第18話 廃砦の新しい主


 廃砦は悪霊や怨霊が闊歩するお化け屋敷の様相だった。しかもそれはちゃちなお化け屋敷ではない。ハイクオリティだ。不快な悪臭と女のすすり泣きやらが聞こえ、リアルエキストラの皆様が余程頑張っていると見える。


 ……ちくしょう、進みたくねぇ。


 長い戯言と共に虚勢を張っても、どうこうなるものでもなかった。この先を進むのは心臓に悪すぎる。


「なんだ男の癖にびびってるのか?」


「そっちは良く平気だな」


「二〇〇年以上生きていると経験は豊富になるのさ。なんてことはない」


「ああ、おばあちゃんだからか――」と言ったら、すかさずキセーラの蹴りが俺の尻に飛んできた。


「無礼な奴だな」


 蔑む目で睨まれ俺は委縮した。数百年生きてますと言われて、素直に納得できるほど日本で生きた三三年の人生というのは薄くない。ブラックリリーのように邪法で千年近く生きている奴もいるらしいが、俺は半信半疑だったし、キセーラの見た目は俺より若く見える小娘だ。どう見てもラハヤと同い年ぐらいに見える。


「いまいちピンとこねえんだよ。長寿な種族ってのが」


「ニホンジンは聞いていた通りエルフが嫌いらしいな」


「古川三郎さんのことか?」


「ラーファライリに対して『敵国の女とは一緒になれない』と言ったらしい。ニホンジンにとってエルフは敵なのだろう?」


 ……うん? 古川さん、エルフのことを米国人か英国人だと思ったのか?


「それは行き違いっていうか、思い違いじゃねえかな……」


「勘違いであったなら、それはそれでラーファライリが可哀想だ。本気で惚れていたからな」


「そういや何で辞めたんだ? いい暮らしだったろうに」


「お前たちを見て、私も冒険がしたくなった。今まで暇だったのもあるが、同性愛者しかいないあそこに嫌気がさしていたのもある」


 あ、やっぱり、ユニコーンの肉でお楽しみしてたろこいつら。


 俺は会話をしながら進むことで少しでも恐怖心を緩和していた。


 前を進むクーが唸り声で威嚇し、俺は恐怖で縮こまる。


「おいシドー。いま驚いたろう?」


「……うっせえ」


 曲がり角から光が差し込み、青白い電気を帯びた光球が姿を現した。大きさはサッカーボールほどで、ところかまわずバチバチと放電している。


「何だあれ? プラズマ球?」


「プラズマ? あれはウィスプだ。触れれば即死だから気を付けろ」


 この世界はやたらと性質の悪い敵が多い。これがゲームの世界ならクソゲーのそしりを受けること請け合いだ。なにせ色々な知識や経験がなければ良くて大怪我か、運が悪ければ死ぬのだから。


「どうやって倒すんだ?」


「対処を知っていれば簡単さ。不安定なあいつには、こうするんだよ」


 キセーラは腰の袋からネジを取り出すと、ウィスプに向かって下からゆっくりと投げた。


 ネジの直撃を受けたウィスプが『バチィッ!!』と大きな音を立てて霧散した。


「ちょっとビリッと来たぞ」


「ウィスプというのは散り際も激しい奴だ」


「もしかして、この先ずっと一歩間違えれば死ぬような奴らばっかりかよ」


「そうだ」


 こうも即死級の敵がわんさか出て来るなら、俺は迷わずこう思うだろう。


 こんなところにラハヤさんやモイモイを連れて来なくて良かった。


「そう暗い顔をするな。知識と経験が有れば食べられる毒キノコや虫と同じだ。そう考えれば何とかなりそうな気がするだろう?」


「まるで信州人だな」


「シンシュウ? ニホンジンには我々に似ている種族もいるのか」


「悪食で有名なんだよ――痛っ!」


 クーが俺の足を噛んで引き留めた。


 もうちょっと優しく出来ないのかこいつは……!


