第19話 その後の顛末
その後の顛末はこうだ。
冥界の門を悪用していたフィリバールを倒し、魔法陣を消して冥界の門を閉じたことで、廃砦から怨霊やら悪霊が溢れ出ることはなくなった。
冒険者組合には後始末の依頼が出されているそうだが、今の俺たちには関係ない。ここ最近の冒険者紛いのことをしていたのが、根本におかしかったのだ。やっと正常に戻れる。
現在の俺の前には、銀髪ツインテールのブラックリリーが立っていた。
このゴッシクロリータな服を着た彼女、いや彼、いやこれは俺の顔を見るや詰め寄って来る。
「良くぞ戻って来た! して首尾はどうじゃ? 上手く消せたかの?」
こいつの顔を見る前は暴力は止めようと思っていた俺だが、やはり顔を見るとどうも腹が立つ。見た目が悪い訳じゃない。悪びれた様子がなさそうなのが悪い。
「フン!」
「痛っ!! 何をするのじゃ美少女相手に!! これは家庭内暴力じゃぞ!!」
つい抑えきれずに、拳がブラックリリーの脳天に飛んだ。というかロリじじいと家庭を持つ奇特な趣味はない。
「戯言言う前にまず言うことがあると思うんです。幸い死人は出なかったみたいですけど、怪我人は続出したんですから」
「……も、申し訳ない」
「で、まあ、リリーさんのことはバレてません。ただ、情報がしょぼかったら知り合いのエルフに突き出しますんで」
「……お主かなり怒っておるな?」
「さっさと言え」
「……では、まずお主をこの世界に連れて来た神のことを話そう。その神は数多の世界を駆け、時空を駆ける神馬じゃ。他の異世界人もこの神馬が関係している。古川三郎という者も神馬の背に乗ってやって来たのじゃ」
「乗った記憶はないんだが……」
「お主は来てすぐに飢えていたと言っておったな?」
「ええ、酷く飢えてましたよ。地面に寝ていましたし……」
ブラックリリーが両手を腰に当てて言った。
「お主は神馬に轢かれてやって来たのかも知れぬ」
「轢かれた?」
「この世界に引きずられて来た際に、体と持ち物を再構築されたのであれば、胃の中が空っぽであるのも頷けるのじゃ」
もしブラックリリーが言うことが真実であれば、俺を轢いてくれた神馬に殺意が湧く。
「まあ、真偽はその神馬に会って確かめろって話ですよね。帰れるかどうかも」
「そうじゃな」
俺はどっと疲れが出た。事故で来てしまったとなれば俺は被害者だ。だが、同時に目的は見えた。神馬に会えば元の世界に帰れるかも知れない。可能性は決して低くないはずだ。
「騒動を起こしたお詫びとして儂も神馬を探してみようと思う。エルフと言うのは転移魔法が使えるからの。お主らよりも効率がいいはずじゃ」
「その転移魔法って俺にも使えるんですか?」
「いや、エルフとダークエルフしか使えぬ。他種族は使えぬし通れぬぞ」
種族格差という奴だ。残念だが楽は出来ないらしい。
「お兄さん、なんか偉い人が組合の中に来てお兄さんを呼んでるみたいだよ」
ラハヤが俺を呼びに来た。偉い人と言うのは何だろうか。呼ばれるようなことをした覚えはない。強いて言うなら、目の前のロリじじい関連である。
「ああ、すぐ行く」
狩猟組合は人で溢れていた。中央には偉そうな女性文官と護衛の騎士たちがいた。
入った途端に他の猟師や受付嬢たちが拍手で迎えてくれた。俺の名前を呼んで讃えてくれる人もいる。怒られるわけではなさそうだが、一体何が始まるのだろう。慣れない出来事に俺は委縮した。
「シドー・カムロで間違いないですか?」
「え、あ、そうです」
「今日はアドニス皇帝の名代として参りました」
「……誰でしたっけ?」
俺が首を傾げると笑いが起こった。皇帝やら貴族とは、接点を持たないだろうと思っていたのだから仕方がない。
「この国の皇帝陛下ですよ!」
女性文官に怒られた。当然である。
「あ、すみません」
「ゴホン。まあ多少の無礼はいいでしょう。一介の猟師がこのような待遇を受けるなんて稀ですからね。ではシドー殿は前へ」
俺は前へ進み出る。背筋を伸ばし気を付けの姿勢を取った。
「帝都近郊の廃砦でのフィリバール討伐及び、一連の騒動を解決した功績を讃え貴殿に士爵位を授け」
士爵って何だっけ? 一番下の爵位?
