実戦訓練後

「フィリプ、大したことは無いけど今日は安静なんだってよ」

 後衛を任されていた内の一人、ペトルが医務室から出てきて言う。恐る恐ると報告を待っていたウェスリーはほっと安堵の溜息を吐いた。

「お前の防御魔法は効いていたみたいだけど、トロルの勢いが強くて吹き飛ばされたからな」

「…学んではいたけれど、こういうことなんだな…。打撃や斬撃等の身体への直接的な侵襲は防ぐけど衝撃は防がないって」

 ペトルの続けた言葉に、ウェスリーは俯いて答えた。そんな彼を見てペトルは問う。

「お前は平気なの? トロルに随分突っ掛かられていたけど」

「俺は」

「逃げ回って尻餅付いてただけだろ! 平気に決まってる」

 横合いから荒れた声が掛かる。ウェスリーは振り向く気にもなれずに横目で声の主を見た。先程の訓練で前衛を担当していたマレクが歩いてくる。随分立腹した様子だ。

「お前と同じ班になってずっと思ってるがな、本当、よくもまあ足を引っ張ってくれるよな。学科や魔術の実技がいくら良くたって碌に動けねえ奴は使いもんになんねえんだよ。また俺らの班は点数悪いとよ!」

「…すみません」

「お前、もしフィリプが死んでてもすみませんで済ますのかよ」

 ウェスリーは思わずマレクを睨む。フィリプが受傷した件は自分の失態とは関係が無い筈だ。

「なんだ、その目」

 マレクがウェスリーを睨み返して凄んだ。ウェスリーは視線を逸らしはしないが、思ったことをそのまま言うべきかは悩む。血の気が多い者の相手なんかしたくはない。

 ペトルが助け舟を出す。

「もう訓練学校も卒業間近なんだし、喧嘩するなよ。マレク、お前だってウェスリーが襲われてた時に中々トロルに接近できていなかったろ」

「お前は」

「俺だって上手いこと援護射撃できんかった。ニコライだってそうだ。結局全員ちゃんと動けていなかったってことだよ。ウェスリーだけのせいにするな」

 言い返そうとするマレクを制してペトルが続けた言葉に、マレクは黙り込む。

 険悪な空気を肌で感じながら、しかし全員何も言わずに立ち尽くしていると、医務室の前の廊下を曲がった先からだろう、声が聞こえてくる。

「あと半数は明日です」

「明日、どうだろうかな」

「魔物ですか? まあ何かしらは見繕ってこれるんじゃないかと」

「今期は魔物に不足せんものなあ」

「今期、というよりここ数年来ですか」

「スライムやらゴブリンやらの相手よりは気を遣うことが多いからな、教育隊としてはいい迷惑だ」

「全くです」

 言葉を交わしながら角を曲がって現れたのは教育隊長とその補佐教官であった。声でそうと察していた三人は廊下の端に寄り敬礼して彼等が過ぎるのを待つ。返礼をして特に何も言わずに通り過ぎて行った教育隊長らを見送って、敬礼の姿勢を解くとマレクが小声で言った。

「トロルなんて当たった俺達が運が悪かったんだよ」

 ペトルも囁き返す。

「丁度朝方トロルが十数匹出現したんだって班長が言っていたな。訓練用に一匹ずつ引き離して誘導するのに箒兵が難儀したって」

「そこまでしてもらってもな…」

「箒兵部隊も通常任務あるだろうに、わざわざ時間割いているみたいだしな」

 二人のやり取りを聞いて、ウェスリーは先刻の実戦訓練の終わり際に起こったことを思い起こす。

 箒兵。魔術を用いて箒にて飛行する、箒術と呼ばれる技能を使って戦闘行為を行う将兵達である。

 トロルに襲われて魔法障壁の中で縮こまっているしかできなかったウェスリー、そして有効な打開策を講じることができなかった班員ら、そういった状況を上空から認めて箒兵が援護をしたのだ。援護と言っても自ら直接手を下していたが。

 刀使いだったな、とウェスリーは思う。

 このリパロヴィナという国では刀を武器として使用する将兵が多くいる。刀というのはフォーザンク国と呼ばれる東方の国発祥の武器らしい。この武器を用いるのはアウレー大陸の周辺国においては異質であるが、リパロヴィナは古くから彼の国と繋がりがあるのだとか。

 血に濡れて光る刃をウェスリーは妙に印象的に覚えた。

「…何だか怖いような綺麗さが」

「は?」

「何の話だ?」

 マレクとペトルが聞き咎める。無意識に近い独り言だったため、焦ったウェスリーは垂れ気味の大きな目を見開いて首を横に振る。

「別に、何も」

「綺麗、とか何とか。お前こんな時に女の話かよ? 余裕じゃねえの」

「やめとけよマレク。ウェスリー・ポーター氏の口から女の話が出るわけないだろ」

 庇ってくれているがその実揶揄しているようなペトルの発言に、ウェスリーは顔を赤くした。

「違いねえ。はあー、全く何でこんな奴と同班なんだか…」

 吐き捨てるよう言ってマレクは廊下を去って行く。その背中を暗い気持ちで見送るウェスリーに、ペトルは何気なく言う。

「実際お前って少しぼうっとしてるよ。しっかりしろよな」

 ウェスリーが彼の顔を見返す前に、ペトルもマレクに続いて行ってしまった。

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