「前方にレイスがいる。数は七、八、いや一二はいるぞ」


「どこだよ? 怖がらせてるだけじゃないだろうな?」


 俺はレイスを見ようと進む。もしかしたら、俺には霊感というものが毛ほどもないから見えないのか。見えないのだったら無害だと、凡人足る俺は思った。


「おい不用心だぞ!」


「なんだエルフの癖にびびってんのか?」


 そっくりそのまま返してやったと、ほくそ笑む俺に何かが触れたが、その直後にほんの一瞬だけ光り輝いて消え失せた。それはキセーラが驚くほどのことだったらしい。俺には蒸気のようにしか見えなかった。


「一二匹のレイスが浄化された?」


「浄化された? とか言われても俺の目には見えてないから」


「……ま、まあいい」


 廊下を歩き続ける内に、モイモイが俺ごと敵を焼き払った場所まで到達した。


「ちくしょう、嫌な思い出が蘇ってくる……」


 こんな狭い廊下で燃やしやがって。


 やはり帰ったら頭を小突いてやるぐらいのことはした方が良いか? いやしかし婦女子に手を上げるのは外道。大いに悩んだ。


「この下か?」


「そうだよ。ちょっと辺りを調べてみる」


 壁をぺたぺたと触っていると、一ヶ所だけぐらぐらと揺れる煉瓦があった。


 それを押し込んで回すと、廊下の床が音を立てて動き始める。積み木が崩れるように開き、地下へ続く階段が現れた。残念ながら効果音はない。


 廊下の篝火には青い火が灯っていた。


「シドー、この先に危険な奴がいる」


「危険な奴?」


 前を進んでいたクーが怯えて尻尾を股の間に丸めている。しかし俺はオーラが見える訳でもなく、戦闘力が分かるアイテムを持っている訳でもない。危険な奴がいると言われて出来ることは、慎重に進むことだけだった。


「俺が先に行こうか」


「この気配は上級アンデッドのものだ。最低でもリッチーかヴァンパイア、不死王かも知れない」


「……ヴァンパイアは何か聞いたことあるな。リッチーとか不死王って何なんだ?」


「その三つともが、魔王に名を連ねられるぐらいの実力を持っているアンデッドだよ」


「魔王ねぇ。それと前々から思ってたんだけど、所々英語で喋る人いるよな? モイモイの奴もそうだった。エルフやダークエルフもそうだった」


「英語? 魔法言語の間違いじゃないのか?」


 冷気が感じられるようになった。底冷えする寒さで息が白くなる。


「あー、こういう変化なら俺でも分かるぞ。何かいるんだな冷たい奴が」


「待て、本当に行くのか? 一度戻って応援を呼ぶべきだ」


 これ以上大事になると困る俺としては、俺一人でも行きたい。もらい事故であるのに、俺たちまで打ち首獄門とか最悪だ。


「なら俺の後ろに隠れていればいい。小さくて薄い体なら上手に隠れられるだろ?」


 扉が見えてきた。寒さは冷凍庫並にまでになっている。


 俺はそっと扉を開ける。


 かなり広い部屋だった。てっきり研究室なので狭いと思っていたが、部屋の規模は体育館並に広い。意匠は聖堂のようだ。


 その中央に目的のものがあった。


 青い魔法陣が描かれた上に楕円形の空間が広がっている。その前にはローブを着た骸骨のような人物が、両手を上げて何かを唱えていた。


 どうやらブラックリリーが誤って開いてしまった冥界への門を使って、冥界の者たちを召喚しているようだ。ブラックリリーもこいつも、何てはた迷惑な。


「あの、ちょっといいですかね?」


「お、おまえっ! 私の説明をこれっぽっちも理解していないではないか!!」


「いや相手が誰であれ、礼儀ってのはあると思うんだよ俺は」


 その骸骨のような人物がこちらを振り返る。骨と皮だけというのがしっくり来るほどの見た目で、両目は暗い闇のようだった。即身仏のミイラが動いて喋っているという表現が正しい気もする。


「……人間と忌々しいエルフか。我に何か用か?」


「外が大騒ぎになっているので、悪霊や怨霊を召喚するの止めてもらえませんかね?」


「愚か者が! 迷惑だから止めてくれと言われて引き下がると思うてか! 我は魔王候補フィリバールぞ!」


 髑髏しゃれこうべが先端に付いた杖をこちらに向ける。フィリバールと名乗った魔王候補らしき人物は、こちらに危害を加えるらしい。怖くないのは何故だろうか。それは会話が出来るからなのだろう。


 そもそも魔王候補とはなんだ? 選挙期間中なのか?


 憑りつかれた鹿のほうが怖かった。これまで沢山の鹿の命を頂いて来た身としては『あ、とうとう鹿に恨まれたかな?』とか思ってしまったし。


「喋るミイラに言われても……」


 見世物小屋がお似合いだろう。


「やはり貴様はリッチーか!」


「そうとも! 恐れ慄くが良い!」


 キセーラとフィリバールの間で何か始まった。


 彼女の対応が正しいのか、それはどうでもいい。それよりもさっさと魔法陣を消して、冥界の門とかいうのを閉じてしまいたい。


 そして、属性過多なブラックリリーをぶん殴りに行きたい。今はそんな気持ちだった。


「おい貴様! 何をしている!」


「何をしているって、魔法陣をどうやって消そうかと色々試しているんですがね」


 水を掛けたりしても消えない。手で擦れば消えるのかな?


「そうはさせんわ!!」


 フィリバールが床に這いつくばると、痩せた大きな狼の姿に変身した。四つの足で立つ様は、まさしく狼で、俺にはただの害獣だ。


「ふはははは! 怖くて声も出ないようだな人間ども!!」


 おもむろに銃袋から猟銃を取り出し、実包を三発ほど弾差しから抜くと「キセーラ、ちょっとこの先っぽに付呪エンチャントしてくれない? あの害獣に効く奴」と頼む。


「うん? あ、ああ分かった。神性付呪エンチャントダヴィニティ


「あれ? モイモイがやってたように詠唱って要らないの?」


「心の中ですれば問題ない」


「何であいつ一々口に出してんだ? 帰ったらそれとなくからかってやるか」


「おい貴様ら!! 無視をするなぁ!!」


「いい子にお座りしていてくださいよ。今から相手しますんで」


 ボルトを操作しチャンバーを開ける。弾倉に二発押し込み、初弾を薬室内に送り込み装填。ボルトを前に押し込み下に倒すことでロックする。これで発砲準備を終えた。


「おい貴様! 何をしている!!」


「あー、これはですね。猪の頭蓋骨も抜けないぐらいのしょっぼい奴なんで、魔王ならふっつーに止められると思うので、そのまま動かないでもらえますかね? 実包が勿体ないので」


 俺はフィリバールの頭に狙いを付ける。銃口から少し離れた先に、神々しい魔法陣が数枚浮かび上がると重なる。段々と半径が小さくなった魔法陣が伸びて展開した。


「それが、それが猪の頭蓋骨も抜けないだと……!!」


 バァーン!! と轟き神性が付与された弾丸が飛翔する「――ちょまっ」と右手で防ごうとしたフィリバールは手のひらごと頭を貫かれた。


「……ア゛イッダァァァ!!」


 前のめりに転げるフィリバールに向かって容赦なく発砲を続ける。場所は首と心臓。


 バァーン!!


「……フゴオォォ!!」


 バァーン!!


「……ンガァァァ!!」


 フィリバールは成す術もなかったようで、身を黒く焦がしながらピクピクと痙攣していた。


「今止め刺ししますんで」


「……ハァ……ハァ……。くそっ!! 今のは痛かったぞ!!」


 どうやら俺と同じく肉体が再生するらしい。今度は二本の足で立ち上がった。俺は猟銃を背負うとフィリバールに近づく。二本足で立たれるとどうも撃ち辛い。


「ハハハハハッ!! 慢心がお主の命運を尽かせたぞ!!」


 フィリバールが爪で切り裂こうと右腕を振るう。俺はその腕を掴んで背負い投げ、倒れたフィリバールの首と心臓と肺をナイフで突き刺した。俺の目には世間様を騒がす害獣にしか見えないのだ。害獣に容赦は要らない。


「……ガァァァ!!」


「後何回殺せばいいんだよ。この狼」


 先ほどよりも回復速度が遅くなっている気がするが、まだ再生する。


「シドー! 胃だ! 胃を狙え!」


 キセーラの指示通りに胃をナイフで突いた。刃を抉るように回して傷口を広げる。


「……ァァ」


「流石に効いたようだな」


 痙攣して動かなくなったが、また再生しても困る。


「キセーラ、もう一回エンチャントしてくれるか?」


「ああ、分かった。神性付呪エンチャントダヴィニティ


 ボルトを操作しチャンバーを開ける。エンチャントされた一発を薬室内に送り込み装填した。ボルトを前に押し込み下に倒すことでロックする。


「止め刺しが駄目なら止め射ちだな」


「……アンデッドにこんな思いを抱くとは思わなかったが、そろそろ楽にしてやってくれ。そいつが哀れでしょうがない」


 俺はフィリバールの頭に向けて発砲した。


 さらさらと砂になって消えたフィリバール。何はともあれ、これで目的も果たせる。


 その後は俺が触れただけで魔法陣が消え去り、冥界の門も閉じられた。


 アンデッドや魔性の高い者に対して俺は特攻を持っているらしい。キセーラがそう説明してくれたが、俺にそんな特技があったなんて思いもよらなかった。

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