「屋敷と騎士戦功金章を与える」
勲章はいいが屋敷まで? 神様だって探さなきゃいけないんだぞ。
間が悪いのは俺の宿命のようだ。
「さらに準配偶者であるモイモイ・マイトパルタの借金及び、賠償金全てを貴殿に与えられた報奨金を以て全額返済とする」
最後の最後でとんでもないことが述べられた。
「は? いやいやいや、今なんて?」
「既婚者救済法ですよ。配偶者及び準配偶者の借金を肩代わり出来るのです。これを実際に行った人は非常に稀ですけど、それだけ愛が深いのでしょう」
周りから熱いコールが巻き起こり、何故か兎獣人の受付嬢ニーカが「私と言う女がいながらぁ!!」と泣き崩れ「お、お兄さんと、も、モイモイさんが……」とラハヤが焦り始め、俺は理不尽に打ちのめされそうになった。
いやいやいや、おかしいだろ!! 俺とモイモイがそんな訳ねえし、チェッカードさんは金が欲しいだけだろ!!
「……ちょっとすみません」
「え、ええどうぞ」
罰が悪そうにフードを深く被るモイモイに、俺は早歩きで詰め寄った。
「おい、放火魔。説明しやがれ」
「……借金を返すいい機会だと思いまして」
「思って? なんだ?」
「準配偶者ということにしました。あ、署名は私が一人でやったので、そこはご心配なく」
「しました。で済むと思ってんのか……!?」
「ちょ、ちょっと顔が怖いです。あ、あれですよ。借金返済の手続きが完全に終わったら離婚手続きをしましょう。離婚手続きは二人の実印が必要なので印鑑とか作って下さいね」
あぁぁぁああぁ!!! ちっくしょう!!!
「フン゛!!」
「い゛っったぁぁぁい~~~!! 何するんですか!!」
俺の鉄拳制裁を頭頂に受けたモイモイが
「説教は後だ。それとお前が誤解を解くんだぞ? いいな?」
「……はい」
詐欺が横行しそうな法律を作りやがってと帝国に怒りたい気持ちもあったが、今は心の内に納めておくとする。悪法もまた法なり、だからだ。
「あ、あの~、式典を進めても宜しいですか?」
「あ、はい、すみません。今戻ります」
俺は戻って片膝をつき、首を垂れると長剣を肩に当てられた。これで俺は士爵となった。その後も空しい式典だった。祝福されても空しい。こんな気持ちは初めてだった。
俺に与えられた屋敷は狩猟組合や職人街に近く、まさに一等地にある物件だった。日本人の琴線(きんせん)に触れるようなハイカラな造りであったし、複数人で住むには丁度良い大きさだ。日本にある俺の家より立派である。
「いい家だ。だが……」
俺はモイモイに視線を向ける。先ほどからフードを深く被り、こちらと目を合わせようとしない。クーはいつも通り欠伸をしている。
「な、何でしょう?」
「既婚者救済法とやらに記載する時、俺の実印は要らなかったのかとか、法律を破るようなことをしていないかと気になってな」
「そ、それは大丈夫ですよ。申し込む際はシドーさんがマイトパルタ家に婿養子という形を取りましたから、実印は私のだけで大丈夫でした。まあ、いわゆる法律の穴ですね」
こいつ法律の穴を突きやがったのか。
帝国の緩い法にも溜息が出る。
「ま、まあモイモイさんも反省していると思うから、ね?」
ラハヤに諫められ、俺は再び握られた拳を収めた。
「シドーさんがどうしてもと言うなら、準配偶者ということでこのままでもいいですよ」
「は? 何だって?」
「なんたって私は二億の女ですから――い、いだだだだっ!!」
「減らず口を叩くのはこの口か? あ゛?」
やっぱり大して懲りてないモイモイの頬を抓った。
「じょ、冗談ですよ! でも良かったじゃないですか、シドーさんは愛が深い男性だと世に示したのですから。これからきっと、モテモテです――痛っ!!」
親指を立てたモイモイに、俺はチョップで制裁した。
借金のカタにされたのだ。その愛が深いなど片腹痛い。せいぜい水たまりぐらいの深さだろう。
「しかしどうするかな。屋敷もらっても困るだろ神様探さないといけないのに」
ラハヤとモイモイが顔を見合わせる。
「何でわざわざ探す必要があるのですか? 帝都にいればラハヤに近づく魔獣は、たどり着く前に軍や冒険者に倒されるのですよ?」
「帝都に住んでいた方が安全だよ?」
そう言ってのけた二人に向けた俺の顔は、表情筋が失われていた。
「いや、だからってダメだろう。それだけ人知れず被害が出てるんだから」
「そっかぁ」
ラハヤが目前の資産に心を奪われている。普段無欲な人ほど、一度欲が出るとこうもなってしまうのか。
「でも、お兄さんの戸籍は今までの仮の物じゃなくなるよね」
「そりゃそうか。……だからって今は住まないよ?」
「うーん。……ダメ?」
「ダメ」
「シドーさんが決めたなら、まあ仕方ないですね」
俺たちが屋敷の前で立ち話をしていると、どこからともなく兎獣人のニーカ・チェッカードがやって来た。大きな荷物を持って。
綺麗な桃色の髪を揺らしながら駆け寄り、ウキウキとしている彼女からは嫌な予感がする。
「シドーさ~ん! 私も住みます!!」
……どっから湧いた。
「あの、チェッカードさん。今しがた話し合った結果、今は住まないことに決定したので」
「え? 住まないんですか?」
「俺たちもやることがあるんですよ。帝都だって明日、明後日には出立するつもりですし」
頼んでもないのに、この守銭奴兎はこんなことを言い出した。
「なるほど、なるほど。なら私がこの家の留守を預かりましょう!」
「それがいいかもね。だって帰った時に家がボロボロだと困るし」
ラハヤが同調する。正論ではあるのだが、何だか折れてはいけない気がする。
「私も賛成です。私達が留守の間に不埒な者が勝手に住み着くかもしれませんし」
それは目の前にいるんだが?
