不思議な話
ちげ
不思議な話
……今日は夢を見た。
どんな夢だったかもう覚えていない。確か怖い夢だったような気がする。汗をびっしょりかいて寝起きが悪かったからだ。
起きた直後には、確かにその夢の内容を覚えていたという記憶はあるのだが、起きて数分経った今では何かぼんやりしたものに変わっている。この後さらに数分も経てばその内容は頭から完全に消え、数日後には夢を見たことすら覚えていない。全く不思議な話だ。
――トイレを済ました私は出かける支度をする。
人は寝ることによって休む。寝ることによって成長し、脳をリセットする。では夢とは何か。何のためにあるのか。そんなことをふと考える。
今日の朝、夢から覚めてすぐ夢を忘れてしまったことを考える。夢の世界の記憶を、起きる前に脳が急いで消しているように、私は思えてならない。寝ている時の世界というのはもっとはっきりしたものなのではないか、そうだったはずだ。夢の中ではそれが夢だと気づかなかったのだから。
だから私は考える。実際は起きている世界と寝ている世界はそれぞれ同等の存在であって、起きている世界の時には寝ている世界を忘れ、また逆に寝ている世界では起きている世界を忘れるのではないか、と。
――家を出て、徒歩五分の最寄り駅へ向かう。
……ということは人が休む、寝るというのは人間の脳の意識下では、「寝ている世界で活動している」ということだろうか。対象的に、人が起きているというのは脳の意識下では、「寝ている世界で休んでいる」ということになるのだろうか。
全く理にかなっていない話であるが、今日朝感じた、夢から覚めた瞬間の不思議な感覚を思い出すと、それが異世界を垣間見てしまったような気分になることがあるのだ。
――電車はまだ来ない。どうやら遅延しているようだ。
夢の中で、これは夢だと自覚できている夢がある。それは現実と比べて夢がありえないものだった時などに感じたりする。
"寝ている世界"の中で、"起きている世界"を覚えているということだ。それもすぐに消えてしまう記憶の一つなのだから、起きている世界で夢の世界を覚えていることに似ている。
――電車はホームに到着する。今日は空いている。
また他にも変なことがある。
ある時私は夢で、何か立派な芸術作品を見た。夢の中でそれはオブジェクトとしてはっきりと自分の目の前に現れていて、とてもユニークなものだった。面白い作品だとも思っていた。また、その夢は起きてからも覚えていた。自分の持っているセンスでは、あんな作品のような発想はできないと思ったものだ。だがそれは夢の世界のモノなのだから、自分の脳で生み出したもののはずだ。なぜそんなふうに思うのだろう。
夢の中で何かを考えている時もある。考え事は自分ではどうにもできないことばかりだ。自分で簡単に制御できるならば考え事などはしないはずだ。しかし、夢の中でのことなら話は別だ。その考え事も、自分の脳が生み出したモノではないのか? 自分の脳で生み出したモノをなぜ自分で簡単に制御できないのだろうか?
夢の世界が脳によって作られるのであれば、自分の脳が生み出した世界なのに、驚きや納得、関心の感情が出るのはおかしいではないかと思うのだ。なぜならそれらの感情は自分とは異なる他者や物があって初めて感じる感情だからだ。
――電車が目的地に到着した。私は改札を出た。
……ということは、夢の世界を作っているのは、自分が脳だと思っている部分ではない場所で作られているのではないだろうか。
自分の意識とは別の場所で夢を制御しなければ、起こりえないことがたくさんあるのだ。
夢の中で、こうあればいいと願えばそうなるはずだが、ならない時がある。脳が夢のシーンを作成しているはずなのに、その展開が予想できないことがある。すなわち、例えると、脳にはサーバー管理者(ゲームマスター)とゲームプレイヤーの両方いなければいけないのだ。そして私は常にゲームプレイヤーとして夢の世界にいる。
――信号を渡る。
夢の世界は自分の頭の中の自分の意識内に含まれない「誰か」によって作られている。それが夢という世界の中での現実であると仮定しよう。
では今現実だと思っている世界は何によって作られたものなのだろうか。
――車のクラクションが聞こえた。
全くわからない。
起きている世界「揺るがざる現実」と、寝ている世界「変幻自在な夢」は、何によって作られるのか。だが、僕らはその二つの世界を行き来している。
夢の世界にも夢の世界の当たり前があり、起きている世界も起きている世界の当たり前がある。もしかすると夢の世界はパラレルワールドの自分が過ごす世界なのかもしれない。
全く不思議な話だ。
――その時、派手なブレーキ音と共に迫り来る何かが体を襲った。赤いランプと灰色の金属と青い空が見えた。
心臓がドクンっと小さくなった。ゆっくりと流れる空を眺めながら、向こうの世界へも行き来できたりするのかなと、ふと考えた。
= * = * = * = * = * = * = * = * = * = * =
……今日は夢を見た。
どんな夢だったかもう覚えていない。確か、怖い夢だったような気がする。だがこの記憶もすぐに失われてしまうだろう。
全く不思議な話だ。
不思議な話 ちげ @chige12
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。不思議な話の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます