもしれない。だとしたら焦らずに回復に専念しよう。必要とされるのなら、あせって頑張るのも我慢しようと。


でも詩織は何も教えてくれなかった。会社の人も何も連絡してこなかった。それが辛く淋しかった。僕は邪険にされていると、ものすごい孤独感を感じた。社長が言った言葉もやはり僕を気遣うだけにしか過ぎなかったし、離れてしまえば職場の人ももう僕には無関心なのだ。


そうやって僕は周りの人たちへの不信感をどんどん募らせていった。

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