黒澤明 知ってる ? 黒澤映画に見る日本 2013年12月5日 V1.1
@MasatoHiraguri
第1話 はじめに
子供のときに見た黒澤映画は「チャンバラ すごい」、大学時代は同じ映画を観て「三船敏郎いいね」。そして、大人になって観る黒澤映画とは。
「映画とは見せ物」にちがいないが、単に俳優の演技や映像・音楽を楽しむだけでは
もの足りない。監督が映画に込めた熱い思いを知ってこそ、その映画を本当に楽しんだことになるのではないか。
「黒澤映画」とは、映画会社の指示に従って作らされた、ただの娯楽映画ではない。
脚本家であり映画監督でもあった黒澤明という人間が、その映画を作った当時の社会に関して、どうしても訴えたかったことを「映画」で表現した、いわば自主製作映画のようなもの。ただし、黒澤の才能と情熱のおかげで、素晴らしい娯楽映画として日本のみならず世界に通用する作品となった。
渡辺文樹の映画のような、かなり現実的で真剣なメッセージを含んだ映画と、スタ
ーウォーズやマトリックスのような超娯楽映画の両面を持つ映画、といえるかもしれません。
木を見て森を見ず(森の中にいると木ばかり見て森全体を見ることができない)といいますが、私たち日本人は、黒澤明の映画技術は見ても、その後ろにある心を見ようとしない。同じ日本人だから、かえって見過ごしてしまうのか。むしろ外国人の方が日本人黒澤明の心がよく見える、ということもある。
黒澤が日本人としての熱い思いを込めて作った映画「羅生門(1950年)」が日本で全く理解されず、イタリアやアメリカで絶賛されたという事実を見れば、いかに日本人が黒澤映画という巨大な森を見てこなかったか、見ようとしなかったのか、がわかろうというもの。
( この映画の製作会社である大映の社長は、「つまらん。わけがわからん。」と言って試写会の途中で席を立ってしまったが、映画は1950年のヴェネチア映画祭で金獅子賞を受賞し、1982年のヴェネチア映画祭50周年記念行事では、歴代グランプリ作品中最高の作品(獅子の中の獅子・栄誉金獅子賞) に選ばれた。)
私が大人になって知った黒澤映画とは、あくまで日本人の視点で見たものですが、黒澤明の精神的支柱であった武道体験(剣道)を、彼との共通項にしています (私の場合は日本拳法という武道)。 宮本武蔵が「五輪書」で示した「観見の目(神の目線)」という武道の眼目によって、森を見たわけです。
日本拳法という武道の感性で観た黒澤映画、とでもいうべきものですが、あくまで私個人のきわめて主観的なものです。
しかし、黒澤明という人間と少しは親しくなれたのではないかと思っています。
2013年 11月 平栗雅人
平成二十五(2013)年 12月6日
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