きかい

岸本何某

第1話

 椿の花が ポタリと落ちる

 あな美しや! とぞ思ふ刑場かな


    ✳︎


 真ツ黒の幻想が 視界の端をスウと横切る


    ✳︎


 朝靄に奇妙な塔が浮かんで見ゑる

 あれも元は人間だつたのだらうか


    ✳︎


 透明の鉢を満たす

 透明の液体の中では

 透明の魚が泳いでゐた


    ✳︎


 鏡の中で自分が笑つてゐる

 何がそんなにヲカシイのだらう

 私にはさつぱり解らない

 ハ・ハ・ハ・ハ・ハ………………


    ✳︎


 その

 魚のやうな……芋虫のやうな……

 人面の生きものは

 フツと此方を見上げ 微笑んでみた


    ✳︎


 小さく揺るる硝子の小瓶に

 閉じ込められてゐるやうだ

 何か 生きてゐる

 さう思つたが 無視をした


    ✳︎

 

 黄色く光る電球に

 黒い大きな蛾が止まり

 Blubは

 かなり 嫌がつてゐた


    ✳︎


 海岸に 打ち上げられた

 海岸に 漂着した

 海岸に

 人形の腕


    ✳︎


 誰に向けてでもなく

 古いタイプライターが ひとりでに

 「天下泰平」

 と呟いた 日曜日の午後

 

    ✳︎


 紅い洋燈 踊り場で

 虫が寄りては 舐めるやう

 此れを食ふ


    ✳︎


 トマトの茎の隙間から

 人の形の脇芽が一つ

 「やは」

 と声を掛けてきたので 此れを摘む


    ✳︎


 妄想の青空に

 ふくらみつづけてゆく

 机上の入道雲


    ✳︎


 薄ぼんやりと

 車窓から見ゑる

 もつれた電線の向こう側の

 鳴動する巨影


    ✳︎


 街燈の明滅が

 段々と早くなつてゆく

 それを見てゐると

 どうにも

 心の臓が締め付けられるやうな心地がする

 苦しい……


    ✳︎


 黒い土瀝青アスフアルトの中を

 巨大な両性類が泳ぐ


    ✳︎


 雨の中

 道端に炬燵を広げ

 談笑してゐる私の家族

 

    ✳︎

 

 枯れ草を踏むと

 重く乾いた聴き慣れぬ音と

 低いうめき声がして

 とても不愉快だ

 

    ✳︎

 

 稲穂の首が恐ろしいのです

 重く垂れ下がって

 ミシミシと音を立てるのが


    ✳︎

 

 案山子の首が

 動いたやうな気がした

 秋の空は青く澄み切つてゐた


    ✳︎


 対向車に自分が乗つてゐた

 真つ赤な警笛クラクシヨン

 延々と響いた

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きかい 岸本何某 @Volex

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