だが、反対一で賛成が二であると、民主主義な国で育った弊害か俺も折れてしまった。タダで家政婦が雇えたと思えば悪くないかもな。
「じゃあ、まあ留守の間はよろしくお願いします」
「はい! 任されました!」
「次は馬車を見に行こう。ほら二人とも行くぞ」
スキップをしながら屋敷に向かうニーカを、二人は名残惜しそうに見ていた。
「じゃあ、行こっか」
そうして屋敷を立ち去ろうと振り返る。
屋敷の中からニーカの喜ぶ声が聞こえて来た。
「亭主元気で留守がいい!」
「……すまん、あいつも一発殴って来る」
「どうどうどう」
「お兄さん落ち着いて……!」
屋敷を後にした俺たちは馬車を買いに職人街に向かった。馬車を先に買い、旅の荷物を買って今日中に積み込みを終えるためだ。
「えーっと、あるのは炊事車付き馬車と、フィールドキッチンが一体化した馬車か」
どちらも二頭立ての四輪馬車で、一体化している方が幾分安いがその分食料を多く積めそうにはなかった。形はチャックワゴンのようで後部に棚と折り畳み式調理台が付属している。
炊事車付きの方は、フィールドキッチンの連結を外して、馬車で入れないところに持って行ける便利のいい物だ。
しかもそれが野外炊具一号のような見た目のフィールドキッチンで、折り畳み式の調理台と釜や棚も完備。少々値が張るが、
「お客さんお決まりかい?」
「こっちの炊事車付きの二頭立て馬車をお願いします」
「そりゃお目が高い。そいつは行商人は勿論、軍だって使ってる優れものだよ。お値段は馬も付けて一二〇万マルカ。あー、金貨一二枚か銀貨一二〇枚だね」
俺の身なりを見て店主が言い直す。
「モイモイ、ちょっとこっち来い」
「何でしょう?」
「廃砦の時は借金返済するためなんだなって敢えて言わなかったけど、召喚獣を倒した後に獲れた魔石をこっそり懐に入れてたろ?」
「どうしてそれを……」
「魔石を使った召喚とか何とか言ってたし、俺はばっちり見てたしな。で、いくらになった?」
「あー、全部で銀貨八〇枚ほどですかね。魔獣ボラークのが一番高かったので……」
「じゃあ、銀貨八〇枚はお前が出せよ。俺とラハヤさんが二〇枚ずつ出すから」
「慈悲は?」
「ない。……まあ、出してくれれば今朝方の騒ぎはこれで許す」
「……仕方ないですね。出しましょう」
炊事車付き二頭立て四輪馬車はこれで無事に手に入った。
続いてドヴァの鍛冶屋で新たに異世界製実包を買いに行く。
「女連れとはたまげたな」
「……実包をまた買いに来ました」
「ちょっと待ってろ。今持って来る」
ドヴァが実包を取りに行き、見慣れない実包が入った弾薬箱も持って来た。弾頭が削りだされた魔石になっている。それぞれ赤、青、黄で、よく見ると魔石の弾頭に見慣れない文字が刻まれていた。
「こっちのは何ですか? 魔石、みたいなのが弾頭になってますけど」
「それはおまけの魔石実包だ」
「効果は?」
「赤いのが着弾時に火焔が広がる。青いのは標的を凍らし、黄色いのが感電させる。強力な魔獣に遭遇した時はこれを使え」
「ありがとうございます」
「また儂のところに顔を出してくれればいい。そのためのお守りみたいなもんだ」
この世界には、ちゃんと性格の良い人もいるとしみじみ思う。
俺は魔石実包を各色一二発ずつ貰い、実包を四〇発買う。前に買ったのと合わせて実包は一〇〇発、魔石実包は三六発。当分は持つはずだ。
その後は鉄製の食器や保存の効く食料、小麦粉や水や酒、その他日用品を買った。その日の内に買った馬車の荷台に積み、荷造りを終える。
こうしてようやく旅が始まるのだ。ここに来るまで大変だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます